「Growing Up」

      〜青少年健全育成保護レポート2・Boy〜



朝、目覚めたクラピカは、驚きのあまりベッドから転がり落ちかけた。
昨夜は幼い子供(の姿になったレオリオ)と眠ったはずなのに、今
クラピカの隣で寝ているのは、同年代の少年だったから。
「………レ、レオリオ……?」
意識的に落ち着きを取り戻しながら、観察する。
昨日よりいくぶん成長しており、元の成人のレオリオよりは幼いけれど、
彼である事は間違い無い。
推定15〜16歳といったところか。
クラピカは、驚きなのか戸惑いなのか、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えて
レオリオ少年を見つめた。
視線を感じたらしく、彼が目を開ける。
……ぁ、お゛あ゛よ゛……
「!?」
出て来た声に、クラピカのみならずレオリオ本人もぎょっとする。
枯れたようなガラガラ声は、かすれてまともに発音できない。
「ど、どうしたのだ?風邪でもひいたか?」
い゛や゛……」
レオリオは否定するが、発声するのも苦しいらしい。その時、彼は
自分の身体が昨日と違っている事に気付いた。
両手を見つめ、顔に触り、体格を確かめる。
ぐら゛びが、…………」
しかし呼びかけようとして、咽喉の痛みに顔を顰めた。
「大丈夫か?……何か薬を服用した方が良いのだろうか…」
心配そうに声をかけるクラピカに、レオリオは頭を振る。
そしてサイドテーブルの引き出しから、メモとペンを取り出した。
会話がままならないなら、筆談という手段があるから。
『心配すんな。これは多分、声変わりだ』
「……変声だと?」
書かれた文字を見て、クラピカは問い返した。
『一度経験してるから、わかるんだよ。ちょうどこの年頃だったし』
「…そうなのか?では……大丈夫なのだな?」
きっと、無意識に不安な表情をしていたのだろう。見つめるクラピカに、
レオリオ少年はニカッと笑い、親指を立てて見せる。
その笑い方は、確かに成人のレオリオと同じもの。
ようやく安堵して、クラピカも微笑した。


食材が不足しているので、朝食はトーストとスクランブルエッグのみ。
レオリオはモーニングコーヒーを所望したが、カフェインのような刺激物は
ダメだとクラピカに却下されてしまう。
「食べ盛りには少々辛いかも知れないが、我慢するのだよ」
まるで弟に対するような口調でクラピカはたしなめる。
『少年』のレオリオと接するのはやはり新鮮だった。
目線の高さは同じくらいだし、モミアゲも短いし、筋肉も以前より少ない。
言葉を発すると咽喉が痛むから仕方ないのだが、無口な彼というのも
珍しい。
大きめのシャツとジーンズに『着られて』いる姿は、可愛くさえ見える。
「片付けが済んだら買い出しに行くが、何か必要な物はあるか?」
レオリオはぶんぶんと頭を振り、クラピカの袖を引っ張りながら、咽喉の
痛みを堪えて告げた。
お゛れ゛も゛い゛ぐ
「ダメだぞ」
同行の申し出を、クラピカは即座に却下する。
「そんな状態で外になど出られるわけないだろう。すぐに戻るから、
おとなしく待っているのだよ」
ぐら゛びが…」
「しゃべらなくて良い」
すがるように見つめるレオリオ少年を制し、クラピカは購入物のリストを
渡す。
「他に必要な物があれば、書いておけ」
「…………」
レオリオ少年の恨みがましい視線を背に、クラピカは洗い物を済ませる。
ふと見ると、レオリオはいじけてソファでフテ寝しているようだった。
そして買物リストの末尾には、一行だけ付け加えられている。

