「Happy-Birthday,LEORIO」   


3月3日はレオリオの誕生日。レオリオとクラピカが名実共に『恋人』に
なってから、初めて二人で迎える記念日でもある。
クラピカは今まで男に贈り物などした事は無い。だから何をプレゼント
すれば良いのかわからず、今度も友人たちに相談したりしたが、結局
レオリオ本人に尋ねることにした。

バースデーを明後日に控えた1日の昼休み、大学構内のカフェテリアで
二人はいつものように他愛ない世間話をしている。その合間にクラピカは
問い掛けた。
「レオリオ、何か欲しい物はあるか?」
「あったけど、バレンタインにもらったぜ」
途端にクラピカの顔が真っ赤に染まる。レオリオにはクラピカの質問が
自分の誕生日に向けられたものだとわかっていたが、からかったわけでは
なく本心だった。それでも相手の反応が可愛くて、ついクスクスと笑って
しまう。
クラピカはそんなレオリオを拗ねた瞳で睨んだ。
「……では望みは何も無いのだな」
「いや、待てよ」
レオリオにはクラピカに特別何かをねだろうという意志は無かったが、
それでもこれは好機だと考えた。もしかすると、今まで諦めていたワガママを
聞いてもらえるかも知れない。
「願いを一つ、叶えてくれるか?」
「……願い?」
唐突な申し出にクラピカは不審そうな瞳を向ける。レオリオがこんなに
楽しそうにしているのは、何らかの企みがある場合が多いのだ。
「…言ってみろ。どんな願いだ?」
「3日のオレの誕生日、朝から晩まで24時間一緒にいてほしい」
とりあえず、とても実行できないようなとんでもない内容では無かった事に
クラピカは安堵する。
『朝から晩まで24時間』ということは、前日の夜から泊まり込まねばならない。
バレンタインデーの夜に一線を越えて以来、二人は何度か夜を共にして
いたが、それでもクラピカは高潔な態度を崩さず、怠学もしなかったので
『一日中』一緒にいた事は無かった。
3日は休日で、授業は無い。断る理由も見当たらなくて、クラピカはレオリオの
願いを承諾した。
「マジか!?やっり
─────v」
レオリオは子供のように喜び、人目はばからずクラピカを抱きしめる。
おかげで周囲から冷やかしを受けてしまったが、当事者のレオリオは
一向に気にしていない。
「バイト代入ったばかりだし、明日は何か美味いモン食いに
─────……は、
ハックション!!」
言葉が終わらぬ内に盛大なクシャミが飛び出した。気づけば、なんとなく
鼻声気味でもある。
「大丈夫か?風邪ではないのか?」
「平気平気。医者志望が風邪なんか引きゃしねーよ」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。二人は専攻が違うので、午後
からは別の講義に出なければならない。
その後レオリオにはバイトが待っている為、今日はここでお別れである。
風邪気味のレオリオが気にはなったが、明るく手を振る彼の姿に クラピカも
手を振り返した。




───
そして3月2日。
前夜から予兆はあったのだが、レオリオは本格的に風邪を引き、クシャミと
鼻水と咳に悩まされている。朝、目覚めた時から体のだるさと間接痛を
感じていたが、結局、大学は休んでしまった。それでもクラピカを迎える為に、
部屋の掃除だけは怠らない。
昼にはクラピカから携帯に電話が入った。
「悪ィ……ちょっと寝坊しちまってさ」
心配をかけたくなくてそう言ったが、彼の声は電話を通してさえ明白な
鼻声で、クラピカが気づかぬはずもない。
『やっぱり風邪を引いたのだな?安静にしているか?』
「大丈夫だって。……だから、ちゃんと来いよ?待ってるからな」
とりあえず様子見も兼ねて行く、と答えてクラピカは携帯を切った。


