「Growing Up」

       〜青少年健全育成保護レポート1・Kid〜




それは一本のメールから始まった。

『助けてくれ』

クラピカの携帯に届いた、たった一行のレオリオからのメッセージ。
当初、クラピカは彼のいつもの冗談だろうと思っていたが、何度も
繰り返されると、さすがに不安になる。

『もうダメだ』
『愛してる』
『強く生きてくれ』

レオリオは、病気や生命に関わる事柄では決して嘘をつかない。
ましてや、ふざけたり欺いたりするはずが無い。
よもやまさかと思いつつ、クラピカはレオリオに電話をかけた。
『はい』
「!?」
しかし受けた相手は、レオリオとは違う男の声。
ナンバーは短縮ボタンに登録済みだから、かけ間違えたわけでもない。
電話越しでも別人とわかり、クラピカは誰何する。
――― 何者だ。なぜレオリオの携帯に出ている?」
『そういうあんたは、レオリオの恋人かい?』
率直に問い返され、クラピカは返答に窮した。
『オレはレオリオの友人だよ。あんた、レオリオと親しい仲なら、すぐに
来てくれ。あいつ、マジでダメかも知れない』


通話を切るや否や、クラピカは空港へ直行した。
ハンター証を使い、最高速の新型ジェット飛行船をチャーターする。
半日後にはレオリオの住む街に到着したが、身震いするほどの不安に
苛まれ続けていた為、道中の記憶などほとんど無い。
そうして、彼のアパートに駆け込んだ。


「レオリオ!!」
勝手知ったる恋人の部屋。クラピカはまっすぐ寝室に走り込む。
――― !?」
そして我が目を疑った。
夕陽の射し込むベッドの上で、毛布にくるまっている一人の人物。
それはクラピカの愛する男に酷似していた。
だが、年齢が違う。
目の前にいるのは、明らかに子供。年の頃は5〜6歳といったところか。
しかし髪の色といい目の色といい顔立ちといい、レオリオのミニチュア版
と言って良いほど、そっくりだった。
「………………」
「来て…くれたんだ…?…良かった、ずっと心細くて…」
幼な子の弱々しい声が、甘えた響きで発せられる。
クラピカは硬直し、停止した思考の中で事態の把握を試みた。
子供に歩み寄り、目線の高さを合わせてかがみ込む。
「…一人なのか?君のパパはどこかな?」
「……?父親なら、生まれてすぐに死んだけど」
意識的に優しい口調で問うクラピカに、子供は不思議そうに答える。
「坊や、偽証はいけないのだよ?私は彼が、つい先日まで生きていたと
知っているのだから」
「?」
「知らないのなら良いのだよ。ちょっと捜させてもらうからな」
クラピカは子供に背を向けて立ち上がり、右手の鎖を高々と掲げた。
すうっと息を吸い込み、目を閉じる。
「レオリオ―――!出て来―――い !!」
再び開いた瞳は、緋色に変わっていた。
「私に隠れていつのまに、こんな大きい子供をつくったー!?
許さんぞレオリオ――― !! 姿を見せろ――――― !!」
年齢的に考えると、『隠れて作った』というより『隠し子がいた』と推察
するべきなのだが、そんな事はクラピカにとって問題ではない。
怒り心頭のクラピカに、背後から慌てた声が呼びかける。
「く、クラピカ!! 落ち着けっ。オレはここだよ!!」
「あぁ!?」
深紅に燃える瞳で振り向くと、そこにいるのは先刻の子供。
「オレだよ、クラピカ」
「…………は?」
彼は、かわいらしい高い声で、クラピカを見上げながら繰り返す。
「……こんなんなっちまったけど、……オレが…レオリオだよ……」

