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200X年2月14日。 この日、世間ではやたらとカップル連れが目立っていた。 学校、街なか、飲食関係の店、アミューズメント施設、どこを見ても カップルばかり。 なぜなら、今日はクリスマスに次いで彼等のテンションが上昇する日 ─── バレンタインデーなのだ。 ハンター大学に在籍するレオリオには、つきあい始めて半年の恋人が いる。 彼女の名はクラピカと言い、同じ大学に首席入学した才媛。入試の日に 知り合って以来、ケンカばかりしていたが、気づいたらそばにいるのが 当たり前の存在になっていて、夏に合同合宿でゼビル島に滞在した時、 周囲の友人たちの後押し(策謀とも言う)もあって、めでたく公認カップルと なったのだ。 しかし現在に至るまで、2人はキス以上の進展の無い実に清らかな 交際を続けていたのである。 レオリオはごくフツーの健全な青年で、どちらかというと手は早い方 だったのだが、今回は相手が悪かった。スキップで進学したクラピカは まだ16歳だし、何よりその潔癖な性格が、安易な交渉を許さなかったのだ。 それでも14日にデートを申し込んだらOKしてくれたのだから、希望は あると言えよう。 気合いを入れてレオリオは、クラピカを迎えに行った。 クラピカは親元を離れ─── といっても彼女の肉親は叔父が一人だけ なのだが─── マンションで一人暮らしをしている。ちなみに、今まで 一度も部屋に入れてもらった事はない。 「クラピカー、オレー」 レオリオはインターフォンを押し、いつものように呼びかけた。まもなく 鍵がはずされ、ドアが開く。 (…!?) 瞬間、レオリオはドキッとした。クラピカは珍しくミニスカートをはいて いたのだ。 普段はシンプルでユニセックスな服を愛用している彼女が、こんなに 女の子らしい服装をしているのは初めて見た。 つい、脚の方へと目が向かうのは男のサガであろう。 「……どこを見ているのだ(怒)」 レオリオの視線に気づき、クラピカは少し怒ったように言い放つ。 レオリオは慌てて目線を上げると、素知らぬそぶりで笑顔を浮かべた。 「いやー、あんまりキレイだからさ。普段からもそういうカッコしてれば いいのに」 女性に対する誉め言葉が流暢に出るのは、日頃から何度も(相手 かまわず)言っている証拠だとばかりにクラピカはツンとそっぽを向く。 そして一旦部屋の奥に戻り、首にマフラーを巻いて再び現れた。 「時間が惜しい。行くぞ」 今日の行き先はレオリオの部屋。クラピカが見たがっていた映画の DVDを入手したから一緒に観ようと誘っていたのだ。 もちろんそれはレオリオの作戦の内なのであるが。 クラピカと共に自室に戻ったレオリオはお茶を用意してDVDをセットした。 映画の内容は史実に基づいた純愛&パニック映画。レオリオにとっては ある意味幸運だった。 感動していれば、クラピカも普段の冷静さが少しは薄れる。それなら オトしやすいというものだ。 ところが映画は想像以上にリアルで、運命の非情さを描いた きわめつけの 悲恋モノ。 途中から(ヤバイ)と思ってはいたが、観終わった頃には、レオリオの 方が必死で涙を堪えていた。 「……男のくせに泣くな。みっともない」 「泣いてねーよ!」 「ではその鼻水は何だ」 「(///)…いいじゃねーか。悲しい時は泣くのがフツーの人間なんだからよ」 ティッシュで顔を拭いながら、狂いまくりの予定にレオリオは情けなくなる。 (このザマじゃ、口説いてもカッコつかねーなぁ……) 「ま……そんなところがお前の良いところか……」 「─── え?」 ふと漏らしたクラピカの声はよく聞きとれず、レオリオは問い返す。すると、 いきなり目の前に赤い箱が突き出された。 