夕方、授業を終えたクラピカは一応、二泊分の荷物を持ってレオリオの
部屋を訪れる。
ドアを開けて出迎えたレオリオは、クラピカの姿を見て安堵したようだった。
「来てくれねーかと思ったぜ……」
「私は約束はたがえない。それより、具合はどうなのだ?何か食べたか?」
「ヘーキ。メシは食ってねぇけど、お前の顔見れたし……」
「レオ
─── …!?」
突如レオリオの体が前傾し、クラピカの上にのしかかる。193cmの体格を
受け止める事はできず、クラピカはそのまま押し倒されてしまった。
「レ、レオリオっ。ちょっ…、いきなり何を
─── ……!?」
一瞬、あらぬ展開を想像してうろたえたクラピカだが、その体勢のまま
動かないレオリオに、思考が冷静さを取り戻す。
─── レオリオ?…レオリオ!」
思わず彼の顔に手を触れる。額が熱い。
「発熱しているではないか…!……医者の不養生とはよく言ったものだ…」
「……まだ医者じゃねーよ…」
クラピカの呟きにレオリオはボソリと言葉を返す。意識は失っていないようで、
少しホッとした。
「そんなことより、薬は飲んだのか?」
「いや…風邪薬きれてたし……たいした事ないと思って…」
「……お前、本当に医学生か」
クラピカはレオリオの体の下から這い出し、大きく息をつく。念の為にと道中、
薬局に寄って来たのは正解だった。
「風邪薬なら私が買って来た。空きっ腹に薬は良くないから、何か作ってやる。
待っていろ」
そう言ってレオリオをベッドに突っ込み、クラピカは台所に立った。


湯の沸く匂いが寝室まで漂ってくる。引き戸の隙間から調理台に向かって
いるクラピカの後ろ姿を、ベッドの中からレオリオは複雑な思いで眺めていた。
(新妻みて
─── ……)
その単語の持つ甘やかな響きに魅了される。いつか、あんなふうにクラピカが
毎日台所に立つ日が来るだろうか。そもそも、その雰囲気を楽しみたくて
誘ったというのに、現状を
思うと情けなくて溜息が出た。
「レオリオ、お粥ができたぞ」
トレーの上に椀を乗せてクラピカが現れる。横になっていたレオリオを助け
起こし、肩に上着を着せ掛ける姿は、新妻というよりは介護者に近い。
「少しでも良いから食べるのだよ。熱いから気をつけて
─── こぼさぬよう
にな」
……てゆーか、むしろ、お母さん。
レオリオはもう苦笑するしかなく、素直に粥を口に運ぶ。
「悪ィな……こんなつもりじゃなかったのに、世話かけちまって…」
「気にするな。風邪なのだから仕方ないだろう。それに、どのみち泊まる
つもりだったから同じ事だ」
─── 同じじゃない。絶対に同じじゃないぞ!
などと内心でこぼしながら、レオリオは粥を半分ほど食べて箸を置いた。
「…残しちまってごめんな。けど、マズかったわけじゃないぜ」
クラピカは一人暮らしの割に、料理はあまり得意ではない。レオリオは
彼女が機嫌を損ねないよう、一応フォローを入れていた。
「わかっている。食欲が無いのだろう?入るだけで良いのだよ。ほら、水だ。
薬を飲んで、暖かくして眠るのだよ」
─── は〜いママ。
病人相手だからだろうか、今日のクラピカは普段よりずっと優しいような
気がする。
なかばヤケ気味になったレオリオは、クラピカママの患者に徹する事に
決めて薬をあおった。

クラピカが洗い物をしている音を聞きながら、レオリオは起き上がる気力も
無い。
─── どーしてこんなコトになっちまったんだろう。明日はオレの誕生日
なのに。
─── クラピカと一日中一緒に過ごす予定だったのに。
─── 今日も明日も、あいつを抱いていたかったのに。
考えるのも虚しくなって、思考を放棄する。薬が効いたのか睡魔が降りて
来て、レオリオは目を閉じ、額に乗せられた冷やしタオルで瞼を覆った。



