「Happy-Birthday,KURAPIKA」 | |
春、四月。桜も咲き、人々は冬のコートを脱いで、心浮き立つ明るい 季節。 なのに、そんな中でクラピカは一人 悩んでいた。 その理由は、真面目に考えたらバカバカしいような、そしていかにも 少女らしいものだ。 ─── 最近、レオリオがデートに誘って来ない。 態度が冷たくなったとか、避けられているとかいう事ではない。彼は 相変わらず優しいし、大学内では以前と同様 一緒に過ごしている。 しかしウィークデーは元より週末も『バイトがあるから』と、せわしなく 帰宅してしまい、映画も食事も散歩すら、ここしばらくはしていないのだ。 レオリオは親を早くに亡くして施設で育ち、奨学金を得て進学している。 日々の生活費を稼がなくてはならないのは充分わかっているが、 どうにも腑に落ちない。 かといって『バイトだ』と理由を述べている以上、疑うわけにもゆかな かった。 自宅マンションの部屋の中、ポツネンと座ったクラピカは溜息をつく。 時刻はもう夜だが、眠れそうにない気がする。 その時、ふいに携帯電話が鳴った。 「─── もしもし!?」 よもやレオリオかと思い、クラピカは急いで受信する。 ところが。 『クラピカか?オレだ』 流れ出たのはレオリオとは違う、だけど聞き覚えのある声だった。 翌日。 レオリオは満足そうに快晴の空を見上げる。 今日は四月四日、クラピカの誕生日。彼女がこの世に生を受けた 記念すべき日だ。 この日の為に色々と計画を進めていたレオリオは、可愛い恋人の姿を 探して、足取りも軽く構内を歩く。 しかし、なぜか今日に限り発見できない。構内で最年少の、加えて 学生の中で一番の美人(←レオリオ主観)で目立つはずのクラピカが 見当たらないのは不思議だった。 時間割はだいたい把握しているし、休講になったとしても、そういう時に 彼女が学校外へ出た前例は無い。 (図書館にでもいるのかな……?) そう思い始めた時、カフェテリアの一角にクラピカの友人が集まって いるのが見えた。 ヴェーゼ、ポンズ、センリツの3人。彼女たちはレオリオとも顔なじみだ。 「あら、レオリオ」 レオリオが声をかける前に、センリツが気づいて呼びかけた。 「よう。ちょうど良かった。なぁ、クラピカ知らないか?」 「クラピカなら今日は来てないわよ」 「え?」 思わぬ返答にレオリオは目を見開く。クラピカは入学以来 無遅刻 無欠席の今どき珍しい皆勤賞学生だ。見た目よりは丈夫で滅多に 風邪も引かないし、欠席とは初めての事だった。 「あいつ、どうかしたのか?」 「さあ、聞いてないけど」 「レオリオが知らないなら、私たちだって知らないわよ」 からかい混じりにヴェーゼは笑うが、レオリオにとっては笑い事では無い。 昨日会ったクラピカは全然元気だったから病気の可能性は低いが、 他に心当たりも無いし、まさか事故にでも遭遇したのではあるまいか。 悪い想像ばかりしてしまい、不安が募る。レオリオはセンリツ達に適当に 挨拶すると早々に大学を飛び出した。 携帯電話は圏外なのか、電源が切られているのか、つながらない。 レオリオは一路、クラピカのマンションを目指した。 クラピカが住んでいるのは、一人暮しの女性専用のレディースマンション。 レオリオのアパートとは家賃が違うだけに、建物の外観・部屋数・内装・ 何もかも比較にならない。セキュリティも万全で、玄関ロビーに入るには 暗証番号が必要だが、それは以前クラピカに教えてもらっている。 エレベーターに乗ったレオリオは、ほどなくクラピカの部屋の前に到着 した。 この部屋には先日ようやく入れてもらえたが、合鍵は持っていない。 それでも室内にいる事を信じて、レオリオはインターフォンを押した。 「おう、帰ったかー」 瞬間、レオリオはギョッとする。それは凛として澄んだクラピカの声では なく、低くて太い男の声だったから。 硬直しているレオリオの前で、玄関ドアが無造作に開く。 「遅かったなークラピカ。もう風呂出ちまったぞ。シェーバーあったか?」 レオリオは我が目を疑った。現れたのはトランクス一枚だけを身につけた 姿の、無精ヒゲを生やした男だったのだ。 「……なんだぁ?テメェは」 目が合った途端、男は不審そうにレオリオを睨みつけて誰何する。