クラピカは暫しフリーズしてしまった。



(ミニ)レオリオと対面で座り、クラピカはしげしげと彼を見つめる。
確かに、たとえ父子でもここまで似る事は無いかも知れない。
だが、現状を理解するには無理がありすぎた。
「………確認するが、本当に君はその………レオリオなのか?」
「そーだよ」
「同名の別人ではなく、私の知っている……レオリオか?」
「信じらんねえのも無理ねえけどなぁ…」
子供にしては悪すぎる言葉使いは確かに彼なのだが。
(ミニ)レオリオは溜息をつき、改めて口を開いた。
――― オレとお前が会ったのは、ハンター試験に向かう船の上。嵐の
中で決闘して、和解して港に着いて、二択婆さんと凶狸狐のテストを
クリアして、ザバン市に着いた」
思い返すように目を閉じつつ、すらすらと過去を語る彼に、クラピカは
唖然とする。
「一次試験はトンネルマラソン、試験管はサトツさん。湿原でヒソカの奴と
一戦まじえて、二次試験はスシ製作。試験管は巨漢と巨乳の二人組。
三次試験はトリックタワー、4次試験はゼビル島でプレート争奪戦。で、
そん時オレがお前に告白してー……」
「!!」
真実と違わぬ一言一句に聞き入っていたクラピカの息が一瞬つまった。
「お前はガードが固くてキスまでしか許してくんなくってよー。勝ち抜け式の
最終試験が終わって、無事ハンターになった夜、オレがお前の部屋に
行って…」
「わ、わ、わかったから、もう黙るのだよっ!」
その先を子供
(見た目だけだが)の口から語られる前に、クラピカは慌てて
制止する。
そんな事まで知っているなら、彼はレオリオに違いない。
「……だが、一体なぜそんな姿に…?」
「電話に出た男、覚えてるか?」
無論である。彼の一言でクラピカはここまで飛んで来たのだから。
「あいつオレの大学のダチでさ。遺伝学部にラボ持ってる、変わり者だけど
面白い奴なんだ」

―――
数日前、彼の研究室へ遊びに行ったレオリオは、誤って研究中の
試薬を飲んでしまったのだ。
直後は何とも無かったが、夜になってから全身を激痛が襲い、七転八倒の
苦しみの中、クラピカに一行遺言メールを送り続けた。
翌日、ようやく苦痛が去って、起き上がってみたら、身体が子供になって
いた、というわけである。

「…………。……そんな荒唐無稽な話…」
「心当たりはそれしか無ぇんだよ。あいつの研究って遺伝子治療とかの
系列だし。連絡したら責任感じてさ、一度ここに来てオレの様子見てから、
元に戻る薬を作るってラボに戻ったんだ」
「…………」
クラピカは眩暈を覚える。
しかし目の前で大人用のTシャツをひきずって着ている子供がレオリオ
であり、幼退化
(体だけだが)しているのは、まぎれもない事実なのだ。
現実から目を背けてはならない。そう己に言い聞かせ、クラピカは、当面
最大の気がかりを問う。
「……で、体調はどうなのだ」
「今んとこは落ち着いてっけど……腹へったな」
補足するように、きゅるるる と、彼の腹の虫が鳴る。
クラピカは苦笑して、椅子から立った。
「その様子なら心配は無さそうだな。何か作ってやろう」

レオリオの説明によると、昨日は身体の痛みでキッチンに立てず、
今日は流し台に手が届かなくて、まともな食事を摂れなかったらしい。
エプロン姿でキッチンに立つクラピカを、レオリオはどこか嬉しそうに
眺めていた。


「待たせたな」
食材もレパートリーも少ない為、野菜スープとビーフポテトのチーズ焼き
という簡単メニューだったが、珍しいクラピカの手料理なのでレオリオは
大喜びで食べている。
相伴しながら、クラピカは冷静な思考を取り戻していた。
まず携帯でセンリツに連絡を入れなくてはならない。無断で飛び出して
来た為、後々面倒が予想されるが、当分帰れないだろう。
レオリオを元に戻す方法を考えなくては。
友人とやらにだけ頼ってなどいられない。

幸せそうに食事をする(ミニ)レオリオを見つめ、クラピカは嘆息する。
その哀しげな表情に気付いてか、彼はニカッと笑って器を差し出した。
「ママー、おかわりーv」
「誰がママだ、誰が!」

