「ヴァンパイア・ハンター」
             〜葛藤〜



ゼビル村を飛び出したクラピカは、山に入ったところで雷雨に
遭遇してしまい、やむなく雨露をしのぐ場所を探した。
ほどなく、廃屋のような建物を発見する。
石造りの屋根は、かろうじてその役目を果たしており、クラピカは
いっときの雨宿りにと中へ入った。


内部は埃にまみれ、瓦礫同然の壁は、なかば崩れかけている。
「……!」
クラピカはハッとした。暗さと雨粒に遮られて外からは気付かな
かったが、前方に祭壇らしき部分がある。
既に人から見捨てられて久しいらしく、荒れ果ててはいるが、
どうやらここは教会らしい。

───
教会を飛び出して来たのに、また教会へ来てしまったのか。

クラピカに自嘲のような笑みが薄く浮かぶ。それでも再び雨の
中へ出て行く気にはなれず、身を潜める場所を求めて周辺を
見まわす。
そして地下室へ続く階段を見つけた。
地下は瓦礫に埋まっており、中へは入れない。そこでクラピカは
階段の一番下の段に腰を下ろした。

身体が震えるのは、気温が低下している為。
雷雨に怯えているわけではない。あの憎いヴァンパイアや魔物
たちさえ、恐れた事などない。
なのに、引き裂くような痛みが胸を締めつけている。
クラピカにはそれが『寂しさ』だとわかっていた。
わずか数日間、滞在した村の居心地が良かったから。
人のあたたかさに触れてしまったから。
─── レオリオと一緒にいたから……

よぎった面影を振り切るように、クラピカは頭を振る。
自分はヴァンパイアに狙われている身、他人と関われば危険に
巻き込んでしまう可能性が高い。だからこそ4年前、もう誰とも
親しくなるまいと誓ったのだ。
一つ所に留まらず、誰の好意も受け入れず、誰も愛さない……

瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
己に課した制約
─── 誓約を苦しく思った事など、この4年間
一度も無かったというのに。
胸が痛くて、重苦しくて、瞳の奥がチリチリする。
名前を呼んでしまいそうで、ぐっと声を飲み込んだ。
クラピカは腕に力を込めて膝をかかえ、顔を押し付ける。
激しい雨は、クラピカの代わりに慟哭しているかのようだった。




時刻は夕刻。
雨音がすべての物音を消し、葛藤に揺れていたクラピカは、
注意が散漫になっていた。
ピチャ、と水のしたたる音が近くで聞こえ、ようやく我に返る。
その気配は既に、教会内部にまで来ていた。
(魔物か!?)
クラピカは己の不覚を恥じ、壁際に身を寄せる。
水を含んだ足音は次第に近づき、もはやクラピカのいる階段
まで、あとわずか。
クラピカは意を決し、先制攻撃を仕掛けるべく剣を構える。
右手には、飛び道具にもなる鎖。
最初の一撃が効けば、勝つ自信はある。
息を殺し、攻撃のタイミングを待つ。
─── しかし。

「……クラピカ?」
「!?」
不意に聞こえた声に、クラピカの緊張は驚愕へと変わった。
それは、ここにいるはずの無い男の声。
つい数時間前、別れた男の声。
「……レオリオ…!?」
信じられないまま、それでもクラピカは名を呼んだ。
応えるように、階段の上から見覚えのある人影が覗く。
「やっぱり、ここにいたんだな」
安堵したような声と微笑の主は、夢でも幻でもなく、正真正銘
本物のレオリオ。
クラピカは呆然と立ち尽くす。
(どうして……)
階段を降りて来るレオリオの手には、傘と小さなトランクが握られ
ている。
彼は固まってしまったクラピカを見て苦笑した。
「水もしたたるイイ男の登場に、そんなに感動したのか?」
「……っ、何を言っているのだ!」
現実を認識したクラピカは、混乱のあまり口調が険しくなる。
「なぜお前がこんな所にいる。どうして私がここにいると
わかったのだ!?」
動揺しているクラピカとは対象的に、レオリオは至極穏やかな
口調で答えた。
「ここはオレがガキの頃、ちょくちょく遊びに来た秘密の隠れ家
なのさ。お前がこっちの方に進んでったから、だいたいこの辺で
雨宿りしてるだろうと踏んだんだが、ビンゴだったな」
村の周辺はレオリオのホームグラウンドである。向かった方角が
わかっていて、周囲の地理を把握しているのなら、山に入った
者の居場所を特定できても不思議は無い。
クラピカは溜息をつき、剣を下ろした。
「…………。…何をしに来たのだ…」
なかば呆れたような声で問いかける。しかし、返って来た返答は
思いがけないものだった。
「オレも旅に出たんだよ」
─── !?」
クラピカは正面に立っているレオリオを驚きの表情で見上げる。
「旅…だと……?」
「ああ。貧しい子供を無償で治療するのが夢だって言っただろ。
ゼビル村以外の土地も回りたいと思ってたんだ、サトツ神父が
オレの後任の医者を頼んできてくれたしな」
あっけらかんと語るレオリオに、クラピカは言葉を失う。
もっともらしく『夢』を持ち出してはいるが、レオリオがクラピカを
追いかけて来た事は明白である。危険の多い夜に旅立ちなど、
常識のある人間ならば絶対にしない。
それにレオリオは、クラピカがこの廃墟にいる事を推察した上で
わざわざ来たのだ。
「…………」
クラピカの困惑を読み取ってか、レオリオは問答を切り上げる。
「とにかく、雨が止むまで休憩させてもらうからな」
そう言うや、胡座をかいて座ってしまった。



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