|
今日一日、刺激を受けぬようおとなしくして様子を見る。
経過次第では、ネテロ会長が到着したら相談しよう。
そう決めて、クラピカとビスケは部屋に閉じこもった。
しかし、こういう時の時間の流れはやけに遅く、重く感じて
しまうもの。
先に退屈したのはビスケだった。
本があればいくらでも時間をつぶせるクラピカと違い、既に
テレビにも雑誌にも飽きてしまっている。
時折 話しかけてはみたけれど、おしゃべりを楽しめる相手
ではなかった。
ビスケはつまらなさそうに、カウチソファへ寝転がる。
その時、備え付けのドレッサーが目に入った。
身を起こし、改めて、鏡に映る己が姿を眺める。
細い金の髪、琥珀色の瞳、白い肌、スラリと伸びた背。
スレンダーで、年齢の割に色気は無いが、充分に美しい。
思い起こせばビスケがクラピカの年頃の時は、既に念能力の
修行中で、着実に才能を伸ばしていたが、まだ『本来の姿』
だった。
あの体格では、可愛い衣装や女の子らしい趣味とは無縁の、
暗い青春を送らざるを得まい。
自覚していたからこそ念を磨き、強くなり、愛らしい少女の
姿を手に入れたのだ。
しかし今は、普段とはまた違う美少女の姿。
(これは楽しまなくちゃ損だわさ)
内心でほくそ笑み、ビスケは立ち上がった。
「どこへ行くのだ?」
ドアに向かうビスケをクラピカは呼び止める。
「ホホホ。退屈だから、ちょっと買い物にね」
「外出は勧められないが」
「心配ないわよ、あたしだってハンターだし。一階のプラザに
行くだけだからさ」
「私も付き合った方が良いのでは…」
「いーからいーから。じゃっ!」
なかば強引にクラピカを押し留め、ビスケはいそいそと出て
行った。
その態度に何やら不吉な予感がよぎる。ホテルの一階には
多数の店舗が入っているが、主に女性向きのファッション
ブティックだったような気がしたので。
しかし相手は年長者であり、先輩であり、ゴンたちの師である。
一抹の不安は残るけれど、生命や身体に危険が及ぶことは
無いだろうと考えて、クラピカは後を追うのをやめた。
実際、自分の動揺を抑えるだけで精一杯だったのである。
ドレッサーに映る姿を見て、何度目かわからない溜息をつく。
そこにいるのは、本来の姿より、もっとずっと幼い少女。
異性でなかったのは幸いだが、これから一体どうすれば
良いのやら。
――― レオリオが見たら腰抜かすぜ―――
キルアの発言を思い出し、クラピカは沈み込んでしまった。
ただでさえ体型にはコンプレックスがあったのに、本物の
子供になってしまったとあっては、会わせる顔も無い。
ナイスバディがタイプだと公言してはばからないレオリオが
今の自分を見たらどう思うか。
少なくとも、彼にロリータ趣味は無かったはずだ。
クラピカとて、こんなヒラヒラした服を着たことは無い。
(…………)
あまりにあまりな現実に思考が逃避し始めたのか、ふいに
意識が他に移った。
ひらひらと揺れるフリル、ふわふわと広がるパニエ。
ふくらんだ袖、清楚なレース、長い髪には大きなリボン。
まるで人形の衣装のようだが、クラピカも一応女性なので、
不快に思いはしない。
本来の姿で着たら恥ずかしいばかりだが、ビスケの容姿は
この服にマッチしている。
クルタ族は山間に隠れ住んでいたようなものだから、衣類は
機能優先で、過度に飾り立てる必然性が無い。
祭事に着用していた装飾の多い民族衣装も、『飾る』方向性が
全然違う。
(――― こんな可愛い装いは、初めてだ…)
今更ながら認識し、改めて顔を上げる。
毛先がくるんと巻いた髪に触れ、ドレッサーの前で一回り。
白い頬は恥ずかしそうに染まっているが、そんな表情すら
可愛いくて、クラピカは不思議そうに鏡に映る別人を見つめた。
ピンポーン
その時、ふいに部屋のインターフォンが鳴る。
ギクリと心臓が跳ね上がり、クラピカは警戒と共にドアへ
近づいた。
ドアスコープの向こうには、大きな箱の山を荷台に乗せて
ボーイが立っている。
「……何か?」
「クルーガー様にお届け物です」
この場合、やはり自分が受け取るべきなのかとクラピカは
悩んだが、意を決してドアを開けた。
胸を張り、不審に思われないよう、毅然と振る舞いながら、
荷物を受け取る。
幸いというか、受け取り証はサインではなくカードキーの
認証によるものだった。
ボーイが去った後、届いた荷物を確認したところ、それらは
すべて洋服と思われる。
送り先はまちまちで、おそらくビスケが往路で道々購入して
来たのだろう。
山積みされた衣装箱を前に、別の意味で溜息が出た。
しかし次第に、よからぬ思考が沸き起こり始める。
普段のクラピカなら、他人の荷物に勝手に手を触れるなど、
決してしないはず。
しかし今は、体がビスケになっている所為か、それとも
思わぬ事態で思考が乱れているのか、ためらいながらも
つい、箱を開けてしまった。
予想通り、入っていたのは、どれもこれも、少女趣味の
権化のようなデザインのドレス。
フリル、レース、リボン、プリント、コサージュ……
頭がクラクラした。
今まで、特に何とも思わなかったはずの衣類に、明らかな
興味と好意を持っている。
これはビスケが好きなものだから、その思いがビスケの
体にも残っているという事だろうか?
ほとんど無意識に、小さな体にドレスを当てる。
――― 似合う。可愛い。女の子らしい。
本来の自分とはおよそ似つかわしくない賞賛の言葉に
酔うように、クラピカは試着を始めてしまった。
|