「デンジャラス・ビューティー」
            〜後編〜



数時間後。
クラピカの要求通り、五つ星の最高級コースディナーを終え、
二人はレストランを出る。

「満足していただけましたか?お姫様」
「……それなりには、な」
そう言って、クラピカはレオリオが差し出した腕に手をかけた。
どうやら機嫌が直ったようで、レオリオは安堵の微笑を浮かべる。
「オレさ、ホントはスッゲ嬉しいんだぜ。あん時、お前は絶対怒ると
思ってたから」
安心感からか、レオリオは食事中には避けていた話題を戻した。
「でもお前はオレの事、信じてくれてたんだよな。そう思うとマジで
涙出るほど嬉しかった」
私が来るとわかっているのに、部屋へ女性を引っ張り込むほど
お前が愚かだとは思っていないのだよ

クラピカの言い様に、レオリオは苦笑する。
「それって褒め言葉かよ?」
「勿論だ。それに…」
レオリオの腕を抱きしめるようにして、クラピカは続けた。
先刻飲んだワインの影響なのか、少し口が軽くなっているらしい。
「……お前が、知り合いだと認める相手だったからな」
「?」
意味が掴めず、レオリオは不思議そうに見つめる。
「でも……もし、お前も知らない女だったら……」
クラピカの口調が暗く沈み込んだ。
「もしも……蜘蛛どもが差し向けた刺客だったら……」
「…!」

クラピカが何より恐れているのは、レオリオの浮気などでは無い。
――― 実際に浮気をされたら、それはそれで腹立たしいだろうけど、
もっとずっと怖いのは、幻影旅団の反撃が、レオリオにまで及ぶ事。

「クラピカ…」
レオリオはクラピカの肩を抱き寄せる。
「オレだって一応ハンターなんだぜ。『念』も訓練してるし、簡単に
やられやしねえよ」
「…そう願いたいな」
クラピカは更に身を寄せ、正面からレオリオに向き合うように立った。
人通りの少ない夜間と言えど、彼女の方から積極的に寄って来る
のは珍しい。
ごく自然に、レオリオはクラピカに顔を近づける。
「愛してるぜ」
「……だったら、もっと警戒しろ」
しかし甘い囁きの返答は、色気の無い低い声。同時に彼女の全身が
臨戦のオーラに包まれた。
さすがにレオリオもハッとする。
――― 殺気だ。
二人を挟んだ前後の道に、車が停車している。殺気は、その中から
感じられた。
ほぼ同時に、銃声が響く。


「!」
一瞬、聞こえたのは金属の弾くような音。
襲撃者は我が目を疑う。確実に射殺したはずなのに、ターゲットは
倒れていない。
「…何者だ?」
クラピカは鎖を構え、刃のような気配をまとって誰何した。
狙撃の銃が続けざまに火を吹くが、目にもとまらぬ早さで鎖が動き、
すべての弾丸を絡め取る。
「誰に頼まれた」
殺気も銃口も、クラピカではなくレオリオに向けられていた。
彼を狙われるという危惧が現実になり、クラピカの神経がビリビリと
張り詰めている。
「クラピカ、こいつら蜘蛛じゃねえよ。地元のチンピラだ」
人種や顔立ち、服装、装備などから、レオリオはそう見ぬいた。
元より治安が良いとは言い難い国だが、それでも殺意を伴って
銃口を向けられたのは初めてである。
少なくとも蜘蛛の差し金ではなかった事に、クラピカは息をついた。
そしてダウジングチェーンを使い、襲撃者たちを捕獲する。
殺人未遂で警察に突き出すつもりだったが、思いがけず反撃を
受けた襲撃者たちは、命乞いしながら白状した。
彼等は金で雇われ、レオリオを殺害し、クラピカを弄んで売り飛ばす
よう頼まれたのである。
依頼したのは、薄々予想していたものの、やはり例のベラドンナ。