その 威圧的な態度は、まるで自分がこの部屋の主だと言わぬばかりだ。 「て……てめーこそ何だよ!?クラピカの部屋で何してやがる!」 ─── しかも裸で。パンツ一枚で。風呂上がり姿で。 揃った符号があまりにも不吉で、レオリオの思考回路はショートする。 「空巣か!?それともストーカーかっ!女の部屋に勝手に上がりこみや がって!! 警察呼ぶぞ、とっとと出てけ!!」 「何だと?そっちこそ、うちのクラピカに何の用だ!!」 「『うちの』だぁ!?クラピカはオレんだぞっ!!」 「なぁにぃ〜!?」 正に一触即発。二人の男の間で激しい火花がスパークする。 ─── その時。 「─── レオリオ?」 背後から聞きなれた声が響いた。振り返ると、コンビニ袋を下げた クラピカが立っている。 「クラピカ……!無事だったのか!?」 「クラピカ、妙な奴が来てんだ。離れてろ!」 「─── は?」 帰宅したばかりのクラピカには彼らの言葉を理解できない。しかし 玄関の男を一目見るや、咎めるように言い放った。 「叔父上っ!そんな姿で玄関先に出るな、みっともない!」 瞬間、レオリオ鳩の顔面に豆鉄砲が命中する。 「叔父上ェ……!?」 クラピカの両親は5年ほど前に亡くなり、現在の後見人は父の弟で ある叔父だと、レオリオは以前クラピカから聞いている。 しかし、こんな若い男だとは思わなかった。おそらく年齢も、10歳くらい しか違わないだろう。 クラピカの部屋に通されたレオリオは、改めて叔父という男を見る。 作務衣を着込み、どこか迫力を背負って胡座をかいた姿は妙に場慣れ しており、どうも気に食わない。 ─── まるでクラピカの亭主のようだ。 自分の思考にムカついてしまい、レオリオは視線を逸らす。薄氷を 張ったような不穏な空気がピリピリと室内を漂う。 そこへ、クラピカが3人分のお茶を運んで来た。 「改めて紹介しよう。レオリオ、私の叔父だ。陶芸家をしているのだが、 個展の打ち合わせで近くに来たので立ち寄ったのだよ。……叔父上、 彼はレオリオ。同じ大学の友人だ」 腕組みしたままムスッと目を閉じていた叔父は、初めてレオリオに視線を 向けた。 それは髪から服から値踏みするように遠慮の無い、文字通り『品定め』 といった目つきで、レオリオは理不尽な苛立ちを必死で堪えた。 「─── クラピカの叔父だ。姪の友人とは知らずに失礼したな」 無意味に強調された単語が更にレオリオを不愉快にする。被害妄想 かも知れないと思いはしても、第一印象が最悪だった事もあり、つい 対抗してしまう。 「気にしてませんよ。初めまして。クラピカとお付き合いしてる レオリオです」 凍りついた空気に亀裂が入る(ような気がした)。 叔父はジロリと一瞥するとレオリオに問い掛ける。 「……ハンター大学生ってことは、オレの後輩でもあるわけだな。専攻は 何だ?」 「医学部です」 「医者志望か。じゃあ親は開業医か何かか?」 「いや、両親とも早くに死んだので……オレは天涯孤独だし」 「一人か?どうやって生活してんだ?」 「バイトと奨学金で」 「……貧乏学生か」 真実だけに反論できないが、さすがにレオリオのプライドはカチンときた。 両の拳が無意識にフルフルと震えるのを抑えられない。 「叔父上、失礼だぞ」 痛いほどの沈黙の中、クラピカが口を挟む。 「レオリオ、何か用事があって来たのではないか?」 「あ…ああ、お前が大学来てないって聞いたから……心配になってな」 「すまなかった。叔父は今朝到着したのだが、準備が追いつかなかった ので…」 「悪かったな、突然来ちまって」 二人の会話を叔父が遮る。深い意図は無かったのだろうが、レオリオは ムッとした。 「偶然クラピカの誕生日とも重なったし、祝ってやるつもりもあったんだよ」 「……!」 彼の言葉にレオリオの敵愾心が煽られる。クラピカの誕生日を祝うのは 『恋人』である自分の役目だと思っていたから。 レオリオの心情が伝わったのか、叔父は挑戦的な目を向ける。二人の 視線が空中で激しくぶつかった。 やがて叔父は大きく溜息をつき、いかにも不愉快そうに口を開く。 「……ったく、ちょっと目を離すとコレだ。娘っ子に一人暮しなんかさせる もんじゃねぇな、いつのまにか妙な虫くっつけちまいやがって。