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ピンポーン
夕刻のコーポ・ゼビル403号室で一人、片付けに追われて
いたクラピカは、玄関チャイムの音を聞き、ドアへと向かった。
「――― はい?」
魚眼レンズの向こうには、丸顔でずんぐりとした体型の、四十歳
前後の男が立っている。
隣人ならば失礼が無いようにと、クラピカはドアチェーンの隙間
から顔を出す。
「近所の者だけど、新しく入居して来た人だね?挨拶を兼ねて、
引越し祝いを持って来たんだよ」
男は愛想よく笑いかけ、足元に置いてあった大きなダンボール箱を
持ち上げた。
「これ、田舎で取れた野菜がたくさん届いたんで、お裾分けにと
思ってね」
引越しの常として事前に冷蔵庫の中身を減らしている為、現在は
食材が乏しい。お裾分けは大助かりである。
クラピカはありがたく受け取る事にして、ドアチェーンを開けた。
「重いので女の子には持てないよ。玄関の上がり口に置くから」
クラピカの華奢な姿に配慮したのか、男はにこにこと申し出る。
確かに大きくて重そうだし、あまりキレイな箱でもなかったので、
クラピカは狭い玄関口で壁に身を寄せ、箱を抱えた男を玄関の
中へ導いた。
男はクラピカの横を通りすぎ、上がり口へ箱を降ろす。そして再び
クラピカの横を通りすぎてドア付近へと戻った。
ところが、クラピカがふと気付いた時―――
男の手には、巨大な出刃包丁が握られていた。
「クラピカーーーー!!!!!」
バイト先から文字通り飛ぶように帰宅したレオリオは、403号室の
玄関を見てギョッとした。
なんと、ドアが全開しているではないか。
クラピカは慎重な性格で、警戒心は人一倍。もちろん戸締りは
常に厳重なはず。
ついさっき聞いた話がレオリオの脳内でどんどん現実味を
増してゆき、不安と焦燥に心臓を鳴らしながら部屋へ近づく。
「・・・・・・!!!」
そっと室内を覗いたレオリオは、全身の血が凍りつく気がした。
玄関先の、まさしく上がり口に、見なれないダンボール箱が
置かれているのだ!
しかも、周辺にはいくつかの根菜類が散乱し、土足の靴跡まで
はっきりと見える。
もはやレオリオの心臓は嵐の中の蝋燭の火で、今にも止まり
そうだった。
(クラピカ……クラピカは!?)
恐る恐る、室内へと足を踏み込む。
玄関から続く短い廊下の奥にはダイニングキッチンがある。
そこでうずくまっている中年男の後ろ姿が、レオリオの視界に
飛び込んだ。
同時に、頭の中で何かがブチ切れる。
次の瞬間、レオリオは男に飛びかかっていた。
「この野郎ォっ!オレのクラピカに何しやがったーーー!?」
レオリオ渾身の一撃は、振り向いた顔面にクリーンヒットし、
勢いあまって男は窓際までふっ飛んでしまった。
「オレの!オレのクラピカを!クラピカをどこにやった!?答えろ――― っ!!」
「……ここだが」
激昂するレオリオの耳に、澄んだ声が届く。それは一瞬にして
彼を現実へと引き戻した。
締め上げるほど掴んでいた男の襟首を放り出し、レオリオは背後を
振り返る。
そこには、目を丸くしてクラピカが立っていた。
「クラピカ!!」
彼は今度はクラピカに飛びつく。
体当たりにも近い抱擁に、クラピカは戸惑いながら問い掛けた。
「どうしたのだ?レオリオ。今日は遅くなるのではなかったのか?」
「……ンな事より!お前、無事なのか!?どこも怪我は無ぇのか!?」
「ああ、大丈夫なのだよ」
「…んじゃ、アレは!?」
レオリオは後ろで気絶している男を振り向き指し示す。
「強盗未遂犯人だ」
いとも平然と、かつ端的に返答するクラピカに、レオリオは言葉を
失う。
よく見ると、犯人は荷物の梱包用に使っていたビニールロープを
全身に巻かれて捕縛されていた。
「凶器も取り上げたし、さっき警察にも連絡した。心配無いのだよ」
「取り上げた……って……」
クラピカの無事を喜ぶ反面、状況を把握できず、レオリオは唖然と
呆けてしまう。
その時、通報を受けた警察官が到着したので、クラピカは事情徴収と
並行してレオリオに説明することにした。