プレゼント包装されたそれは、考えるまでもなくチョコレート。 「ク…クラピカ?それ、もしかして……」 唐突な展開にレオリオは、歓喜と驚嘆の表情でクラピカを見る。 「お前に世話になった覚えはないが、一つも貰えないのは可哀相だと 思ったのだよ!」 素っ気無い言葉とは裏腹に、この日の為に新調したらしい服を身に付け、 かすかに頬が紅潮している様子が何よりも心情を伝えている。 ─── こんなに可愛い装いで。 ─── こんなに照れながら。 嬉しさのあまり、レオリオの胸にはクラピカへの愛情がMAXまで募った。 「責任もって食すのだよ。私からの贈り物なのだからな!」 「じゃあ、遠慮なく♪」 そう言い終えるとレオリオは何の躊躇いも無くクラピカをソファーの上に 押し倒した。 「ち…違う!食べるのは私ではなく、チョコの方…」 何とか逃れようともがいてはみたものの、抵抗は易々と封じられてしまう。 体格の差はもとより、腕力で男に叶うはずはないのだ。 「や─── やめないか、レオ…!」 「イヤだ」 「レオリオっ!冗談もいい加減にしないと……」 「冗談だと思ってんのかよ」 それまでの軽妙な口調とは打って変わった真剣な声でレオリオは言う。 続いて上げられた顔を見て、クラピカの胸がドキリと鳴った。 2人の視線が合う。 「オレは、マジでお前を抱きたいんだ」 「……!!」 率直な物言いにクラピカは絶句する。体の上にのしかかるレオリオが、 急に大きく威圧的に見え始めた。 「─── ダメなのか?オレたちは もう半年も付き合ってるのに?」 「レ……レオ…(///)」 学業では同級生の誰よりも優秀なクラピカだが、恋愛沙汰の知識には疎い。 こんな時、どう返答すれば良いのかわからなかった。 彼女とて『そろそろ、そういう時期』だと察してはいたのだ。同性の友人たちと 彼氏談義をした時も、誰もがレオリオの忍耐ぶりに驚き、クラピカのガードの 固さを責めたのだから。 ちなみにその後は延々、恋人と結ばれる事の嬉しさ・楽しさを説かれて しまった。 「好きだ、クラピカ……」 抱きしめながら、レオリオは白いモヘアの下で子ウサギのように震える胸を 感じた。細い手足には力がこもり、硬直したように動かない。 (─── 怖がってる…?) クラピカは地方の名家の血筋だが、今どき珍しい厳格な環境で育ったと聞く。 ましてやまだ16歳だ。 ─── 無理強いしたら、傷つけてしまうかも知れない。 レオリオは断腸の思いで諦め、この場をごまかす言い訳を考えながら 身を起こす。 組み敷いていた体が離れると、クラピカはサッと起き上がり、ソファーを 立った。 しかし部屋を飛び出すかと思いきや、クラピカは背を向けたまま それでも 逃げ出そうとはしない。 レオリオは恐る恐る声をかけてみた。 「……悪かったよ、クラピカ」 「…最低だ……あんなこと……」 「……ごめんな。まだ早かっ─── 」 「ソファーでするべき事ではないだろう!」 「!?」 思わぬ言葉にレオリオは目を見開く。羞恥なのか、それとも恐怖の名残り なのか、華奢な肩がわずかに震えていた。 「……クラピカ……お前…」 言葉の意味するところを悟り、レオリオはクラピカを見つめる。 後ろ姿でも、耳まで真っ赤に染まっているのがわかり、しばし逡巡したが そっと腕を回し、背後から抱き寄せた。 「……いいのか?マジで」 「………」 「無理してんじゃねぇのか?…そりゃあ、…その……オレは下心あった けどさ…」 いざとなると罪悪感が沸いてしまう。それはクラピカに対して『本気』の証。 結ばれたいという欲望の反面、真剣に想っているから 大切にしたかった。 「お前がイヤなら、まだ先でも─── …」 「─── レオリオっ!」 突然、クラピカは怒ったような口調で怒鳴りつける。