ろくでもねぇ 馬の骨野郎には気をつけろって、あれほど言ったのによ」 瞬間、レオリオの頭の中で何かがブチッと切れる音がした。 「─── 誰がろくでもねぇ馬の骨だと!?」 「レオリオっ!」 激昂して立ち上がるレオリオをクラピカが制する。しかし叔父は更に 追い討ちをかけた。 「誰もテメェがそうとは言ってねェよ。しかし怒るって事ぁ、自覚があるん だろうぜ」 「この野郎、言わせておけば………」 「レオリオ、よせ!」 クラピカは叔父に掴み掛からんばかりのレオリオを抑える。 「下がってろクラピカ!そんな男に触るんじゃねぇ!!」 叔父は一喝すると、レオリオからクラピカをひっぱがした。 「この程度でキレる奴なんざ、たかが知れてる!今すぐ別れちまえ!!」 対して、レオリオも負けてはいない。 「こっち来いクラピカ!こんなオヤジの言うことなんか聞くな!!」 当のクラピカを無視して、男二人の怒鳴り合いは更にエスカレートしてゆく。 「ヘタレの若造が、うちのクラピカに馴れ馴れしくすんじゃねえ!!まずは 大学卒業して、いっぱしの医者になってから出直して来やがれ!」 「医者は良くて医学生はダメだってか!?ざけんなよ、何様のつもりで 言ってんだ!!」 「うるせぇ!どうせクラピカの財産が目当てなんだろ!オレの目の黒い内は 絶対に許さんぞ!!」 「テメーがどう思おうが関係ねぇよ!オレとクラピカは惚れ合ってんだ、 誰にも邪魔されてたまるか!!」 「黙れ!クラピカのおしめを取り替えた事もあるオレが認めんと言ったら 認めん!!」 「ケッ!そんなもんオレだって見たことあるぜ!!」 「ばっ、バカ、レオリオっ!!(///)」 怒りで我を忘れていたレオリオは口をすべらせてしまった。クラピカの 制止も意味を為さない。それどころか、彼の言葉を肯定したとも言えよう。 一瞬、それまでの修羅場が嘘のような静寂が走る。叔父はレオリオの 発言で、彼と姪が既に他人の関係ではないと看破してしまった。 「……てンめぇえ〜〜!!!オレの姪になにしやがったの かぁ〜〜〜ッ!!!!!」 叔父の顔色は、みるみる内に怒りの赤に変貌してゆく。レオリオも失言に 気づいたが後の祭りで、『しまった』と思っていると、いきなり胸倉を 掴まれた。 「出て行けーーーっ!!!!」 怒号と共にレオリオの体はフワリと浮き上がり、空中を飛ぶ。そして玄関の ドアに叩きつけられ、そのまま外へと蹴り出されてしまった。 「叔─── …レオリオっ!!」 駆け寄ろうとしたクラピカを制止し、叔父は仁王立ちで更に怒鳴る。 「二度とクラピカに近づくな!!今度そのツラ見せたら、首へし折るぞっ!!」 間髪入れず、豪快な音を立ててドアが閉められた。 (……そういえば、本職は陶芸家だけど武道の師範でもあるって言って たっけ…) 受け身を取る余裕も無く投げ飛ばされ、あちこち痛む体を起こしながら レオリオは思い当たる。かといって、このまま引き下がる気はまったく無い。 ドアの向こうではまだ叔父の怒鳴り声が聞こえる。クラピカ一人が一方的に 叱責されているのかと思うと許せなかった。 しかし、ふと周辺を見ると、騒ぎを聞きつけた近隣住民が不審そうに顔を 出している。これ以上の騒乱は事態の悪化を招くだけと判断し、やむなく マンションを出る事にした。 携帯に電話しても、あの叔父の剣幕では横から切られかねないだろう。 しかし、今日という大切な日を諦める気は無かった。 そこで、レオリオはクラピカの携帯にメールを送る。 『デイロード公園で待ってる。今日中に来てほしい』─── と。 一方、クラピカは叔父から頭ごなしの説教を受けていた。 「一体何を考えてんだ、クラピカ!お前を大学にやったのも、一人暮しを 許したのも、野郎の毒牙にかけさせる為じゃねぇぞ!? 16やそこらで疵物に なっちまって、天国の兄貴たちになんて言うつもりだ!!」 怒鳴りはしても手を上げることのできない叔父は、憤懣やる方なしといった 様子でテーブルに八つ当たる。亡き兄の知性と義姉の美貌を受け継いだ たった一人の忘れ形見は、彼にとっても娘同然だったのだ。 独身貴族の気楽さを捨てて、四年間育てた掌中の玉。そのクラピカが 既に男の手つきだと思うと、腹立ちを通り越して嘆かわしい。 