男は名をトンパと言い、前科16犯のコソドロだった。
最近噂の都市伝説をヒントに、強盗を思い立ったらしい。
近所の人間を装い、『お裾分け』を口実に、入居したての玄関先に
入りこみ、包丁を突きつけて「金を出せ」。
ここまでは予定通りだったが、相手が悪かった。
刃を向けられたクラピカは、さすがに驚きはしたものの、慌てず
騒がず冷静に応対したのである。
ヘタに刺激するのは危険だし、クラピカは素直に応じるそぶりで
「現金は無いけれど、通帳なら奥のタンスにあるはずだから」
と言って、リビングに向かうべくゆっくりと歩き始めた。
その背に包丁を突きつけるようにして、トンパも後について来る。
ダイニングキッチンは出入りの多い場所だからと優先して片付けた為、
少し広いスペースが空いていた。
そこへ一歩足を踏み入れた時、トンパの強盗は未遂に終わってしまう。
クラピカが瞬時に叩き込んだ回し蹴りをみぞおちにくらって――― 。
「…………回し蹴り………」
「…言ってなかったか?私は幼少の頃、祖父から武術の指導を
受けていたのだよ」
そういえば、叔父さんは師範代。
言われてみれば納得できる。武術の鍛錬による心身の強さが
彼女の性格を形成したのだろう。
「12歳からは叔父上が護身用にと稽古をつけてくれた。今でも時々
精神修養のつもりで型を練習しているのだよ」
それにしても、細身の少女であるクラピカが、小男とはいえ刃物を
持った成人男性を一撃で倒してしまうとは。
何があっても彼女とケンカはするまいと、改めて誓うレオリオで
あった。
現場検証が終わり、連行される犯人と共に警察も部屋を出てゆく。
「せっかくの新居にケチがついちまったなぁ」
嵐の去ったダイニングルームで一息つきながら、レオリオは呟く。
「私は気にしないのだよ。最初に悪いものを撃退したから、後は
順風満帆だと思わないか?」
そう言うと、クラピカは救急箱を持ってレオリオの隣に座った。
「手を出せ」
「手?」
「怪我をしているだろう」
言われてみると、レオリオの右手は第二間接の下部が赤く腫れ、
ところどころ血が滲んでいる。
「犯人を殴った時、奴の歯に当たったのだな」
「…気がつかなかった。ケンカで怪我をするたぁ不覚だぜ」
「手当てをする」
「たいしたことねーよ」
「手当てするのだよ!」
強引に押し切られ、レオリオはそのまま右手をあずけた。
と言っても、消毒をして湿布を貼る程度なのだが。
仕上げに包帯を巻きながら、クラピカはポソリと口を開いた。
「……ありがとう」
「――― え?」
唐突な上に、か細い声だったので、レオリオは思わず聞き返す。
クラピカは目線を上げてレオリオを見た。
「私を助けに帰って来てくれたのだろう?」
「…ああ、バイト放って来ちまったんだっけ。でもオレの出番なんか
全然無かったみてぇだよな」
「そんなことは無い。……嬉しかったのだよ」
少し頬を染め、クラピカは はにかむように微笑する。
突然、レオリオの胸に不穏な感情が込み上げた。
――― もしかしたら、この恋人を永遠に失うかも知れなかったのだ。
「!?」
不意に、レオリオはクラピカを抱きしめた。
「レ…レオリオ、まだ包帯が…」
「お前が無事で……本当に良かった……」
今更ながらの恐怖と、それを回避できた安堵を実感し、確かに息づく
愛しい存在を、胸の中に包み込む。
「レオリオ……」
クラピカもレオリオの肩に腕を回してすがりついた。
強盗が怖くなかったとは言わない。だけど、どちらかと言えばむしろ、
レオリオとの新居を 無関係の包丁男に土足で踏み込まれた怒りの
方が強かった。
そして何より、帰るはずのない時間に帰って来たレオリオ。
なぜ自分の危機を察したのかという疑問や驚きにもまして、帰って
来てくれたという事実が、純粋に嬉しかった。
「お前はオレのだから……オレが守るから」
「ああ、レオリオ…」
手を使えないレオリオの代わりに、今日はクラピカの方から口接けた。
続きは裏にて(^^;)
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