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翌日、事態は驚きの展開を見せる。
報道よりも早く噂には尾ひれがついて広まり、事件の経緯は、
『包丁でクラピカを脅して室内に侵入しようとした連続強盗犯トンパを
レオリオが格闘の末に捕縛して逮捕された』
という内容に飛躍していたのだ。
実は以前からコソドロトンパによる被害が後を絶たず、周辺住民達は
困り果てていたので、それを捕まえた(とされている)レオリオは
一夜にして近隣のヒーローとなり、右手の怪我は『名誉の負傷』と
賞賛された。
そして彼に守られた(という事になっている)クラピカには、
「なんて素敵な彼氏なの」
「羨ましいわー」
等々、羨望の声が相次いだ。
「噂ってのは、こうやって作られていくんだなぁ」
隣人たちから『感謝の気持ち』として贈られたお見舞いの品々に
囲まれて、レオリオはしみじみと呟く。
とりあえず、バイト仲間とボディーピアスの上司には、怪我が回復
したら一杯おごらねばと決意していた。
右手の怪我は、当日安静にしなかった為、翌日には更に腫れが
ひどくなり、医者から2〜3日は動かすなと言われている。
おかげで食事ひとつにもクラピカの介添えが必要になってしまった。
「はい、アーンするのだよ」
「あ〜〜〜んv」
まさに怪我の功名である。こんなことでも無ければ、クラピカの手で
食事を口に運んでもらえる機会など滅多に無いのだ。
レオリオはこの上ない至福に酔わずにいられない。
ところが、真の恐怖はこれから訪れるのであった。
ピンポーン
「あ、はーい?」
幸せな食事の最中、無粋に鳴ったチャイムにクラピカは、
レオリオに差し出した箸を置いて玄関へと向かう。
もちろんドアチェーンはかけたままで、魚眼レンズ確認は
怠らない。
「叔父上!」
廊下の向こうから聞こえた声に、夢心地だったレオリオは一気に
現実へ戻された。
「事件の話を聞いてな。邪魔するぞ」
「あ、はい――― どうぞ」
ズカズカと足音を立て、相変わらず作務衣姿の不精ヒゲ男が
歩み寄る。
その気配に、レオリオは思わず正座して姿勢を正した。
彼の姿を見るや、叔父は開口一番。
「怪我をしたってな」
「は、はい。いえ、たいしたことはないです」
どうしてもこの叔父が苦手で、レオリオはつい敬語になってしまう。
叔父は腰を下ろし、差し入れだと言って、有名ブランドの最高級
リーフティーの缶を渡した。
それはクラピカの大好きな銘柄だったが、コーヒー党のレオリオには
無縁な代物である。
「この近所は物騒らしいな」
「そうでもないぞ」
「強盗が出たじゃねえか」
「今どき強盗など珍しくない世の中なのだよ」
「前のマンションなら、セキュリティは万全だったのによ」
「私なら大丈夫だ。レオリオが守ってくれたからな」
「フン、どうだかな」
さすがに叔父は姪の実力を承知しているだけに、レオリオが強盗を
撃退したという噂は信じていないようだった。
それでもレオリオはクラピカの言葉に機嫌を良くし、落ち着かずに
いた視線を上げた。
「自分(テメー)が怪我するようじゃ、まだまだだぜ」
「オレは素人なんで、師範代のようにはいきませんが、がんばって
ますよ」
言い返すだけの自信もついている。
レオリオと叔父は、しばしの間 火花を散らせてわざとらしく笑った。
「まあいいさ。これからは何かあってもオレがいるしな」
「は?」
「え?」
ふと、不吉な台詞が沈黙を破る。
叔父は敵意を秘めたタレ目で不適に笑い、先を続けた。
「オレも、この近くに引っ越す事にしたんだ」
「―――!?!?!?!?」
思わぬ言葉に、レオリオとクラピカは仰天する。
「でも叔父上、スナカ郊外にある釜は?こんな街なかで、どうやって
陶芸を?」
「あーあの釜な、老朽化がヒドイんで取り壊しが決まった。ついでに
他んとこの釜もメンテを頼んだし、陶芸はしばらく休業だ。ちょうど
近くの武芸道場から師範の引き合いも来た事だしよ」
「………………」
「………………」
「何だ。何か文句でもあるのか?」
「………………」
「……いえ、別に」
今回はクラピカも一言も返せない。
レオリオは困惑しながら、ガックリとうなだれる。
誰がどこに住もうが自由だし、誰にも口出しする権利は無い。
その信念で同棲を始めた二人だから、文句など言えるはずも無かった。
「そーゆー事だから、とりあえずよろしくな」
鼻先で笑いながら心にもない挨拶をする叔父の声は、レオリオを
地獄の入り口まで突き落としてゆく。
この世で一番恐ろしい隣人との近所つきあいが始まろうとしていた。
END
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