「ヴァンパイア・ハンター」 〜邂逅〜 |
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─── 世界は、闇の中で蠢く魔物達に脅かされていた。 夜は闇の世界。魔のパワーが増大し、魔物が闊歩する危険な 時間。 日が落ちると、どこの村でも固く扉を閉ざした家々の中、住民 たちは息を潜めて朝を待つ。 山間の田舎・ゼビル村でもそれは同様で、静まり返った村内 では満月だけが美しくも寂しく輝いていた。 ところが珍しい事に、村へと続く細い林道には一人の男の姿が ある。 柳桑折を背負い、周囲を警戒しながら帰路を急ぐその男は、 予想外に帰宅が遅れた事を焦っていた。 いかに田舎であっても、夜間の外出が危険な事に変わりはない。 魔物と遭遇するのは稀だろうが、野性の獣との遭遇率は高い のだから。 男は歩を進めるペースを上げる。 ─── 次の瞬間。 (!?) あと少しで林道を出るという所で、不意に男は気付いた。 すぐ近くに、何かがいる。 気配を消そうとしてはいるが、明らかに生き物が存在していると 察知した。 それも犬や猫といった小動物ではなく、大型の知的生物だろう。 男は一瞬で臨戦体勢に変じ、素早く護身用のナイフを構えた。 「……誰だ?」 誰何に返答は無い。 男は更に警戒しながら相手の居場所を絞り込む。 ─── 数メートルと離れていない木の影。 ─── おそらく一匹。 ─── 殺気は……少ない。 魔物や猛獣特有の獰猛な雰囲気は感じられないが、それでも 細心の注意を払いながら対峙を続ける。 (……血の匂い!?) 微かに嗅覚をついた匂いを男は敏感に悟り、意を決してゆっくり 近づいた。 一歩一歩、慎重に歩を進める。 「うわっ!」 突如として飛び出した物体に、男は危うく身をかわす。 それは一本の棒、否、剣だった。 「……!!」 反射的に飛びのいた男は、驚きに言葉を失う。そこには一人の 人間らしき者が座り込んでいたのだ。 ─── らしき、というのは、木陰で判別しづらいのと、魔物にも 人間に似た容姿の者がいるからである。 見慣れぬ形の衣服を纏ったその人物は、うずくまっている為か、 子供のような背格好に見えた。 村の者でない事は明白で、男は再び問い掛ける。 「だ…誰だ、お前。こんな時間にこんな所で、何やってんだよ?」 「…………」 相手は答えない。しかし逃げ出す様子も無く、無言で男を睨み つけ、先刻繰り出した剣を構えたままでいる。そして、その体 からは確かに血の匂いがした。 「……怪我してるのか?」 「…………」 やはり返答は無い。男は一瞬困惑したが、このまま放置して 去るわけにはゆかない。 「おい。オレはこの先の村の医者だ。人間なら手当てしてやる。 だから答えろ、お前は人間か?」 「…………」 「魔物ならとどめを刺す。─── どっちだ?」 「……人間だ」 さすがに今度は返答が来た。低く凄ませていたが澄んだ声音で、 年齢の若さが感じられる。 「よし。じゃあ、とりあえず村へ行くぜ。ここは暗いし、何より危険 だからな」 しかし差し出そうとした手は、剣の威嚇に止められた。 「何だよ、人の好意を─── 」 「お前は何者だ」 不服そうな男の言葉を遮り、相手は端的に問いただす。 「一介の村医者が、危険な夜間に何の理由で、このような鬱蒼 たる道を歩いていたのだ」 その高圧的な物言いに男は多少ムッとしたが、相手はおそらく 年下だし、手負いで警戒しているのだろうと考えて怒りを納めた。 「名前はレオリオだ。向こうの森に、満月の夜にだけ実をつける 稀少な花が自生しててな。効能の高い薬草になるから、そいつを 摘みに出かけてたんだよ。ほら、証拠」 そう言って男─── レオリオは背中の柳桑折を下ろし、中身を 開く。 桑折の中には小さな草の実が大量に詰められていた。 「ミダクド草か」 それを見た相手は、即座に言い当てた。 レオリオは思わず目を見開く。その花の名を知っているのは、 村で唯一の医者である自分と、物識りの長老、神父、そして 教師くらいのはずである。 「言っている事は真実のようだな。ならば信用しても良いだろう」 (……何様だコイツ) その知識と慇懃な物言いをレオリオは訝しむ。すると彼の心の 声が聞こえたかのように、相手は名乗った。 「私の名はクラピカという。旅の途中で不覚を取った。─── 君の 申し出を受けよう」 クラピカと名乗った旅人は、満身創痍だった。 満月の下、改めて見ると、一見して戦闘の跡がうかがえるほどの 有様で、衣服はボロボロ、顔も髪も血に汚れ、なかなかに壮絶で ある。 止血等の応急処置だけはクラピカが自身で済ませていたが、 やはり正規の処置をしなくてはなるまい。 クラピカは手を借すというレオリオを断り、荷物だけを彼にあずけ、 剣を杖代わりにして、危なげな足取りではあるが、自力で歩いて 村に入った。 「着いたぜ、ここだ」 「ここが…?」 レオリオが示したのは小さな教会。 