後日。
身につけたまま帰ってしまった衣装やアクセサリーを返還
する為、クラピカはレオリオと共にノストラードの事務所を
訪れた。
当事者の承諾も無く生きた蜘蛛を使おうとした以上、相手にも
非はあるのだと、理論武装の準備は完璧である。
しかし、意を決してドアを開けたら。
「あー!クラピカお姉さまぁーv」
能天気なネオンの歓声に、一瞬で気を抜かれてしまう。
「お……『お姉様』?お前、そんなシュミが…?」
「笑えない冗談を言うな!レオリオ」
思わぬ呼称に、レオリオは笑いを堪えている。
初対面の時から妙になついてしまったらしいネオンだが、
今日は特に、抱きつかんばかりの歓迎ぶりだ。
「ねえ見て見て、ちょうどお姉様の写真が焼き上がってきた
とこなのー。すっごいキレーねー!あたしも撮影、見学に
行けば良かったー」
「――― え!?」
ネオンの言葉にクラピカとレオリオは驚きの声を上げる。
あの日の撮影はメチャクチャで、台無しになったはずだが。
不思議に思い、二人はネオンの差し出した写真を覗き込む。
「・・・!!」
そして目を見張った。
映っているのは、二人の男女。
こちらに背を向けた男の腕に、ドレス姿の女が抱かれている。
男が着た黒いコートの裾が翻っている様は、静止画像にも
関わらず、動きを感じさせる。
彼の首に両手を回してしがみつく女は、肩越しにこちらを
見据えていた。
それこそ射抜くような鋭い視線で、レッドカラーのコンタクトと
緋色のアイメイクが、妖しい迫力を際立たせている。
「………これって……」
「…………、だな…」
女は言うまでもなくクラピカだが、男の方はレオリオである。
あの騒ぎの中、いつ撮られたのかわからないが、プロの
カメラは凄いと思わせる一枚だった。
「クラピカ君、来ていたのか」
事務所の奥からダルツォルネが現れる。
彼によると、撮影時のハプニングが一時は問題になりかけたが、
奇跡的に撮れた写真が、すべてをチャラにしたらしい。
「結果的には良い写真が撮れたので、社長もWS社も満足
しているよ。スタジオの関係者には我々が謝罪したし、もちろん
規定のギャラも支払おう。ただし、破損した小道具やセットの
賠償金は引かせてもらうがね」
「でも、あの……彼が一緒に映っているのに?」
「良い画だと思うが、何か問題でも?」
即答で返され、クラピカは言葉を失う。
「カッコイイわよねー、このタッパ!誰なんだろー?あーん、
お姉様がうらやましいー。顔が見えないのがすごーく残念ー」
ネオンが横から顔を出し、興奮気味にまくしたてる。
当のレオリオは、彼女の褒め言葉にすっかり気を良くしていた。
「ありがとう、お嬢さん。でももう彼女いるから、残念だけど」
「はァ?おじさん誰?お姉様、コレお姉様の付き人ぉ?」
気取って挨拶しようとしたレオリオは、ネオンの返答に撃沈する。
「………『おじさん』……って。オレ、まだ二十歳なんだけど……」
「調子に乗るからだ、バカ」
かくして、WS社の新作化粧品販売促進用グラビア広告は、
当初の企画意図とは多少路線変更したものの、大々的に公開
された。
写真には更にCGで修正や効果が加えられ、世にも美しい妖艶な
美女モデルと顔の見えない男性モデルは、経歴不明の謎の
カップルとして、しばし世間を騒がせるのである。
幸いな事に、クラピカが最も危惧していた相手が嗅ぎつけて
来る事は無かった。
大学の友人達でさえ、モデルの正体に気付かず
「クラピカにお姉さんがいたらこんな感じかもね」
と、冗談半分に言う程度である。
ところが、さすがと言うかやはりと言うか、たった一人だけ
見ぬいた人物がいた。
『お前ら、いつから芸能人になった』
不機嫌な口調で問うのは、クラピカの叔父。
未成年のクラピカにとって、法的な保護者は彼である。
離れて生活している事と、彼が姪の判断を信頼している為に、
保護者の同意を示す印鑑は常にクラピカが所有しており、
今度の件は、モデルクラブへの入会からして知らせていない。
「だからそれは、かくかくしかじかで、いろいろ事情があって、
やむなくなのだよ」
クラピカは電話口で必死に説明し、決して芸能界入りの意志
など無いと主張する。
叔父も彼女の性格や思考を承知しているので、一応は信用
してくれたらしい。
やがて、ひととおり話を終えると適当に挨拶をして電話を切った。
クラピカの背後で聞き耳を立てていたレオリオは、安堵の息をつく。
「叔父さん、納得してくれたかよ?」
「ああ。学業に支障が無いようにと釘を刺されたが、バイトを
するのはかまわないと」
実は公開後、写真を見た各方面からモデルクラブに問い合わせが
殺到していた。
企業からは広告への起用を望まれ、モデル業界からはステージや
ファッション誌への指名が相次ぎ、女優やタレントへのスカウトも
多い。
無論クラピカにその気は無く、最初の契約の時、ノストラードに
一度きりと念を押したし、本名や所在も一切秘密にする事が条件
だったので、実生活に問題は無い。
それでもノストラードからはしつこく再帰の勧誘が来ている。
クラピカ自身 まさかこんな大騒ぎになるとは予想もしておらず、
さすがに、この先も断固拒否の姿勢を通すのは困難と思われた。
「『緋色のまなざし』に魅入られた奴は、大勢いたみてーだしな」
「嬉しくないのだよ……」
苦笑しながら目元を覗き込むレオリオに、クラピカは溜息をつく。
――― たった一人を魅了できれば、それだけで充分だというのに。
麗しくも罪なまなざしは、今後の展開を憂い、ガックリと伏せられた。
END
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