〜File.3〜




一方、その頃ビスケはというと。


「このスーツいいわね。あ、向こうのキャミもイイ感じ。ねェ、
あっちのマネキンが着てるドレスも試着させてよー♪」
少し年齢の上がった姿を良いことに、10歳前後ではまだ
大人っぽすぎて着られなかった衣装の数々を購入している。
「んー、もう少し胸が大きけりゃ完璧だったんだけどねぇ。
ま、いっか。ついでにハイヒールも買っちゃうだわさ〜♪」
うきうきと買い物に興じるクラピカの姿に、知る者が見れば
別人のようだと悩むところだが、事実 中身が別人だなどと
誰も想像すら及ぶまい。
「そうそう、忘れちゃいけない化粧品。少しは色っぽく化ける
かしらねー?」
ふと化粧品売場の前で立ち止まり、ショーケースの中を
覗き込んだ。
その時である。

「クラピカ!!」
ビスケは一瞬、自分が呼ばれた事に気づかなかった。
「クラピカってばよ」
誰かの手に肩を掴まれ、ようやく今の姿の名前を思い出す。
「何シカトしてんだ?久しぶりだなあー」
振り向くと、黒髪の長身の男が親しげに笑いかけていた。
「え…ああ、そ、そうだった。久しぶりだ……なのだよ」
クラピカの知己だと察しがついたので、ビスケは無難に
返答する。
「そんだけ?」
「え?」
「数ヶ月ぶりに会った最愛の恋人に、再会のチューとか
してくんねーの?」
満面の笑顔でそう言われ、ビスケは絶句してしまう。
その脳裏で、瞬時に思考が構築された。

この男は、多分ゴンたちが言っていた『レオリオ』だろう。
そして、どうやらクラピカの恋人。
(…あの子、堅そうな顔して、ちゃっかり男いるんじゃん)
いささか驚きながら、ビスケは唖然とレオリオを見る。
(良く見りゃ、けっこうイイ男だわさ)
ビスケの好みは、線の細いキレイ系。巷で美形と呼ばれる
タイプなので、目前の男とはかなり違う。
しかし背は高いし、日焼けした肌も黒髪もワイルドで悪くない。
上質のスーツも決まっているし、コロンの趣味もなかなかだ。
ハンターだし、何より若い(ビスケより)。
目で見ても念で判断しても、人格・体力・共に花丸。

――― 若い身体で、若い男と楽しめる機会など、もう二度と
無いかも知れない。

ビスケの良心に悪魔が囁いた。
でなくても、むしょうに恋しい気分になって驚いている。
指先が震えるほど、胸が痛むほど、この男を愛しく思った。
(どうやら、よっぽど惚れてるみたいだわさ)

「レオリオ」
「おうv」
やはりというか、男はその名に答える。
ビスケはにっこりと笑い、レオリオに向かって抱きついた。
「会いたかっただわ…さ…じゃなくて、なのだよ〜!」
ホテルのフロア内とはいえ、公衆の面前でクラピカが、
人目もはばからず抱擁して来るなど、初めてである。
さすがにレオリオも驚き、硬直していたが、愛しい女に
抱きつかれてボーッとしていては男がすたるというもの。
すかさずレオリオも抱きしめ返した。
(ああ……コレよコレ。やっぱり、活きのいい若い男は
良いだわさ〜〜〜)
逞しい腕と胸板の感触にうっとりと陶酔し、ビスケは身を
すり寄せる。
レオリオは着やせするタイプのようで、予測より筋肉が
ついており、腹筋もかなり鍛えられていた。

――― コレは、きっと、アッチもスゴイに違いないv
若さと情熱と別離期間を考えたら、相当たまってるはず。
アンナコトや、コンナコトまでされちゃったりしてvvv

心の中で涎を垂らしそうになりながら、ビスケは不埒な
想像にひたる。
だが、情熱的なキスが来ると思っていたのに、レオリオは
そのまま動かない。
「…レオリオ?」
目前の男は、不思議そうな面持ちでクラピカを見ている。
「どうしたの?早く部屋に行こう……なのだよ?」
不意に濃紺の瞳が鋭く細まった。

――― お前、誰だ?」
レオリオは突然、腕の中の体をひっぺがした。