彼は怪訝そうに見つめるクラピカを促し、中へ入る。 「この一角を改造して診療所にしてるんだ。神父のサトツさんは 今、山向こうの町に出かけてて留守だから、遠慮はいらねえぜ」 案内された診察室には粗末ながらも医療道具や薬品類が揃って いた。 しかしレオリオはそこを素通り、最終的にクラピカが連れて行かれ たのは、更に奥の浴室らしき場所。 「手当ての前に風呂入れよ。薬塗るにしても、まずは洗わねえ とな」 「…………」 「…何だよ?」 警戒の瞳を向けるクラピカに気付き、レオリオはあきれたように 言い放つ。 「何考えてんだよ。言っとくがオレはごくノーマルで、野郎には 全っ然興味無ぇから、ヘンな心配しなくていいぜ」 「…………」 更に鋭くなったクラピカの視線を今度は無視して、レオリオは 浴室を出て行った。 クラピカは、しばしレオリオが出て行った扉を睨みつける。 なんとも失礼な言われ様に、目が吊り上がっていた。 しかし、レオリオの誤解は好都合とも言える。 見知らぬ男と二人きり、一つ屋根の下での入浴など、本来なら 絶対に回避するが、彼の言葉通りなら、そういう意味での危険は 無いという事だ。 クラピカは矛盾する怒りを妥協し、ありがたく浴室を使う事に した。 それでも一応、愛用の二刀一対の剣を浴室内に持ち込んだ上 での事だが。 しばらく後、入浴を終えたクラピカは再び診察室へ赴いた。 治療の準備をしながら待っていたレオリオは、気配を察して 入口を向く。 「…!」 瞬間、彼はハッと目を見開いた。 先刻の淡い月の光とは違い、電燈の灯りは顔貌をはっきりと 照らし出す。 旅と戦闘の汚れを洗い流し、清潔な衣服に着替えたクラピカは、 鄙には稀な美形だったのだ。 「……あ、えーと、クラピカ。そこに座って、怪我してるとこ見せて くれ」 一瞬見惚れたレオリオはすぐに我に返り、つとめて医者らしい 対応に変わる。 クラピカは最低限の警戒は解かぬまま、診察台に腰を下ろした。 クラピカの怪我は主に裂傷、そして打撲と捻挫だった。 命には別状無いが、単なる喧嘩や一対一の戦いとは思えない。 左腕の傷は一番深く、鋭い爪か牙によるものだと一目でわかる。 大切な筋や骨が無事なのは幸いだった。 包帯を巻きながら、レオリオは問わずにいられない。 「……一体、何と戦ったんだよ?この傷、並みの動物や剣とか じゃねぇだろ?」 「ワーウルフ(狼男)だ」 クラピカは即答し、途端にレオリオは驚きの表情に変わる。 ワーウルフとは、魔物の中でも抜きん出て凶暴、かつ好戦的な 人獣だ。全身毛むくじゃらの大男で、ヤワな剣など通らない鋼の 肉体と牙を持ち、人間を引き裂いて血肉を食らう事を何より好むと 言われている。 噂では、一匹のワーウルフに立ち向かった某国の戦士団・一個 中隊が30分足らずで全滅したとも聞く。 そんな化物と戦ったというのか。 「まさか……お前一人で!?」 「そうだ」 「今夜は魔物どもの力が一番強まる満月だぞ?それなのに…」 「だから少々てこずった。しかし、最後は心臓を潰して荒野に 埋めた」 「…………」 レオリオは唖然と言葉を失う。 クラピカは推定15歳前後、特に鍛え上げた肉体にも見えないし、 戦士というよりは知性派で、不遜な態度や言葉使いは、むしろ 良家の嗣子といった方が相応だ。 なのに、負傷したとはいえ、ワーウルフを一人で倒すとは。 「お前……いったい何者だよ」 「答える義務は無い」 端的に拒絶し、クラピカは口をつぐんだ。その表情は、一切黙秘 するという意志がありありと見える。 そしてレオリオも、それ以上追求はしなかった。 手当てが済むとクラピカは、診察室の隣にある病室で休むよう 勧められた。 入院が必要なほどの重傷ではなかったが、この小村には宿など 無いし、夜中に不意の旅人を泊めるような物好きもいない、そして 怪我人を野宿させるのは医者として許せないからとレオリオに 説得されたのである。 「オレは廊下の奥の部屋に住み込んでるから、用事があったら 呼べよ。んじゃな」 それだけ言って、レオリオは立ち去ってゆく。 彼の足音が遠ざかるのを確かめた後、クラピカは改めて室内を 見まわした。 そこは白いシーツのベッドと、小さなテーブルと椅子だけの狭くて 質素な部屋。当然ながら、鍵は無い。 しかし最近は野宿続きで、まともな室内で眠るのは久しぶりだ。 心の片隅で喜んでいる自分に苦笑しながら、クラピカは上着を 脱ぎ、ベッドに入る。 上等な生地とは言い難いが、洗いたてらしきシーツの感触が 心地よい。 (今夜は、よく眠れそうだな…) 毛布のぬくもりに包まれると、戦闘の疲労を一気に思い出して しまった。 途端に、信じられない速度で睡魔が訪れる。 今まで肌身離さなかった剣を側に置く事も忘れ、クラピカは 一瞬で眠りに落ちてしまった。 |
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