食後のオレンジを食べる頃には、ほのぼのとした空気が二人を包んで
いた。



夜も更け、シャワーを終えたクラピカはレオリオのパジャマを拝借する。
「手荷物も何も持たずに来てしまったからな。必要な物は明日、買いに
出るとしよう」
「オレの事がそんなに心配だった?」
(ミニ)レオリオが嬉しそうに問いかける。
――― 今にも死にそうなメールを連続送信されて、無視するほど非情
ではないのだよ」
図星だなどとは口が裂けても言いたくなくて、クラピカは あえて冷たく
切り捨てた。
その心情を見ぬいているレオリオは、嬉しそうに含み笑う。
「ほら、寝るぞ」
レオリオ愛用のキングサイズベッドは、大人二人が寝ても余裕がある為、
細身のクラピカと子供には、充分すぎるスペースだった。
「おやすみ、レオリオ」
クラピカは毛布をかけ、ベッドサイドのランプを消灯する。
そして、目まぐるしかった一日の出来事を思いながら目を閉じた。
だが次の瞬間、弾かれたように瞼が開く。
「・・・!?」
モゾモゾと、胸元を探る感触。
パジャマの裾から、小さな手がもぐり込んで来る。
さわさわと身体を這う指は、次第に、あらぬ箇所へと伸びてきて。
「……なぁにをしているーーーーっ!!!!!」
クラピカは飛び起き、即座にベッドサイドの電気を点けた。
犯人
――― (ミニ)レオリオは、いたす気満々でスタンバっている。
「良いじゃねえか。久しぶりに会えたんだし」
「………何をバカな事を」
「オレとお前の仲だろ?」
「…そういう問題ではないだろう」
見かけだけとはいえ、相手が無邪気な幼児では、真剣に怒るのも気が
引けた。
クラピカは頭を抱え、心を落ち着かせる。
「良いかレオリオ。今のお前は子供なのだよ、少しは状況をわきまえろ。
私は子供に押し倒される気など無い。そもそも、それは犯罪だ」
「オレはオレなんだから、いいじゃねえか。浮気するわけでもなし」
それでもしぶとくにじり寄る(ミニ)レオリオに、クラピカは盛大な溜息を
ついた。
「では聞くが、レオリオ」
クラピカは改めて顔を上げ、ぴしゃりと指摘する。
「で き る の か ? その体で」
「!!」
レオリオはようやく気がついた。5歳前後の子供に、そちらの能力は無い。
厳密に言えば『無い』わけではないのだが、まだ不可能なのである。
「・・・・・・・・・」
(ミニ)レオリオは、目に見えて落ち込んでしまった。
とにかくソノ気は無くなったらしいので、クラピカは安堵の息をつく。
あからさまに落胆する彼が、少し気の毒にも思えた。
「レオリオ」
クラピカは(ミニ)レオリオの髪を撫ぜ、優しく慰める。
「そう嘆くな。元に戻ったら、つきあってやるから」
「……マジ?」
拗ねたような表情で、(ミニ)レオリオは見上げた。
その幼い面差しに似合わぬ真剣な態度が可愛らしい。
「ああ。約束する」
そう言って、クラピカは彼に軽くキスをした。


外見年齢に不相応な悪さはしないという約束の元、(ミニ)レオリオは
クラピカに抱きしめられて眠りにつく。
「子供なんて、つまんねぇな…」
しばらくはグチグチこぼしていたが、体内時計のサイクルも幼退化して
いるのか、彼はすぐに寝入ってしまった。
いつもなら逆に、抱きしめられて眠りにつく立場のクラピカは、どこか
微笑ましい気分で(ミニ)レオリオを見つめる。

―――
幼い彼に出会えるなんて、思ってもいなかった。

レオリオは昔の写真をほとんど持っていない。
火事や引越しで無くしてしまったそうで、現存するのは肌身離さず大切に
持ち歩いている、亡き親友との2ショット写真くらいである。
中身が大人のままだから少々可愛げには欠けるが、見た目だけは幼少。
二度と戻らぬ時代の彼を目にできるなど、運命の悪戯かそれとも奇蹟か。
不謹慎は承知だが、クラピカは嬉しさを自覚していた。
(すまないな、レオリオ…)
胸元に擦り寄り、すやすやと寝息をたてる(ミニ)レオリオに心の中で
謝罪し、彼の額に口接ける。
そしてクラピカも眠りに落ちていった。