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翌日。
いつもなら早朝に目覚める習慣がついているクラピカだが、
怪我や戦闘による疲労のせいか、安らかな眠りを得た為か、
起きた時はもうブランチの時刻だった。
ふと見ると、サイドテーブルには食事の乗ったトレイが用意
されている。
入室された事にも気付かないほど熟睡していた不覚と共に、
クラピカはレオリオの意外な心遣いをも感じた。
貧しいメニューではあったが、栄養のバランスは悪くない。
さすがに医者だけの事はある。
食事を終え、身支度を整えると、レオリオに挨拶をするべく
クラピカは病室を出た。
(…ん?)
診察室に続く廊下から話し声がする。
「…はい、終わり。あと一日おとなしくしてたら、また友達と
外で遊べるようになるからな」
「ありがとうございます、レオリオ先生」
「せんせー、ありがとー」
レオリオの声に続いて聞こえたのは女性と子供の声。どうやら
親子連れの外来患者が来ているようだ。
診察の邪魔をするのが憚られて、クラピカは足を止める。
聞くともなしに、会話が聞こえた。
「先生、実は、お薬代が……」
「ああ、いいよ気にしなくて」
困ったような母親の声を遮り、レオリオは明るく告げる。
「代わりに、また野菜を分けてもらえたら助かるぜ。気をつけて
帰りな」
母親と子供は、何度もレオリオに礼を言って帰って行った。
何かとても不思議なものを見たようにクラピカは立ち尽くす。
─── 薬代の代わりに野菜を?
彼は『また』と言っていた。という事は、以前にも同様の
事態があったのか。
いくら田舎の小村とはいえ、今どきそんな医者がいるとは。
開け放されたままの診察室に、クラピカは、なかば無意識に
歩み入っていた。
「……いつも、あのような診察をしているのか」
「よう、起きたのか」
不意に声をかけたクラピカに、レオリオは驚いた様子も無く
振り返り、事もなげに肯定する。
「まあな。こんな田舎じゃ誰も余裕無ぇし、食料とかならオレも
助かるしな。お互い、物々交換の方が都合が良いんだよ」
「…よく経営が成り立っているな」
「なんとかなるもんさ」
あっけらかんと返された言葉に、クラピカは苦笑してしまう。
─── 少しばかり彼を見直した。無礼なだけの底の浅い男
では無いようだ。
「顔色は良くなったな。傷の具合はどうだ?」
「だいぶ良い」
「んじゃ、包帯替えるから、そこ座れよ」
言われるまま、クラピカは診察用の椅子に座った。
夜と昼とでは、同じものを見ても印象が変わる場合が多い。
そのせいなのかと思っていたが、レオリオは内心の疑惑を
再確認してしまった。
薬を塗る為に袖を上げたクラピカの腕は白く華奢で、剣を
持つ割には筋肉も薄い。
窓から射し込む太陽光に反射して金色の髪が煌いている。
端正な顔立ちは、月光や電燈の灯りの下で見た時よりも更に
美しかった。
「…終わり。もうしばらく安静にしてな」
「感謝する」
手当てを終えたレオリオは、問いかけようかどうしようかと
迷う。
しかし次の瞬間、誰かの呼び声が診察室まで響いた。
「レオリオ先生ー!急患だー!」
運び込まれた患者・アゴンは、顔面を蒼白にして口から泡を
吹いていた。
全身が硬直しており、意識は不明。見たところ何かの発作か
毒物中毒のように思われた。
レオリオは付き添って来た友人と搬送者に問いかける。
「一体何があったんだ?」
「狩りの最中、急に倒れたみたいなんだよ」
「『みたい』って、誰か見ていた奴は!?」
「それが、皆、獲物を探してキョロキョロしてたから……」
レオリオは舌打ちし、再び患者に目を向けた。一刻を争う状況
である事は一目瞭然。早急に何らかの処置をしなくては。
「アゴンに持病は無かったはずだよな。…となると、毒虫か
毒草か……」
「コカトリスだ」
突然、部屋の隅で経緯を見守っていたクラピカが口を挟んだ。
それまでも見なれぬ人物にチラチラと視線を送っていた村人達
だが、一斉に目を向ける。
「コカトリスって……本当なのか!?」
「ああ。同様の症状になった人を見た事がある」
途端に村人たちが絶望の表情に変わる。
魔物コカトリスの視線は猛毒で、目が合っただけで死に至ると
言われているのだ。
「そんな… なんてことだ…」
「アゴン…」
「レオリオ先生、何とかできないのか!?」
嘆かれても泣きつかれても、人間の医療技術では救う術が
無い。
レオリオは両眼をキッと見開いたまま無言でいたが、突如
身を翻すと、棚の中からありったけの解毒剤を取り出した。
「助けてやる!!オレが絶対に助けてやる!─── だからアゴン、
頑張るんだぞ!!」
そう叫び、レオリオは必死に治療を続けた。
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