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夕食の片付けを終えると、既に夜。
レオリオはソファに座り、サッカーのTV中継を眺めていたが、自国の
チームが出場しない試合は今いちで、終了と同時に消してしまった。
普段よくしゃべる彼が無口だと、室内が静かすぎて落ちつかない。
クラピカはレオリオの為に、蜂蜜とミルクでホットドリンクを作った。
変声期の痛みは薬物で治るものではないから、せめて咽喉に良い
飲み物をという配慮である。
レオリオは嬉しそうに微笑み、謝意を示すように抱き寄せた。
そのまま、顔を近づける。
「ちょっ……レオリオ、…」
レオリオではない別の誰かとキスするような錯覚に、クラピカの鼓動が
揺れた。
目を閉じると、その感覚は更に強くなる。
体格も、手の大きさも、以前の彼とは違いすぎるから。
ただ、慣れたコロンの残り香だけが変わらない。
「――― !?」
一瞬の後、クラピカはソファへ押し倒されてしまった。
「レ、レオリオ。何を……」
何をするのかなど、聞くまでもない。
彼は少年の体型になっても、手先の器用さは変わっていないらしく、
いとも素早くクラピカの衣服の袷をはずしてしまう。
「こ、こらっ!やめないか!こんな時に!!」
「……良い、だろ…?」
発した声は、かすれてはいるものの、朝ほど酷くは無かった。
「オレ… この、歳頃に、…初めて……した…」
「……え…」
クラピカの心臓が、別の意味でドキリと鳴る。
レオリオの性遍歴を聞いた事は無いが、少なくとも自分が初めての
相手ではない事はわかっていた。
それは仕方ないけれど、過去とはいえ 彼が他の誰かを愛したと思うと
複雑なので、考えないようにしていたのだが。
「最初の、相手に… なってくれよ…」
「そ、そんな……」
困惑するクラピカの目に映るのは、真剣な表情の少年。
姿がどうあれレオリオだから、拒絶する理由は無いのだが、どうにも
浮気をしているような気になってしまう。
キスだけでも罪悪感が沸いたのに、果たしてそれ以上を許せるだろうか。
(…ど、どうしよう…)
戸惑いつつも抵抗できずにいるクラピカに覆いかぶさり、レオリオは
口接けを落としてゆく。
だが、次の瞬間。
「……わああぁっ!!」
突如として上がった叫びに、クラピカは驚愕する。
レオリオは我が身を抱え込み、ソファから転落した。
「レオリオ!?」
床に倒れたレオリオは、そのまま苦しみ続ける。
「うわぁあ!!」
時折、叫びと共に 弾かれたように身体が跳ねた。
その苦しみようは尋常ではなく、脂汗が吹き出ている。
「一体どうしたのだ、レオリオ!?」
クラピカが心配すると思って黙っていたが、昼間に感じた間接の痛みが、
時間の経過と共に増大していたのだ。
今や骨の砕けるような激痛が、レオリオの全身を襲う。
「ぅあ……ああぁ!!」
「レオリオ!!」
文字通り七転八倒するレオリオを、クラピカはベッドへ運ぶ。
それでも彼は、治まらぬ激痛に叫びを上げ続けた。
成長期には、骨の伸びる痛みを感じる事があるという。
わずか一日で幼児から少年へ変化したレオリオは、今また猛スピードで
成長しており、凝縮された骨の成育が激痛として現れていたのである。
動揺で我を忘れそうになっていたクラピカも、数時間後にはその事実に
気がついた。
彼が苦しむ様子を見るのは辛いが、今朝と比較してもわずかずつながら
成長している事がわかる。
ただ黙って見守るしかできず、クラピカはレオリオの手を握り締め、時の
経過を待つのみ。
レオリオは激痛から逃れる為の本能なのか、意識を失っていた。
それでも痛みに目を覚まし、傍らで心配そうに見守るクラピカの手を握り、
また失神するという繰り返し。
暖かい雫が落ちて手を濡らせた事には、気付いていたのだろうか。
明るい光を感じて、レオリオの意識が浮上した。
(……生きてる、のか……?)
まだ体中が軋むような気がするが、昨夜の激痛は去っている。
安堵するような息をつき、傍らに視線を向けた。
ベッドサイドに座ったクラピカが、握り締めた手に顔を寄せてこちらを
見ている。
「…お帰り、レオリオ」
『おはよう』ではなく『お帰り』。
どこか泣き出しそうな儚い微笑を浮かべて、クラピカはそう告げた。
「クラピカ、………」
自分が発した声にレオリオはハッとする。それは昨日の枯れた声でも
一昨日までの高音でもなく、耳慣れた低い声音だった。
思わず、レオリオは飛び起きる。身体の節々が痛んだが、動けないほど
ではない。
そして己が手をまじまじと見た。
目に映るのは、大きくて関節の太い掌。その手で、自分の顔に触れる。
ヒゲの剃り跡と、長いモミアゲが指に当たった。
そんな彼に、クラピカは優しい声で教える。
「戻ったのだよ、レオリオ」
――― だから『お帰り』。
彼の身体を幼退化させた薬の効果は数日で切れるものだったらしい。
一気に縮む時と一気に育つ時の負荷は大きかったが、命に別状は無い
ようだ。
しばし茫然としていたレオリオは、次の瞬間、毛布を跳ね上げ、ズボンの
中を確認する。
「……戻ってる……!!」
思わず赤面して顔を背けるクラピカをよそに、レオリオは大人の身体に
戻ったという実感に打ち震えた。
「やった、やったー!元のオレだー!!」
レオリオは満面の笑顔で万歳三唱し、その勢いでクラピカを抱きしめる。
「レ、レオリオっ」
「クラピカー、オレだぞー!」
そのままクラピカを抱き上げて、クルクルと室内を回った。
嬉しさのあまり、身体に残る痛みなど気にもならないらしい。
「だからって、レオリオっ!!」
歓喜の舞に続き、有無を言わさずベッドに押し倒されたクラピカは抗議の
声を上げた。
「戻ったばかりなのに、何をする!」
「もう、ガキでもボーヤでも無ぇからな。愛してるぜ、クラピカ」
「今は朝っ……んっ…」
文句をわめく唇がふさがれる。
その時。
「レオリオ?」
ドアを開けて、一人の男が入室して来た。
「よう」
クラピカを抱きしめたまま、レオリオは振り向いて挨拶をする。
「…様子見に来たんだけど、邪魔だったかな?」
「見ての通りさ。心配かけたけど、元に戻ったみたいだぜ」
どうやら事件の発端となった大学の友人らしかった。
「そりゃ良かったな。後でデータ取らせろよ。じゃ、がんばって」
「ああ。また飲みに行こうなー」
そして何事もなかったかのように、再びドアが閉まる。
(……類は友を呼んだな…)
内心で呟きつつ、クラピカは恥ずかしいやら呆れるやら。
こんな場面を前にして、平然としていた友人も友人だが、同様に
受け答えるレオリオもレオリオである。
「さて、大人の時間を再開しようぜ」
無邪気な子供は、思春期の少年へと成長し、青年になって恋をした。
手に入れたのは愛する人と、それを抱きしめる為の腕。
「レオリオ…っ…」
深く熱い口接けで、クラピカは黙らされてしまった。
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