「デンジャラス・ビューティー」
            〜前編〜

        
※ベラドンナ=イタリア語で「美女」の意味。



「あなたステキね。私と付き合わない?」
「ごめん、オレもう恋人いるから」

街一番のベラドンナが、一介の貧乏学生にふられた。
しかも、あっさりと一言で。
その噂は、またたく内に街中に広まった。


金持ちで美人の同級生を袖にしたレオリオは、一躍有名人となり、
女からは賞賛され、男からは嫉妬と羨望の視線を浴びる羽目に
なっている。
そんな事態を当のベラドンナが面白く思うはずもなく、恥をかかせて
くれた男に、どんな礼をしようかと企んでいた。
余談だが、レオリオは余計な面倒を避ける為、自身がハンターで
ある事を秘密にしている。
無論、その女も知りはしない。知っていたら仕返しなど、考えも
しなかっただろう。

勉学のかたわら、レオリオは日々バイトに勤しんでいる。
女はいろいろ計画を模索したが、彼の人徳は周囲に知れ渡っており、
小細工は通用しそうにない。
そんなある日、レオリオは珍しくバイトに行かず、まっすぐ帰宅した。
友人づてに探ってみれば、遠距離恋愛中の恋人が突然訪ねて来る
事になったので、急いで部屋の掃除をしなくてはならないと言う。
何でも、汚い部屋では泊まってくれないからだとか。
その情報に、女はニヤリと笑った。



レオリオのアパートは、表通りより一本奥まった閑静な場所に在る。
女は非常階段に身をひそめ、彼の恋人が来るのを待ち構えていた。
ところが、それとおぼしき人物が現れた瞬間、憤慨する。
自分になびかなかった男が御執心の相手なら、どれほどの美女かと
敵愾心を燃やしていたのに、見れば、色気のカケラも無い小娘では
ないか。
確かに、光のような金髪や色素の薄い白い肌は、この国では珍しく、
道ゆく男の目を引くが、あんな子供に劣るとあっては、ベラドンナと
呼ばれたプライドが許さない。
女は携帯電話で合図を送った。

「あっ」
突然、クラピカの前に一人の少年が飛び出した。
ぶつかったはずみで、手にしていた紙袋から、無数のオレンジが
ゴロゴロと転がり落ちる。
「あー、ママに頼まれたオレンジが…」
「あ…すまない」
泣きそうな顔の少年にクラピカは謝罪し、頼まれるまま 拾うのを
手伝った。


その隙に、女はレオリオの部屋へと向かう。
玄関チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
「クラピ…………え?」
そこに立っていたのは彼の待ち人ではなく、黒髪の美女。
先日からの経緯もあり、レオリオは、彼女がなぜここに居るのか
不思議に思う。
「入っていい?」
返答を待たず、女は室内へと入る。
レオリオはさすがに困惑した。
「悪ぃけど、これから大事な客が来るんだ。何の用だか知らねえが、
今度にしてくれ」
しかし女は聞く耳を持たず、スタスタと部屋の奥へ向かう。
「待てよ、なに勝手に……」
次の瞬間、更なる驚きでレオリオの言葉が止まった。
女は、いきなり服を脱ぎ出したのである。
「ちょ、お、おいっ。何やってんだよ!?」
止める間もなく、女はあっという間に下着姿になってしまった。
レオリオは目のやり場に困ったが、そんな格好の女を強引に
追い出す事も出来ず、オロオロと立ち尽くす。
その時、再び玄関チャイムが鳴った。
レオリオの心臓が飛び上がる。
こんな場面をクラピカが見たら、何と思われるか。
彼がひるむや、女は突然レオリオに抱きついた。
「わぁっ」
動揺の叫びが口をつく。
それを聞きとめ、クラピカは合鍵でドアを開けた。
「レオリオ?どうし
――― …………」