「……済んじまった事は仕方ねぇから、野良犬に噛まれたと思って忘れろ。 クラピカ、お前にはオレが、金持ちで男前で将来性もある、ふさわしい イイ男を見つけてやる」 「…………」 「聞いてんのかクラピカ?何とか言ってみろ」 「叔父上」 それまで黙っていたクラピカは、ようやく口を開く。 「叔父上の言い分はそれで全部ですか」 「─── 何?」 クラピカは悪びれる事も無く、毅然とした瞳を向けている。それを見て 叔父はイヤな予感がした。 子供の頃から知能の高い姪は口も達者で、自分が正しいと思うと梃子でも 意見を曲げない頑固者である。その事は経験的に、よ─── く知っていた。 「では今度は私の番だ。誤解があるようなので真実を語らせてもらう。─── 最初に言っておくが、私が選んだ男を侮辱するのは二度と許さない。いくら 叔父上でも、そんな権利は無いのだからな」 夜。 レオリオはデイロード公園でクラピカを待っていた。 この公園はクラピカのマンションから徒歩で5分とかからないし、住宅地の 真ん中なので、夜間に女が一人で来ても危険は少ない。問題は、あの 叔父の目を盗んで出て来られるかどうかだ。 クラピカの性格から考えても、後見人に交際を反対されたからといって、 ハイそうですかとおとなしく従うとは思わないが、彼女は叔父に恩がある のだ。 両親が事故で亡くなった後、一人娘のクラピカが相続した莫大な遺産を 狙って今まで会った事も名前を聞いた事もない『自称・親戚』が群がり、 自分こそが引き取ろうと醜い争いを展開したという。 当時わずか12歳のクラピカには為すすべも無く、困惑していた所に現れ たのが、早くに実家を出て独立独歩を進んでいた、陶芸家にして武道家の 叔父。 一番の近親者である彼は誰にも文句を言わせず後見人となり、幼い クラピカと兄夫婦の遺産を守った。 厳格に育ったクラピカは天衣無縫な叔父とは意見の相違も多かったが、 感謝している事に変わりは無い。レオリオとて、最初からあんなふうに 諍うつもりは無かったのだ。 結果的にクラピカが困るだけとわかっていたのに。 「─── レオリオ」 溜息をついた瞬間、背後から声をかけられた。即座にレオリオは振り返る。 「クラピカ……!」 姿を認めた瞬間、レオリオはクラピカを抱きしめた。 もう何日も会っていなかったような気がする。自分の意思以外で会えないと いう事が、こんなに辛いなんて知らなかった。 「……よく…来てくれたな……」 クラピカを離さぬまま、レオリオは嬉しそうに呟く。その腕の中でクラピカは、 当然だと言わぬばかりの微笑を浮かべた。 「…叔父上の非礼を詫びねばならないからな」 その名に反応してレオリオの表情が硬くなる。よもや一緒に来たのでは ないかと、思わず周囲に視線を配った。 「心配せずとも叔父上は先刻、外へ飲みに行った。ここにはいない」 宥めるような口調でクラピカは言う。そしてレオリオを促し、ベンチに腰を 下ろした。 「─── 叔父は、唯一の肉親であり兄夫婦の忘れ形見である私を案じて いるだけなのだ。あれでも悪意は無いのだよ。無礼な言動をしたが、許して やってくれ」 「…いや、それは…その、……オレも、お互いさまだったしな…」 16歳の姪に手を出した男に愛想良く振る舞える叔父などいないだろう。 その意味ではレオリオの方に罪悪感がある。 「でも、もう大丈夫だ。レオリオの名誉は守ったからな」 「─── え?」 「お前は確かに態度は軽薄で頭も悪いが、決して底の浅い人間では ない事を、私はちゃんと知っている。叔父上にもそう説明して、わかって もらった」 「…………」 「もう誰にもレオリオを悪し様には言わせない」 「クラピカ……」 およそ誉められているとは思えない言い草だったが、それでもクラピカが 自分を選んでくれた事は確かだ。レオリオは嬉しさのままにクラピカの肩を 抱き寄せる。 「……とんだ誕生日になっちまったな」 言われてクラピカは思い出す。そう言えばそうだった。昼間の騒動で、 すっかり忘れていたが。 「クラピカ」 呼びかけられて顔を上げると、正面に小さな箱が差し出された。 それは赤いリボンのかかったプレゼント包装。 「バースデープレゼントだよ。