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両親の命日には、決まったように雨が降る。
喪服に身を包んだクラピカは、唯一の肉親である叔父と共に墓参を
済ませた。
叔父は供花に与えた水の手桶を片付けに行き、クラピカはしばし
一人で両親の御霊に祈りを捧げた後、墓標を後にする。
霊園は広く、それまで気付かなかったが、他にも墓参者がいたようだ。
少し離れた場所に、喪服の一団が墓石を取り囲むように佇んでいる。
クラピカは何気なく、そちらへ目を向けた。
─── その途端、一人の人物に視線が釘付けられる。
クラピカの脳裏に、封印していた記憶と感情が一気に噴出した。
「先刻の男は………『幻影トラベルグループ』の社長だ』
「幻影……って、あの、有名な海外の企業か?」
「そうだ。そして、その前身は『流星・タウン・トラベル』……」
クラピカは一旦言葉を切った。
そして、搾り出すように言い放つ。
「5年前……私の両親が乗った飛行機を…、操縦…していた
男……だ…」
「……!!」
再度、クラピカの指が震え始める。
レオリオは彼女の心情を悟り、即座に手を握りしめた。
「操縦士が…生きてたのか?」
「ああ……、奴だけは……」
胸にあふれる負の感情を抑えるように、クラピカはレオリオに
身を寄せる。
「あの男は…、私の両親を見捨てて、自分だけ脱出したのだ……!!」
─── 5年前、流星・タウントラベルの小型チャーター飛行機は、
飛行中の海上で、整備不良が原因とみられるエンジントラブルを
起こし、異変を察した操縦士は飛行継続や水上着陸の努力を何も
せず、乗客の夫婦─── クラピカの両親─── に一言も無く、さっさと
脱出してしまったのである。
航空機の操縦に関する知識など無かった夫妻は、空中分解する
機体と共に海へ散ったが、直前に通信機を使って経緯を伝えた。
しかし救出された操縦士は、有名な弁護士を雇って『緊急避難』で
押し通し、裁判どころか起訴も行われず、あげくに会社をたたんで
国を去り、海外で再興したという。
クラピカは当時12歳の子供で、綿密な調査などできなかったし、
事故の経緯も新聞やTVの報道以上には明かされなかった。
─── かの会社が裏でマフィアと密接に繋がっており、金と権力に
ものを言わせて各方面を買収・または脅しをかけて事件をウヤムヤに
したらしいとクラピカが知ったのは、ハンター大学の進学直後。
しかし真相を知った姪に、叔父は「奴らに関わるな」と釘を刺した。
危険な連中を追求したところで正義が常に勝てるとは限らないし、
死んだ二人も還って来ない。ならば、たった一人の忘れ形見には
何も知らぬまま、静かに平和に育ってほしいと彼は思ったのだろう。
もとより仇討ちが容認される時代ではなく、クラピカも叔父の
心遣いを理解したからこそ両親の冥福だけを祈って生きてきた。
それに、この時点で既にレオリオと出会っていたから。
なのに今になって、まさかその元凶に出会ってしまうとは。
報道写真で一度見ただけの男。当時とは印象がかなり違うが、
見誤るはずはない。両親の仇とも言うべき相手。
クラピカは感情が交錯するあまり声も出なかった。時間が停止
したかのように、ただその場に立ち尽くす。
その時、凝視する彼女の視線を感じたのか、ふいに当事者が
振り返った。
男は凍りついたような表情のクラピカに怪訝な瞳を向け、そばに
いた者に何事か尋ねる。
応じるように、秘書とおぼしき長身の女が しばしクラピカを
見つめた後、男に耳打ちした。
「……5年前?─── ああ、思い出した、あの事故か」
男の呟きを聞いた瞬間、クラピカの脳裏に炎が燃え立つ。
─── 『思い出した』だと?
では今まで忘れていたというのか。
クラピカの心情には気付かず、男はにこやかに歩み寄る。
「やあ、初めまして」
「…………」
無言で睨みつけても、相手は意にも介さない。
「偶然だね。今日は墓参り?」
「…………」
「俺も先日、ボディガードの一人が死んでね。でも気にしなくて
いいよ」
「…………」
男は品定めをするような目つきでクラピカを眺めている。
「それにしても、あの二人にこんな娘がいたとは知らなかったな」
その言葉を聞いた時、ひき結んでいたクラピカの唇が初めて
開かれた。
「……私の……両親の事を、口にするな……!!」
さすがに、声に含まれた感情を察知したらしく、男の微笑みが
一瞬消える。
しかしすぐに、元の酷薄な微笑が浮かんだ。
「そうか…君は家族を亡くして一人なんだよね。じゃあ償わせて
もらうよ」
─── 『償い』?
よくも言えたものだ。
5年前、謝罪の一言も無く、遺族との対面すらしなかったくせに。
握り締めた拳を振り上げてしまわぬよう、クラピカは指先に力を
込める。
ところが男は、思いもよらぬ言葉を発した。
「君の後援者になってあげよう。生活はすべて保証するし、好きな
だけ贅沢させてあげるからね」
クラピカは一瞬、意味がわからなかった。
「いっそ俺の屋敷に移ってもいいし。君のような娘なら、喜んで
そばに置くよ」
そう言って、彼は持っていた白い百合の花束を差し出す。
─── 後援者……?
─── 生活を保証……?
─── そばに置く……?
クラピカは次第に理解する。
同時に、脳裏では今にも爆発しそうに感情が膨らんでいった。
両親を見殺しにしたくせに。
その事実を今の今まで忘れていたくせに。
償いという言葉の意味を、まるでわかっていない。
クラピカにとって彼の言葉は侮辱以外の何でもなかった。
冷えてゆく心と対照的に、体は怒りの炎で燃えるように熱くなる。
─── 戻って来た叔父が、その場からクラピカを連れ出さなければ
殴りかかっていたかも知れなかった。
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