い し 
〜第二の宝石〜


クラピカとレオリオは、ダルツォルネに伴われてノストラードの
屋敷へ向かった。
道中の馬車の中で、クラピカは無言のままでいる。
かなり複雑であろう彼女の心境をレオリオは理解していた。

待ちに待った『スカーレット・アイ』の情報。
最初は首飾りだった宝石は、おそらく盗まれた後に解体され、
故物屋の手を経由して大陸に渡り、指輪に姿を変えて
ノストラード男爵に買われたのだろう。
そして、それを狙う盗賊がいる。
何処の誰とも知れぬ輩にクルタ公爵家の家宝をくれてやる
わけにゆかないのは当然だが、守ったからといってクラピカの
元に戻って来るわけでもない。

やがて、馬車は大きな門の前に到着した。
3人はそこで降り立ち、広い前庭をぬけて玄関へ入る。
長い廊下を経て、華美な装飾に彩られた客間に通され、主を
待たされた。
「……大丈夫か?クラピカ」
「気遣い無用なのだよ」
跳ねつけるような物言いだったが、内心の葛藤を悟り、レオリオは
黙る。
まもなく、ダルツォルネを従えてノストラード男爵が現れた。
「私がライト・ノストラード男爵である。警視庁のハンゾー警部
からの紹介だそうだな」
見た目は穏やかそうなロマンスグレーの紳士は、愛想笑いの
笑顔を向ける。
クラピカは極力感情を映さぬ瞳で、儀礼的に挨拶をした。
――― 初めまして。私はクラピカ・ホームズ。彼は私の友人で
助手の、Drレオリオ・ワトソンです」
一応の紹介が終わると、男爵は二人に椅子を勧める。
4人はお茶を運んで来たメイドが退室した後、本題に入った。
「早速ですが、卿にお願いが
―――
しかしクラピカの口から出た呼称に、男爵はふと眉を寄せる。
だが彼女はすぐに気付き、訂正して言い直す。
――― 失敬。『閣下』にお願いがあります。賊に狙われていると
いう宝石を拝見させていただけませんか」
毅然とした態度で、それでも低姿勢かつ丁寧な口調で乞われると、
男爵はコホンと咳払いをして承諾した。
さすがに、たかが庶民の言葉尻にいちいち目くじらを立てては
貴族として狭量だと考えたのだろう。
もっとも、男爵は貴族階級では最下に当たり、その逆で最高位
たる公爵の娘であるクラピカが、つい格下に対する呼称『卿』で
呼んでしまったのも、実は当然の事だったのだが。
ほどなくしてダルツォルネと共に一人のメイドが、美しい宝飾箱を
うやうやしく捧げ持って現れた。
「これが我が男爵家の家宝、『赤い指輪』です」

 
――― クルタ公爵家の家宝だ。

そう主張したいのを押し殺し、クラピカはポーカーフェイスのまま、
蓋を開かれる箱を見つめる。
色とりどりの宝石が散りばめられ、装飾過多な宝飾箱の中には、
漆黒のビロードが敷き詰められており、真ん中の窪みに小さな
指輪が乗っていた。
クラピカは思わず息を呑む。
銀で象嵌され、周囲を小粒のダイヤに取り巻かれているけれど、
中央に輝く真紅の宝石だけは昔と同じ。
「ほう……これは素晴らしい宝石ですね」
似つかわしくない丁寧な言葉使いでレオリオが賞賛する。
目利きでなくとも、それなりの審美眼は彼にもあるし、何より
クラピカの母親がつけていた当時の写真を目にしていたから
尚更だ。
レオリオはクラピカの反応が気になり、チラリと視線を向ける。
彼女は、思っていたよりは冷静だった。
いや、それ以上に冷たいまなざしで。
「……つかぬ事を伺いますが、閣下。この指輪は本物ですか?」
「え!?」
唐突なクラピカの問いかけに、レオリオは驚いた。彼だけでなく、
ノストラード男爵も、ダルツォルネも、一様に目を丸くする。
しばしの沈黙の後、男爵は苦笑した。
「……これは驚いた。なぜわかったのかね」
「え?」
「だ、旦那様?」
レオリオとダルツォルネはいまだ目を白黒させている。対して
クラピカはいとも冷静に言ってのけた。
「盗賊に狙われるような高級品を
――― 実際に狙われている今、
こんな目立つ宝飾箱に保存している事を不審に思ったので、
言ってみただけです」
説得力はあるが、事実はもう一つ、本来の所有者だから真贋の
見分けがついたのだろうとレオリオは推察する。
「さすがは名探偵だな。そう、これは以前作らせておいた偽物だ。
――― 本物は、ここにある」
そう言って男爵は、自らの上着の内ポケットに手を入れ、小さな
袋を取り出した。
そちらの方は、偽物を入れた宝飾箱とは違って何の飾りも無い、
白い絹製の、どこにでもありふれている小さな巾着である。
中には、偽物の指輪とまったく同じ形状の
――― 少なくとも素人目
には見分けのつかない、そっくり同じ指輪が入っていた。
レオリオは再びクラピカに視線を送る。
クラピカは指輪をじっと見つめた後、溜息をつくかのように目を
閉じた。
「………こちらが、本物ですか」
「さよう。私はこのような事態が起きた場合に備えて贋作を用意
している。普段は金庫に保管してあるが、いざという時、こうして
肌身離さず所持しておけば、たとえ賊に奪われても、それは偽物の
方というわけだ」
「それは賢明ですね」
言葉ほどには感情の無い口調で、クラピカは社交辞令を言う。
「ですが、ご令嬢が夜会で身につけるとうかがっていますが」
「娘には悪いが、偽物の方を渡すつもりだ。何しろ24億ギニーの
宝石だからな。万一、賊に奪われては困る」
男爵はまるで悪びれずに返答する。娘の身に危害が及んだら、
とは予想していないらしい。
「お嬢様が納得なさるでしょうか?」
「あの娘のことだ、本物だと言えばそれで信じるだろう」
ダルツォルネの問いかけに、男爵は平然と答える。
その様子にクラピカは、なかばあきれ、不快さを押し隠しながら
無言でいた。
こんな男にクルタ公爵家の家宝をさわらせるのも腹立たしい。
だが現状では、この宝石の所有者はノストラードなのだ。
そして今、クラピカにできる事はただ一つ。

「この依頼、受けさせていただきます」



ノストラード男爵は、パーティーの興を削ぐような物々しい警備は
望まないので、警官隊は主に屋敷の周囲と広い庭に配置・巡回
させる事になった。
本物の『赤い指輪』は、ノストラード男爵が懐にしのばせ、主任の
ハンゾー警部が彼の護衛につく。
クラピカとレオリオも、招待客にまぎれて男爵と令嬢の護衛に参加
する事になった。