〜決死の探偵〜



漆黒の闇夜に月が輝く。
ハンター街から遠く離れた街の、はずれに架かる大きな橋。
その上に、二つの影が立っていた。

――― やっと見つけたぞ、怪盗め」
「……驚いたな。こんな所まで、どうやって辿り着いたんだ」
夜の闇に溶けそうな黒装束の男は、驚嘆を隠せない。
「愚問だな」
端的な返答と共に、青いインパネスコートが強い川風に翻る。
橋の下では急流が音を立てて流れており、目の眩むような高さにも
関わらず、細い身体は凛と立ち、微動だにしなかった。
「貴様を捕らえ、真実を聞き出すまで、事件は解決しないのだ」
隙の無い身ごなしで愛用の仕込杖を向ける探偵に、怪盗は問い返す。
「真実?」
「そうだ。……正直に答えろ。さもなくば、斬る」
向けられるのは、殺気にも似た本気の気迫。
怪盗は、もはや曖昧にごまかして逃げるのは無理と覚悟を決めた。
「お前になら、斬られてもいいんだけどな。……クラピカ」
「偽証は最も恥ずべき行為なのだよ、レオリオ」


対峙する二人を、満月が見つめている。
クラピカの追究に、レオリオはあっさりと陥落した。

「ああ、その通りだよ」

窃盗犯として投獄されたら、きっと、もう二度と会えない。
クラピカが求める『真実』は、レオリオにとって最後の秘密。
黙ったまま墓まで持って行こうと思っていたが、こうして再会したのは、
本心を告げてから死ねという、神の配慮なのだろう。
そう考えたから。

レオリオはクラピカの『推測』を肯定し、唯一の『真実』を告げる。

――― オレはお前を愛してる」

彼の告白を、クラピカは確かに聞き届けた。
満足そうに目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「では私は死ぬことにしよう」

「!?」
思わぬ言葉に、レオリオは驚いて彼女を見た。

「レオリオ、私もお前を愛している。だから」

あまりにも自然に言われた為、レオリオは一瞬 現状を忘れかける。
だが続いた言葉に、全身が凍りついた。

「知ってはならない真実を知った者は、この世から消すしかないのだよ」

淡い微笑と共に、仕込杖が手から離れる。

「クラピカ!!」
レオリオは思わず手を伸ばす。

「『事件』、『解決』だ
―――




それが、クラピカ・ホームズの最期の言葉だった。





   





その後、正体不明の謎の怪盗による窃盗事件は、パタリと止んだ。
しかし警視庁のハンゾー警部は、逆に、思いがけず困る事態に
たびたび陥る事となる。
名探偵クラピカ・ホームズが失踪してしまった為、事件を抱えた
依頼主たちが、本来の担当機関である警察へと駆け込んだゆえだった。
警察が頭をひねるような難解な展開に遭遇する事も、侭ある。

「まがりなりにも女王陛下のお膝元を守る我々誇り高き官憲が、
市井の探偵なしでは事件を解決できぬとあっては、許されんぞ!」
そう言ってハンゾー警部は部下達を叱咤するが、彼は打つ手が
無くなると、密かに ある場所へ手紙を書き送っていたのだ。
『我が親愛なる友へ。貴殿に助言を乞いたし』
――― と。