振り向いたその顔は やはり真っ赤で、責めるような悲しそうな瞳が潤んでいた。 「お前は私に何を言わせたいのだ!?─── 女の口から、何が言えると 思っているのだっ!!」 「……!」 レオリオはハッとする。 ─── 『ソファーでするべきではない』。あれはクラピカの、精一杯の返答 だったのではないか? 元より彼女の性格では、たとえOKでも口になど出せまい。何度も何度も 確認したところで、望む言葉が返って来るわけはなかったのだ。 深読みしてしまえば『あの』クラピカが挑発的なミニスカートでレオリオの 部屋へ来た事自体、意味があったのではないだろうか。 理解するや、レオリオはクラピカを抱きしめた。いまだ戸惑いの残る体が 腕の中で震えている。 「ごめんな……クラピカ…」 「………」 優しい抱擁はクラピカを落ち着かせた。やがてその身から緊張は消え、 そっと手を伸ばしてレオリオの背を抱き返す。 「…レオリオ……、……あの、…私……その……」 「ああ、わかってる」 恥ずかしそうに切り出したクラピカの言葉を、レオリオは止める。何を 言いたいのか見当はついていた。 「……初めてなんだろ?大丈夫だよ……優しくするから…」 「………(///)」 うつむくクラピカの額に口接け、レオリオは彼女を抱き寄せたまま寝室へと 導く。 レオリオの寝室はカーテンを閉めきっていて薄暗い。それでもベッドの存在は はっきりと認識できた。 目にした途端、たじろいだのか一瞬クラピカの足が止まる。 「怖いのか?」 「……こわくなどない」 クラピカは否定するが、震えた声では説得力が無い。レオリオは彼女の 怯えを軽減させるべく優しく微笑し、まずはベッドに座らせた。 隣に並んで腰掛けるレオリオを、クラピカは不安げなまなざしで見る。 「─── オレな、初めて会った時から お前に惚れてたんだぜ」 「……え?」 何を今更の話に、クラピカはキョトンとした。 「試験会場に向かう途中に出会って、初対面で大ゲンカしただろ。で、 お前が受かってオレが落ちるなんて絶対にイヤでさ。何が何でも合格 してみせる!とか思ったんだけど、 あん時にはもう惚れちまってたんだよな」 嬉しそうに、そして照れ臭そうにレオリオは告白する。 「……だから、お前がオレを好きになってくれて、スッゲー嬉しいんだよ」 「……レオリオ…」 「好きだぜ、クラピカ。マジで」 「………(///)」 「だから抱きたい。─── 抱くぞ」 今度は返答を待たなかった。レオリオはクラピカを抱きしめ、淡いピンクの 唇に口接ける。 そのまま、ゆっくりと横たえた。無抵抗な身体がシーツに沈む。 口接けを続けながら、レオリオはクラピカの服に手をかける。と、クラピカが レオリオの肩を押した。 「……どうした?やっぱり─── 」 「レオリオ…」 イヤなのか?と問いかけた声が途中で遮られる。クラピカは、まだ少し 緊張の残る面持ちでレオリオを見つめていた。 「……言っておきたいことがある」 「…何だ?」 クラピカはレオリオの首に腕を回して引き寄せる。そして、耳元に口を 寄せて言った。 「─── 私も……初めて会った時から好きだったのだよ…。…お前が私を 望んでくれて………すごく─── ……」 後半の言葉は、吐息にまぎれるように小さかったけれど、レオリオの 耳には届いていた。 「クラピカ……」 愛しさで胸が一杯になる。 「これからも、ずっと一緒にいような……」 「……ん…」 2人は固く抱き合い、もう一度口接ける。 もっと強く、ずっと深く、結ばれる為に。 誰よりも、何よりも、互いの近くに在る為に。 聖なるバレンタインの日、恋人に贈り贈られたのは、より確かな絆だった。 ※裏へ続く…(TvT) |
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