…本当はもっとムーディーな演出で渡した かったんだけどな」 「レオリオ……」 クラピカの顔に薄紅の華が咲いたような笑みが広がる。礼を言い、その 場でリボンを解いた。 「……!」 箱の大きさや形状から察してはいたが、中から現れたのは、ケースに 入った指輪だった。 金色の輪の中央には、ごく小さな、しかし繊細なブリリアント・カットの 透明な輝きを放つ宝石が埋め込まれている。 「……レオリオ、これは…」 「安物だけど、モノホンのダイヤだよ。お前の誕生石だろ?」 「こんな高価な物を……!」 「気にすんなって。この為にバイト増やしたし、生活費は削ってねぇからさ」 クラピカは言葉を失う。宝飾品は嫌いではないが、必然性を考えて普段は あまり身につけない。もちろんレオリオにねだった事も無いのに、指輪を 贈られるとは思わなかった。しかも、その為にバイトを増やしたという。 ……だからデートにも誘えないほど忙しく働いていたのか。 そう思うと単純には喜べず、無理をさせてしまった自責のあまり、クラピカは ただ指輪を見つめる。 「手、かせよ」 いつまでも見ているだけのクラピカの手を取り、レオリオは自ら指輪を 嵌めてやった。 ─── 左手の、薬指に。 「レ、レオリオ?」 「よく似合うぜ。やっぱりダイヤでなきゃダメだよな。……その、エンゲージは」 思いがけない単語の登場に、クラピカの目が見開かれる。 「貧相だけど、一応……そのつもりだ。……まぁ、まだ早いし、とりあえず… 約束の予約ってコトで……さ…(///)」 照れて頭をかきながら、少し赤い顔でレオリオが言うのを、クラピカは呆然と 見つめていた。 薬指を飾る石の58の面が街灯の光を反射して煌いている。内心のときめきと 呼応するかのように。 「いつか、もっと上等なの買ってやるから、今はそれで我慢してくれよな」 「……いい」 クラピカはようやく言葉を発した。 「これで……いい。……私は…、これだけで…充分……」 恥ずかしさ、驚き、戸惑い、そして何よりも嬉しさで、クラピカの目頭が熱くなる。 どんな謝辞も今の心境を表せない気がして、ただレオリオの胸に頭を寄せた。 冷たい金属のはずの指輪がとても暖かい。レオリオの愛情が一杯に込められて、 熱いくらいに感じる。 「ありがとう、レオリオ…… とても…嬉しい……」 「ずっと……オレのそばにいてくれるか?」 もはや言葉は出ず、クラピカは泣きそうな笑顔で それでも力強くうなずいた。 「─── 愛してるぜ、クラピカ…」 レオリオはクラピカの睫に絡んだ涙を吸い取るように口接ける。続いて頬に、 そして唇に。 かけがえのない、ただ一人の恋人を抱きしめながら。 寄り添った体は密着したまま離れず、静かな時間が流れてゆく。 これだけ盛り上がってしまった上に、ひと気の無い夜の公園とあっては、先を 続けたい衝動にかられるのが人情というもの。 とはいえ、いくら何でも住宅街の真ん中、それも野外で押し倒すわけには ゆかず、レオリオは理性を総動員して踏みとどまった。 ─── 時刻は、もうじき日付が変わる。 「……そろそろ部屋に戻った方が良いんじゃねぇか?」 本心とは正反対の言葉を口にしながら、レオリオは腕の中のクラピカに言う。 しかしクラピカは身を離そうとはしない。 「良いのだよ」 「また叔父さんに叱られちまうぜ」 「かまわない。今夜は、お前の部屋に泊まる」 「!?」 レオリオは驚いてクラピカを見る。 ─── 明日は平日なのに。大学があるのに。宿泊の準備もしていないのに。 そんなどうでもいい事が脳裏をよぎったが、断る気などカケラも無い。 「……いいのかよ?」 それでも一応念を押すレオリオに、クラピカは輝くばかりの笑顔を向ける。 「今日は私の誕生日なのだ。一つくらい我侭を聞いてくれ」 「─── 大歓迎だぜ」 そう言って、レオリオも笑った。 「Happy-Birthday,KURAPIKA……」 ─── 二人の大切な記念日は、きっとこの先も増えてゆく。 〜追記〜 幸せなカップルがいちゃいちゃしている同時刻、赤提灯街では一人の 男が花嫁の父の如き悲哀を背負いつつ、ヤケ酒をあおっていた。 「オレは金輪際、娘なんか持たないぞ〜〜〜〜〜!(泣)」 |
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