「ヴァンパイア・ハンター」
             〜展開〜



幅の狭い階段の端と端に座った二人の間に、沈黙の時間が
流れてゆく。
聞こえていた雨音も、夜更けと共に小止みになってきた。
瓦礫を濡らした雨粒が、楽器のように一定のリズムで落ちる。
─── クラピカ」
「!」
突如として呼びかけられ、クラピカの心臓が跳ねた。
「な、何だ」
「お前、これからどこを目指すんだ?」
声と共にレオリオの視線を感じ、クラピカはあえて彼の方を
向かずにいる。なぜかわからないが、目を合わせてはいけない
気がするから。
「…特にどこという目的は無い」
どこへ行こうが、ヴァンパイアは追って来るだろうし、何より
自分も同胞の仇を討ちたいから、逃走など考えていない。
ただ、なるべくなら人里から離れていた方が、周囲に迷惑を
かけずに済むだろう。
「そうか。
じゃあ、南の方へ行かねえか?今からならベスト
シーズンだし、海もあるし、食い物も美味いしな」
レオリオの言い方はまるで、物見遊山か何かのようだ。
クラピカは少し呆れて、抗議するべく口を開く。
「ふざけるな。私は……」
「それに、南の国は太陽の力が強いから、魔物が少ないって
話だぜ」
─── !」
文句を遮った言葉にハッとして、クラピカは思わずレオリオを
見た。
途端に、視線がぶつかる。
「…………」
「……クラピカ」
瞳に吸い込まれそうな錯覚がした。
「オレと一緒に、遠くへ行こう」
「…………」
絡んだ視線が、結びついたように離せない。
「オレが、少しでも安全なところへ連れて行ってやるよ」
レオリオの声を幻聴のように聞いていたクラピカは、ようやく
我に返った。
「何を……言い出すのだ、…同情など不要なのだよ」
内心の動揺を悟られまいと、精一杯虚勢を張ってクラピカは
言う。
それでも、澄んだ声はかすかに震えている。
……安易な正義感なら、尚更迷惑だ。魔物の脅威は承知
だろうが、ヴァンパイアとは比較にならないぞ

「ああ、そうだろうな

どこまでも真剣なレオリオを見ていられず、クラピカはうつむく。
「けど、同情や正義感だけでここまで来やしねえよ」
言いきるレオリオの言葉の意味をクラピカは理解できない。
いや、わざと理解しなかったのかも知れない。
「オレはな、クラピカ……」
レオリオの声が自分を呼ぶ。それだけで全身が震える気がした。
感情を変換する言葉が見つからなくて、クラピカは困惑する。
こんな時、どうすれば良いか教えてくれる人はいなかったし、
文献にも書いていなかった。
レオリオの方も同様らしく、口ごもったまま言葉が途切れている。
「オレは─── …」
その時、近くで聞こえた水音がレオリオの声を遮った。


「!?」
クラピカはハッとして上段を見る。
雨は既に止んでおり、リズミカルに落ちていた水滴には注意を
払っていなかったが、それらとはまったく違う音質は、まぎれも
なく知的生物の足音だろう。
危険信号を察知したクラピカの反応に気付き、レオリオも警戒
して臨戦体勢を取る。

パシャリ、パシャリ、パシャリ……

水の塊が移動するような足音は、内部の瓦礫を一つ一つ回り、
やがて階段へと近づいて来た。
そして
───

「!!」
まるで隠れんぼをしている子供の如く、何の警戒も無い顔が
ヒョイと覗き込む。
それは黒い髪で黒い服を着た、クラピカと同じ年頃の少女。
「女…? なんで、こんな所に……?」
きわめて素朴なレオリオの疑問は、次の瞬間 答えが出た。
─── いた。伯爵に報告します───
人形のように無表情な少女は、やはり感情の無い声でそう
呟いたのだ。
『伯爵』とはヴァンパイアの代名詞。クラピカは瞬時に右手の
鎖刃を放つ。
少女は恐れも驚きもせず、そして避けもしなかったので、肩を
貫かれた。
しかし傷口からあふれ出たのは鮮血ではなく、なんと水。
「…魔物!? ホムンクルスか!」
レオリオは驚き、少女を凝視する。
ホムンクルスとは、上級の魔物が土と水を混ぜて造るという
生体人形。見た目は人間と変わりないが、感情や意志は
ほとんど皆無で、創造主の命令だけを忠実に聞く。
その噂にたがわず、少女は肩に貫通刺傷を受けながらも
平然と踵を返した。
おそらく、主たるヴァンパイアにクラピカの居場所を報告しに
行くのだろう。
クラピカはレオリオを押しのけ、ホムンクルスにとどめを刺す
べく階段を駆け上がった。
「待てクラピカ、オレも
───


痛覚の無いホムンクルスは、スタスタと教会を出てゆく。
彼女を追ってクラピカも廃墟を飛び出すが、次の瞬間、凍り
ついたように立ち尽くしてしまった。
「……!!」
後に続いたレオリオも、仰天して硬直する。
そこには、全身黒ずくめの
─── 一見して貴族とわかる、
特異な雰囲気を漂わせた男が立っていたのだ。
まぎれもなく、彼こそがヴァンパイアであろう。

「…………伯…爵……!!」
「久しぶりだな、クルタの娘
───

雨上がりの森で、激しい視線が火花を散らせた。



      BACK   NEXT
 
           TOP