―――
『ナンパ野郎に気をつけろ』。

クラピカはクスリと笑った。
外見がどうなっていても、レオリオはやはりレオリオなのだなと。





レオリオが危惧した通り、一人で街を歩くクラピカの前には、次から次へと
ナンパ男が現れた。
無論、そんなものにひっかかるクラピカではない。
ある者は無視し、ある者は一睨みで、ある者には理論武装で撃退する。
レオリオの故郷を悪く言いたくはないが、この国の男の軽薄さは何とか
ならないものかと閉口してしまう。
もっとも、その代表格のような男に惚れているクラピカが、文句を言える
筋合いでは無いのだが。


クラピカがアパートに戻る頃には、昼になっていた。
今のレオリオは流し台に手が届くので、二人で並んで昼食を作る。

「はい、レオリオ」
食後、クラピカはレオリオにコーヒーを差し出す。
目を丸くするレオリオ少年に、悪戯っぽく笑って告げた。
「良い子で留守番していたごほうびなのだよ」
子供扱いされている事に、レオリオは憮然とする。それでもコーヒーを
飲めるのは嬉しいので、黙ってカップを受け取った。
「!?」
しかしカップの中の液体は、黒ではなく明るいナッツ色。
(何だよ、これ?)
ジェスチャーで説明を求めるレオリオ少年に、クラピカはクスクスと
笑って言った。
「ブラックは咽喉と胃に悪いから、砂糖とミルクを足しておいた。イヤなら
飲まなくても良いのだよ?」
「…………」
レオリオは恨みがましい表情ながらも、ミルクコーヒーを飲み干した。
味覚も変わっているらしく、幸か不幸か、それほど甘さを感じない。
(本っっ当につまんねぇ)
それでも、クラピカが甲斐甲斐しいしく世話を焼いてくれるのは、子供
だからなのかも知れない。
『新婚生活』というものはこんな感じなのだろうかと、レオリオは甘い夢を
思い浮かべたりした。
その時。
――― 痛ッ!?)
不意に、間接に痛みが走る。
どこかにぶつけた覚えも無いのに、妙な痛み方だった。
発熱の前兆に似ていたが、風邪をひいているわけでもないし、他には
特に病らしき兆候も見られない。
そう思って、レオリオは特に気にも留めなかった。

             

夕食も、クラピカはレオリオと一緒に作る。
料理上手のレオリオの指導で、クラピカとしては最高の出来だった。
食前酒は却下されたが、なかなかのディナーである。
しかしレオリオ少年は今いち食が進まない。
「どうした?食欲が無いのか?」
クラピカに問われ、彼は頭を振って否定する。
その瞬間、パスタを巻いたフォークが手から離れてテーブルに落ちた。
「……レオリオ?」
レオリオ少年は困ったように自分の手を見ていたが、やがてクラピカに
向かって笑い、大きく口を開ける。
しばし彼の行為の意味が掴めなかったクラピカだが、はたと気付いて
問いかけた。
「……食べさせて欲しいのか?」
レオリオは同意を示し、ウンウンとうなずく。
幼退化もここまできたかと、クラピカは大きく息をついた。
「甘えるのもいい加減に……」
だが、目に映ったレオリオの表情に、クラピカの言葉が止まる。
これが成人の男なら、はたき倒しもしたろうが、幼さを残した少年の顔で
乞われると、無下に断るのは悪い気がした。
昨日のような子供の姿なら、何も考えずに実行しただろうけど、今は少し
気恥ずかしい。
――― だが相手は病人。
自分自身に言い聞かせ、クラピカはパスタを巻いたフォークを差し出した。
「…はい、アーンするのだよ」
レオリオの顔がパッと明るくなる。
昨日よりも肉体と精神の年齢が近づいたせいか、違和感はそれほど無い。
クラピカは彼の口に食べ物を運びながら、考えてみれば成人時も子供の
ような男だったと思い出す。
――― 彼の親友が亡くなったのは、この歳頃のはず。
喪失の苦しみに嘆き、汚い大人の理不尽さに怒ったりしても、本質は
変わらなかったのだ。
感情をストレートに顔に出し、嘘がつけない正直なレオリオ。
そんな彼を、クラピカは大好きなのだから。