「ヴァンパイア・ハンター」
            〜融和〜



翌朝。
教会の中では、空が白み始めた頃から物音が聞こえていた。
レオリオの気配を察し、クラピカも部屋を出る。

「…何だ?その姿は
───
レオリオを発見したクラピカは、思わず問いかけた。
彼は昨日までの白衣ではなく、神父の正装をまとっていたのだ。
「見ての通り、神父の代行だよ。今日はアゴンの葬儀だし、
神父役がいねぇと弔ってやれねーだろ」
その口調は一昨日までの明快な声で、クラピカの心がフッと
軽くなる。
とりあえず、昨晩の落胆からは立ち直ったらしい。
「医者が神父役を代行するのか?」
「仕方ねぇよ。でもオレはここで育ったから、神父の仕事は
ひととおり理解してるし、村の皆も承知の上さ」
苦笑しながらレオリオは言う。そして、すれ違いざまクラピカに
告げた。
「……昨日は、ありがとな」
(……!)
思いがけない言葉に、クラピカの胸がドキリと鳴る。
二人は照れと当惑に満ちた表情になっていたが、互いに
相手に見られまいと背を向けたまま振り返らなかったので、
気付く事は無かった。



アゴンの葬儀中、参列者たちは彼の急逝を惜しみはしたが、
魔物に遭遇した不運を理解しており、医者の技量不足などと
逆恨みする者はいない。
クラピカも密かに参列して祈りを捧げている。
その様子を祭壇から見たレオリオは、当初 生意気で冷徹だと
思っていたクラピカの印象が大きく変わった事を自覚した。



埋葬も終え、アゴンの葬儀は滞り無く終了する。
参列者たちもそれぞれ帰路につき始めた。
神父の務めを終えたレオリオは、木陰で佇んでいるクラピカに
歩み寄る。
「お前も参列してくれたんだな。アゴンの代わりに礼を言うぜ」
「……通りすがりの身ではあるが、臨終に行き会ったのも
何かの縁だと思ったのだよ」
出身は違えど、死者を弔う気持ちは同じ。二人共その考えは
同じなのだ。
─── レオリオ」
ふいに、参列者の一人だった村長のネテロが声をかける。
「ちょっと訊きたいんじゃがの。
─── その子は何者じゃ?」
そう言ってネテロ村長はクラピカを指した。
住民の数も多くないゼビル村では、些細な異変でもすぐに
知れ渡る。
ましてクラピカほどの美人は目立つし、昨日 診察室でも
数名の村人と顔を会わせたのだから、存在が知れるのは
当然だろう。
よそ者の来訪を警戒するのは、小村の常識。
「初めまして、村長殿。私は旅の者です。一昨日、村の近くで
負傷していた所を彼に救われ、厄介になりました」
問われたレオリオよりも早く、クラピカは経緯を説明する。
それは年齢に似合わぬ澱みない口調で、村長は確認する
ようにレオリオへ視線を送る。
「そういう事だ、村長。傷が治るまで、こいつは教会に置く
からな」
「!?」
レオリオの言葉に、クラピカは驚いて彼を仰ぎ見る。
「そうか。お前さんがそう判断したのならかまわんよ」
村長はあっさりと承諾し、立ち去ってしまった。


(……医者が医者なら、村長も村長だな…)
すべからく小さな村は閉鎖的で、来訪者を歓迎しないもの
だと思っていたのに。彼らの大らかさに驚かされる。
しかしクラピカは、それよりも自分の意見を飛ばして決定
されたかのような事態に文句を言いたかった。
「レオリオ、せっかくだが私は
───
「医者の言うことはちゃんと聞けよ」
レオリオは先に釘を刺す。しかしクラピカも引き下がらない。
「勝手に決めないでもらおう。手当てと屋根を借りた事は
感謝しているが、長居する気は無いのだよ」
「まだ旅に出るのは無理だぜ」
「平気だ。午後には出発する」
そう言ってクラピカは、教会へ戻るべく踵を返す。
ところが数歩進んだ所で 墓地の緩い土に足を取られ、
その身が大きくつんのめった。
─── !」
危うく地面に激突する寸前、レオリオに抱きとめられる。
「……だから言っただろ」
「は
─── 離せ!」
クラピカは慌ててレオリオを押しのけた。手負いとはいえ、
無様に転びかけた不覚と、何より男の腕の中という状況が
恥ずかしくて。
だが次の瞬間、レオリオはクラピカを軽々と抱き上げた。
「なっ、何をする!?」
「じっとしてな。部屋まで運んでやるよ」
「無礼者!私は自分で歩けるのだよ!!」
クラピカの抗議を無視して、レオリオは教会へ向かって歩き
出す。
「レオリオ、下ろせ!!」
「あのな、クラピカ」
動揺してジタバタと暴れるクラピカとは対照的に、レオリオは
いたって冷静な声をかけた。
「お前はワーウルフを倒せるほど強いかも知れねえが、今は
怪我をしてるんだぜ。無理したら、治るモンも治りゃしねえ。
そんな状態でまた魔物に出くわしたら、どうすんだよ」
「ま、魔物などに易々と倒される私ではないっ」
「何も無い道っ端でコケかけたくせにか?」
「……!(///)」
情けない事実を指摘され、クラピカの顔が真っ赤に染まる。
そのあまりにも素直な反応に、レオリオはクスクスと笑った。
「笑うな!誰でも失敗する事はある!!」
「はいはい、そうだよな」
不謹慎は承知の上だが、なんだか楽しくなってしまう。
こんなに心が和んだのは、本当に久しぶりだった。

結局、クラピカはしばしの滞在を決意した。

                

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