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どうして、こんな事になったのだろう――― 。
ホテルの広い部屋の中で、一人の少女が溜息をつく。
そもそも、こんな事態がありえるものか。
しかし現実に、我が身に起こっている。
現実から逃避してはいけない事は百も承知だが、信じたく
ない思いで、クラピカは鏡を見た。
そこに映るのは、長いポニーテール、愛らしい童顔、そして
フリルとピンタックのたくさんついたワンピースを着ている、
10歳前後の少女。
名前はビスケット・クルーガー。
しかし中身というか頭脳は完璧な別人、クラピカなのである。
なぜ、こんな事になってしまったかというと。
ハンター協会の主催で、第287期合格者の同窓会が開催
される事になり、連絡の取れたハンター達はそれぞれ仕事や
学業の折り合いをつけて、指定のホテルへ集合し始めた。
特定の職や雇い主を持たず、行動を共にしていたキルアと
ゴンは、誰よりも早く到着する。
珍しくクラピカも早々に姿を現し、二人と合流した。
ロビーでお茶を飲みながら、三人は歓談する。
近況報告やら昔話やら、話題には事欠かない。
「レオリオはまだなの?」
「今日の夕方には着くと言っていたのだよ」
「早く会えなくて残念だねェ♪」
揶揄するようなキルアの発言に、クラピカは黙ったまま
照れ隠しの咎める瞳を向ける。
「――― ところで、しばらく見ない間に、ずいぶん念能力が向上
したようだが」
さりげなく話題を変えるクラピカに、ゴンは嬉しそうに答えた。
「うん、いろいろ修行したからね。G.IでもNGLでも教わること
一杯あったんだよ」
「良い師匠に巡り会えたのだな」
「いやー、確かに強かったけどさー。トンでもない奴だったぜぇ?
とにかく容赦ねぇし、ババァだし、ゴリラだし」
「だ・れ・の・こ・と・だい?」
軽い口調で師匠批判をしたキルアに、殺気を含んだ明るい
声音が問いかける。
凍りついたキルアが視線を向けた先には、一人の少女が
ニコニコと――― 内心は知れたものではないが――― 立って
いた。
「あれェ、ビスケ!?どうしたの、こんな所で!」
驚いて呼びかけるゴンに、少女――― ビスケは据わった目で
返答する。
「近くに来てたんだけど、ハンター協会主催の同窓会があるって
聞いたから、名誉理事としては顔を出さなきゃと思ってね」
その肩書きと、年齢に不相応な態度で言い放つビスケを見て、
クラピカはハンターが年齢不詳である事を実感する。
「久しぶりにアンタたちの顔も見られるかと思ってたけど、人の
いない所で、言いたいコト言ってるじゃないの」
「……いや、オレ素直で無邪気な子供だからさぁ」
身の危険を感じ、キルアはソファから腰を浮かせる。
「ホー、そりゃ知らなかった。……どの口がそんな大嘘を言う
だわさーーー!!」
言うが早いか、ビスケは瞬間移動の如くキルアに向かって
突進して来た。
「ぅわ〜〜 !!」
しかしキルアもダテにゾルディック家の期待の星だったわけ
ではなく、危ういところで、咄嗟に身をかわす。
ところが年の功も侮れない。キルアが避ける事など想定済み
だったらしく、ビスケは直前で突っ込むコースを変える。
それに気づき、一瞬の判断でキルアも再度コースを変えた。
しばし、目にも止まらぬ速度で追いかけっこが展開される。
「ゴン、助けろ―――!」
やがて、不利とみたキルアは、呆然と見ていたゴンの背後に
入り込んだ。
「…わ!」
油断していたゴンは、虚をつかれて体勢を崩し、隣のクラピカに
倒れ掛かる。
そのはずみで、将棋倒しにクラピカは一歩踏み出した。
次の瞬間。
「キャ――― !!」
ふいに飛び出した相手をよけようとしたビスケの目測が狂い、
足がもつれる。
そのまま停止し損ねて、ソファに激突してしまった。
巻き込まれたクラピカごと、大きな音を立ててひっくり返る。
はずみでテーブルも倒れ、宙を飛んだカップの中身が絨毯に
こぼれた。
「ビスケ!クラピカ!!」
ゴンだけではなく、さすがにキルアも気になったのか、逃走の
足を止める。
「しっかりして、ビスケ」
「おい、何やってんだよ。アンタらしくねぇ」
ゴンはビスケに、キルアはクラピカに、それぞれ声をかけた。
ところが。
瞬時に伸びて来た手が、キルアの足をガッシと掴む。
「……捕まえた、だわさ〜〜〜」
「………へっ?」
唐突に沸き起こった違和感に、キルアは逃げる事も忘れて
立ち尽くす。
「誰がゴリラだってー!? 師匠に向かって無礼モンがー!!」
途端に、キルアは思考停止状態に陥った。
その傍らで、もう一人が頭を押さえながら起き上がる。
「…大丈夫だ、ゴン。心配ないのだよ…」
「そう、良かっ………え?」
ゴンは目を丸くして凝視し、それから、ゆっくりと隣に視線を
移した。
そこにいるのは、真っ白になったキルアの襟首を掴み上げ、
何やらがなりたてている――― クラピカ。
対して、目の前にいるのは、落ち着きの無さをこぼしつつ
超然とテーブルやカップを片付ける――― ビスケ。
「……ビ、ビスケ…?」
「あんだわさ!?」
「クラピカ…?」
「何だ?ゴン」
ごくりと息を飲み、改めて名前を呼んでみる。
すると、独特の語調で振り向いたのは、それぞれの目の前に
いる相手ではなく。
「……えっ!?」
「なっ…!?」
「ええぇ―――――― っ!?」
クラピカとビスケは、中身が入れ替わってしまっていた。
自己紹介もそこそこに、ビスケがチャージした理事用の高級
セミスィートルームへ移動し、四人は思案に暮れる。
「……こんなバカな事が起きるなんて……」
「…念で何かしたんじゃないの?」
「変身能力とかならともかく、こんなのはあたしも聞いたこと
無いねぇ」
「で、どうすんのさ?これから」
誰も答えられない。
答えようが無かった。
年長者の責任を感じたのか、ビスケが溜息と共に口を開く。
「とりあえず、一日くらい様子見ましょうか」
「そんな呑気な…!」
「他にどうすりゃいいっての?何か名案ある?」
「……医師……はダメか…」
「心配しなくても、なるようになるわさ。とにかく、落ち着かない
ことには何もならないからね」
ビスケとクラピカのやりとりを傍で聞きながら、ゴンとキルアは
すさまじい違和感に鳥肌が立った。
『ビスケ』は、まだいい。深刻な顔をしているだけで、それほど
違いは無いのだから。
問題は『クラピカ』の方だ。
潔癖で、ストイックで、常に毅然としていた彼女が、けらけらと
笑いながら女言葉を使っている。
その上、仕草も表情もなよなよとして、別人のようだった。
事実、別人だから仕方ないかも知れないが、記憶と現実の
食い違いに適応できず、困惑してしまう。
「明日は同窓パーティーなのにね…」
「レオリオが見たら腰ぬかすぜ…」
その名が耳に届くや、クラピカもガックリと肩を落とした。
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