いつ眠ってしまったのかはわからない。しかしその後、レオリオにとりついた
風邪のウイルスは猛威をふるった。
熱が一気に上昇し、割れるような激痛が頭に響く。体中の間接が軋んで
痛み、燃えるように額が熱い。なのにそれとは裏腹に、全身ガタガタと悪寒に
震える。
(レオリオ……)
朦朧としたまま夢と現の狭間で浮き沈む意識の中、レオリオは微かに誰かの
声を聞いた。
咽喉がつまりそうに呼吸が苦しくて、相手の名前を呼ぶことができない。
(レオリオ…)
─── 熱い。だけど冷たい。
─── 寒い。だけど暖かい。
(レオリオ)
病のもたらす特有の不安感の中、心地よく包むような優しさを感じた。



─── …?……)
どのくらいの時間が過ぎたのだろう。レオリオはふいに覚醒した。
視界は暗闇で、慣れるまでに少し時間がかかる。周辺の静けさから察して
深夜らしかった。
食事の後に眠ってから、苦しんでいた間の記憶は曖昧だが、ずっと楽には
なっている。
しかしまだ熱は引ききっていないらしく、体が重い。
(……え?)
その時ようやくレオリオは、布団の中に自分以外の存在を認識した。
レオリオの体を包み込むかのように寄り添い、細く暖かい体が眠っている。
「クラ…ピカ……?」
かすれた声で呼びかける。ずっと自分を呼んでいたのは彼女の声だ。
ずっと、彼女の名前を呼びたかった。
起こすつもりはなかったのだが、クラピカはハッと目を開けた。
そして心配そうにレオリオの顔を見つめる。
「……起きたのか。気分はどうだ?」
「ああ…、もうだいぶ……」
途中でレオリオは言葉を失った。すっかり温もってしまった額のタオルを
取り替えようとして身を起こしたクラピカの上半身が、闇に慣れた目に映る。
クラピカは下着だけをつけた半裸の姿だったのだ。
レオリオの目線を察し、クラピカは恥ずかしそうに目を逸らす。
「お前がひどく震えていたし……汗もかいていたからな。
─── あまり見るな」
気づくと、レオリオも着ていたはずのパジャマは無い。大の男を脱がすのは
さぞかし苦労だったろうなと考えて、レオリオはつい苦笑する。同時に、
互いに下着だけで一つベッドで眠っていた事・自分がそれに気づかなかった
事に、今更ながら驚いた。
─── 確かに、冷えた体を温めるには人肌が最適と言うけれど……
「……ストーブ、消しちまったのか?」
「石油がきれたのだ。私は注ぎ足し方を知らないから仕方なかった」
「エアコンは…」
「コントローラーが見つからなかった」
エアコンは電気代がかかるので、レオリオは普段つけずに生活している。
もっとも狭い部屋のことだから、ストーブがあれば充分なのだが。
─── もしかすると、クラピカも寒かったのかも知れない。
クラピカは氷水に浸したタオルを絞り、再びレオリオの額に乗せる。
その手をレオリオが引き寄せた。
「…どうした?苦しいのか?」
─── いいや」
腕の中に優しい温もりをかかえこむ。それは熱にうなされ、ウイルスに
苦しめられていた時、安心感を与えてくれた温度と感触だった。
「レオリオ……大丈夫か?」
「…最高」
まだ力の入らない腕で、愛しい相手を抱きしめる。抱擁以上の行為が
できない事が残念で仕方ないが、伝染すわけにはゆかないから、涙を
飲んで思いとどまった。
レオリオの心情を理解したのか、クラピカも静かに身をあずける。
重なり合った肌の伝える体温が心地よい。
静寂の中、時計の音が耳につく。レオリオはふと気づき、問い掛けた。
─── 今、何時だ?」
クラピカは少し目線を上げ、枕元の目覚ましを見る。暗がりの中でも、
蛍光塗料で描かれた文字盤は視認できた。
「……午前零時少し過ぎ……かな」
「そっか……」
─── 最悪な誕生日になると思っていたけど、そうでもなかったな。
明日もう一日、安静にしていれば風邪は治るだろう。当初の希望とは
多少違ってしまったが、『クラピカと一日中一緒に過ごす』という願いは
叶いそうだ。
「レオリオ」
腕の中で呼びかけるのは、恋人であり、母親のような、白衣の天使。
「Happy−Birthday」

来年の今日も、きっと一緒に過ごしている。


                    END