「…あの女!何が気に入らなくて、こんな真似までしやがるんだ!?」
いかにレオリオでも、今度こそは頭に来た。
怒りのまま石畳を殴りつける。その衝撃で、巨大なクレーターが
出来た。
戦闘から離れた日を送っていようと、『試しの門』で鍛えた腕力は
鈍っていない。
素手で石畳に大穴を空けたレオリオを見て、襲撃者たちは仰天し、
青くなって震え出す。
銃が通用しなかった事といい、この二人が只者で無い事は、イヤと
言うほど理解できよう。
「二度とオレたちに構うな!今度何かしようとしたら、ブッ殺す!!」
殺気をみなぎらせて睨みつけるレオリオに、襲撃者たちは失禁せん
ばかりの怯えようで逃げて行く。
彼等を見逃したのは、同級生を殺人教唆の罪に問わせまいという
最後の情けである。
元を正せば、レオリオが彼女に好意を持たれた事が原因なのだから。


静寂が戻っても、レオリオの怒りは収まらない。
レオリオは襲撃者たちが乗り捨てて行った車に乗り込んだ。
「どこへ行くのだ」
「あの女に、ビシッと言ってやる」




まもなく、二人が乗った車は高級マンションが並ぶ通りに到着する。
しかしクラピカは、降りようとしたレオリオを制止し、自分が行くと
言い出した。
「女は女同士、二人だけで話した方が丸く収まるのだよ」
それは昼間の言とは矛盾している。
クラピカの妙な自信と冷静さを訝しみはしたものの、レオリオは
彼女の言葉に従い、車の中で待つ事にした。



―――
果たして、単身マンションに入ったクラピカの行動は凄まじい
ものであった。
まずは施錠された鉄の門を、一捻りで破壊する。
続いて、阻止しようとする警備員にハンター証を叩きつけて黙らせた。
そしてまっすぐ彼女の部屋に向かい、頑丈な鍵の付いた金属製の
ドアを蹴り破る。
就寝準備をしていたベラドンナは、突如乱入して来たクラピカに
驚いたが、これ幸いと正当防衛を唱え、護身用の拳銃を発砲した。
しかし『凝』に覆われたクラピカの体には、弾丸など届かない。
『念』を知らない女にオーラが見えるはずも無く、生身で銃弾を
跳ね返し、ずかずかと歩み寄る相手に、人ならぬ恐怖心を覚えても
当然であろう。
悲鳴を上げて逃げ惑う女は、哀れにも鎖でグルグル巻きにされた。
「横恋慕ぐらいなら許容範囲だったのだよ。しかしレオリオの命を
狙うとは、許しがたい」
蜘蛛であろうとなかろうと、彼女がレオリオを殺そうとしたのは
事実である。
昼間の一件だけでも良い印象は無かったが、今やクラピカにとって
彼女は充分、怒りと憎悪の対象になっていた。
冷徹な表情で仁王立ち、地を這うような声で言い放つ。
「レオリオは私の男だ。二度と近付くな。もしも再び危害を加えよう
ものなら
――― ……」
燃えるような緋色の瞳に閃く殺意は、素人の女にも察知できた。
「………この世の地獄を見せてやる」
あえて『殺す』とは言わなかったが、よほど強烈な脅し文句である。
クラピカはとどめとぱかりにハンター証を見せ、自らがブラックリスト
ハンターである事を告げた。
人を殺す事など何とも思わない
――― とでも言うように。
既にすっかり地獄を見てしまった女は、泣いて震えて許しを乞う。
その姿に溜飲を下げ、クラピカは部屋を後にした。



「終わったぞ、レオリオ」
「早かったな」
明るい表情で車に戻って来たクラピカに、レオリオは怪訝な瞳を
向ける。
無論、マンションの中で何が起きていたかなど、知るよしもない。
「あいつ、納得したのか?」
「ああ。思ったより素直な女性だったのだよ」
クラピカはそう言うが、上層階は何やら騒がしく、穏便に済んだ
ようには思えなかった。
しかしレオリオはそれ以上追求しない。クラピカの気が済んだの
なら、それで良いし、自分ももう、あの女に関わりたくはなかった。
何より、夜は短いのだ。
早くアパートに戻って、久しぶりの二人の夜を過ごしたいから。



その夜の内に、件のベラドンナは逃げるように街を出て行った。
朝いちの飛行機で国を離れながら、二度と戻って来るまいと誓う。
あんな化物じみた女を恋人にしている男に関わった自分がバカ
だったと、心の底から後悔しながら。



その頃レオリオは、恐ろしくも危険な最愛の恋人と共に、幸せな
惰眠をむさぼっていたのである。

―――
知らぬが仏。



               END