「愛が呼ぶ方へ」
              〜4〜           



クラピカは倒れるようにベッドに突っ伏す。
混乱する思考の中、涙だけがポロポロと流れ出た。
悲しむよりも困惑の方が大きくて、何よりもまず、信じられない。
否、信じたくないというのが正しかった。
レオリオ達が嘘を言っていない事くらい、今のクラピカにもわかる。
しかし彼女にしてみれば、つい昨日まで故郷の村で一族の皆と共に
育ち、家族に囲まれて生きていたのだ。
それが、何年も前に失われたと聞かされてもハイそうですかと納得
できようはずもない。
だがそれを現実として教えたのは、他ならぬクラピカ自身なのである。
涙に濡れた視界の端に、読了途中で投げ出した手帳が映った。
その中に、信じがたい事実が記されていたのだから。

『今日は母の誕生日。もっと親孝行したかった。川に白い花を流して
冥福を祈る』

『列車に乗り遅れ、予定外の村に一泊。故郷に似た風景が懐かしい。
あの日に焼きつくされた木々は新芽を出しただろうか』

『幼い頃の夢を見た。目覚めたら泣いていて、己の未熟を反省する。
宿の子供は弟と同い年。彼の分まで健やかに育って欲しい』

 ・・・・・・・等々。

――― こんな現実、知りたくなかった。どうして16歳の私は、日記など
書いていたのだろう。

泣きながら起き上がり、自分自身を恨みながら、クラピカは手帳に
手を伸ばす。
未来の自分が記した悲惨な出来事。それを否定して欲しくて、ゴン達の
ところへ行ったのに。
これからどうすれば良いのだろうか。
ブラックリストハンターなどといわれても、実感が無さ過ぎる。
11歳のクラピカはまだ、護身術のレベルでしか戦闘能力は無い。
仇討ちと言っても、一体誰がクルタ族を滅ぼしたのかさえ知らないのに。
怒りと悲しみと当惑の混在した感情のまま、手帳を開く。
辛い思いをさせた原因であるそれを破り捨てたい衝動にかられた。
だけどそれ以上に、真実を知りたいと思う。
悲劇に見舞われた自分は、一体どうやって生きてきたのだろうか。
クラピカは涙を拭い、意を決して再び読み始めた。




言葉少ない走り書きは、未来の自分が辿った旅路の軌跡。
孤独と絶望に苛まれても、目的を持って生きてきた事を示していた。
やがて、ある時期を境に飛び飛びだった書き込みの間隔が増えてくる。
同時に、一つの名前が登場する回数も多くなっていた。

――― 『レオリオ』。

▼月■日
蜘蛛の巣を見かけて、無関係の商店の壁を
破壊してしまった。
店主への謝罪と弁償の交渉をして穏便に
済ませてくれたレオリオに感謝する。


□月△日
久しぶりに声を上げて笑った。
だけどくすぐるのは反則だと思う。
レオリオは本当に予測がつかない事をする。

 
◎月×日
体調を崩した。
レオリオに無理やり休息させられる。
翌朝には回復していた。彼のおかげだろう。

(……レオリオの事ばかり…)
彼と出会う以前と比べると、内容からして違っている。
ダテに幼い頃から文献を読み込んできたクラピカではなく、読解力は
高い。
短い言葉にも感情が秘められていて、場面さえ容易に想像できた。

――― 5年後のクラピカは、レオリオをとても大切に思ってるんだ―――

ゴンが言った言葉を思い出す。
そういえば、頭にふれた手は父のように優しく暖かかった。
孤独だった未来の自分が、彼を慕ったのは本当かも知れない。
レオリオはクラピカの良き友・良き理解者として支えてくれていたようだ。
まだ少し複雑な心境ながら、クラピカはページをめくる。
レオリオに関する記述はまだ続いていた。

#月☆日
もう、これ以上自分をごまかせない。
誰かを愛する心なんて失ってしまったと思って
いたけれど。
私は彼が好きだ。

――― え?)

自分の筆跡なのに、ドキッとした。
こんな文章を自分が書くなんて思いもよらず、一瞬、創作ではないかと
疑ってしまう。

$月+日
レオリオに告白された。
信じられない。
神様なんていないと思っていたのに、感謝して
しまった。
好きな男に好かれる事が、こんなに嬉しいなんて
知らなかった。 


★月○日
父様、母様、そして同胞の皆。
私は幸せになっても良いですか?

まるで恋愛小説の様相を帯びてきた内容に、クラピカは驚愕せずに
いられない。
気恥ずかしさにも増して、現実感が無さすぎる。
だけどこれを信じるなら、つまり自分は、レオリオの事を…………

(……嘘だ!なんで私が、よりによってあんな男を!!)

まさかの結論を振り払うように頭を振った。
手帳を閉じかけ、けれど確かめたい気持ちに抗えず、尚も読み進める。
そして最後の書き込みに行きついた。

△月■日
生きていて良かった。
レオリオに出会えて本当に良かった。 
昔の自分に教えてあげたい。

(!?)
ギクリと胸が鳴る。
それはまるで、過去の自分が読む事を想定したかのような文言。
クラピカは更に字面を追った。

昔の自分に教えてあげたい。
決して絶望しなくて良いのだと。
もう一度、幸せになれるのだと。

血縁ではなくても仲間はできる。
愛する人にも巡り会える。
私はもう孤独ではない。

レオリオがいるから。
 

(………………)
クラピカは呆然と手帳を見つめる。
信じられない現実が証明されていた。