 空気が凍る。

たとえるなら、そんな表現が相応しい。
「く、クククラピカ!誤解するなっ、これは、あの、そのっ」
蒼くなって弁明しようとするレオリオ。
彼にしがみつき、勝利を確信してほくそ笑む下着姿の美女。
固まったままのクラピカ。
三者三様の修羅場の中、まん丸だったクラピカの目が、すっと
細められる。
――― レオリオ」
「はっ、はいっ」
はりつく女を必死で剥がそうとしていたレオリオは、死刑宣告を
受ける気分だった。
「その女性は知り合いか?」
「え?あ、ああ。同じ大学の……その、ただの知り合いで」
「私は席をはずすから、ちゃんと話をつけておけ」
――― え?」
意外な反応に、レオリオと同様、女も予測をはずされる。
普通こんなシチュエーションに出会ったら、怒り狂うか、泣いて
走り去ると思ったのに。
「お前は女性に甘いからな。受け取れぬ好意なら尾を引かぬよう、
毅然と断るのだよ」
クラピカは、すべてを承知しているかの如き微笑を浮かべた。
幼さを残した容姿とは裏腹に、大人顔負けの余裕である。
「では、表のカフェで待っている」
そう言って部屋を出て行き、後に残るは、命拾いしたレオリオと、
毒気を抜かれた女のみ。
「……おい。いい加減、離れてくんねえかな」
レオリオも冷静さを取り戻し、落ち着いた態度で女に告げる。
「何考えてこんな真似したのか知らねーけど、オレ達をケンカ別れ
させようとか思ったんなら、生憎だな。見ての通り、あいつはオレを
信頼してんだよ。オレ達は、生きるか死ぬかの試練を乗り越えて
惚れ合った仲だからな。あんたのくだらねー計略ごときで、ヒビが
入るような関係じゃねえんだよ」





女が逃げ去ると、レオリオもクラピカを追って部屋を出た。
言葉通り、クラピカはアパートの向かいのオープンカフェで、
名物の泡コーヒーを飲んでいる。
偉そうな事を言ったものの、実は帰ってしまったのではと危惧
していたレオリオは、その姿を見て安堵した。
「クラピカ……」
「早かったのだな」
安心のあまり、彼はテーブルどころか足元の石畳に手をつき、
大きく息を吐く。
そして、改めて弁明するべく顔を上げた。
「あのな、さっきの」
「美しい女性だったな」
レオリオの言葉を遮るクラピカは、満面の笑顔を浮かべている。
それが却って恐ろしい。
あんな状況を目にしては良い気がしないのは当然だが、触れなば
斬らんといった雰囲気がヒシヒシと伝わり、周辺のナンパ男どもが
熱きまなざしを送りつつも、彼女に声をかけられずにいた理由が、
なんとなくわかった。
「あんな美人に言い寄られるとは、男冥利に尽きただろう」
「……断ったんだぜ。申し込まれた時、すぐに」
レオリオは思わず正座してしまう。先刻、女に啖呵をきった時とは
別人のような低姿勢だった。
「何と言って断ったのだ?」
「オレにはもう……最愛の可愛い大切なクラピカって恋人がいる
から、って」
クラピカは微笑しているが、目だけは笑っていない。
せめて緋色に変わっていなくて良かった。
「神に誓って、何もしてません。オレはクラピカ一筋です」
無神論者である事はさておき、レオリオは敬語で断言する。
クラピカもダテに明晰な頭脳ではなく、だいたいの事情は見当が
ついていた。
今にして思えば、オレンジの少年も彼女に頼まれた時間稼ぎ
だったのかも知れない。
だがもう、そんな事はどうでも良かった。

「夕食時だな、食事に連れて行ってくれ」
そう言ってクラピカは立ち上がる。
座り込んでいるレオリオの前に手を差し延べて。
「五つ星のフルコースが食べたいのだよ」
笑顔に変わりかけたレオリオは一瞬ひきつったが、すぐに承諾し、
クラピカの手を取った。
事情がどうあれ、愛する彼女に不快な思いをさせたのは真実。
最高級のディナーで機嫌を直してくれるなら、安いものだ。
せっかく久しぶりに会えた休暇は、楽しく過ごしたいから。