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その夜。
「クラピカ、ちょっとお願いがあるの」
就寝準備を整えた頃、ポンズは同じテントで寝る予定のクラピカに
退席を願い出た。
「実は今夜ポックルが来る事になってるの。そういうわけだから、
悪いけど……」
ポンズとポックルは付き合い始めたばかりの恋人同士である。
『何もこんな所に来てまで』と思いはしたが、クラピカとて 厳格に
育ったとはいえ現代に生きる16歳。一応の理解を示し、別のテントに
泊めてもらうべく出て行った。
─── ところが。
「ごめんねー。ハンゾーと約束しちゃってるのー」
頼って行ったテントでは、メンチから丁重に断られてしまった。
彼女と同室のスパーは、迎えに来たゴズと共に彼のテントへ
向かったらしい。
─── ポックルとゴズは同室だから、これ幸いにと入れ替わったの
だろう。
次にヴェーゼのテントに近づいてみたところ、中からバショウと
談笑している声が聞こえたので、引き返すしかなかった。彼女と
同室のカラはどうしたのかと思ったが、確かバショウはリッポーと
同室だったはず。
カラはリッポーと交際しているから、スパー同様 彼のテントへ
行ったに違いない。
最後のテントは、フィアンセ同士のエリザとスクワラが最初から
同室になっている。そこへ邪魔しに入る勇気は、さすがに無い。
結局、クラピカの受け入れ先は見つからなかった。
クラピカは毛布をかかえ、途方に暮れて樹に寄りかかる。
(─── まったく、昨今の学生は何を考えているのだ……)
皆が皆、そろって不純異性交遊。それは仕方ないとしても、
当座の課題は今夜の就寝場所だった。
夏とはいえ島の夜は気温が下がるのに、野宿しなくてはならない
のかと溜息が出る。
オーケストラ部の練習を優先して合宿に参加しなかった親友の
センリツを、つくづく賢明だと思った。
「─── クラピカ?」
ふいに、聞きなれた声が名前を呼ぶ。顔を上げると、そこには
レオリオが立っていた。
「何してんだ?お前。こんな所で」
「……寝む場所が無いだけだ」
「はあ?」
クラピカの説明を聞くと、レオリオは さもおかしそうに笑った。
「どうりでハンゾーの奴、戻って来ないわけだ。でも別にいいじゃ
ねえか、あいつらはあいつらで合宿を楽しんでんだからさ」
「彼らは良くても、私が迷惑をこうむっている」
クラピカは拗ねたように立ち尽くしている。その様子に、レオリオは
しばしポリポリと頭をかきつつ思案していたが、やがて遠慮がちに
口を開いた。
「……んじゃ、オレのテントに来るか?」
「─── 何を考えている!?」
彼にしてみれば善意の申し出だったのだが、案の定クラピカは
猜疑のまなざしで睨みつける。
「お前こそ何考えてんだよ。ハンゾーがいないからテントはオレ
一人だし、野宿よりはマシだろうと思って言ったんだぜ」
「野宿も狼の巣穴も大差は無い!」
「誰が狼だ!? 人の親切心を疑いやがって!」
「日頃の行いが物を言うのだよ!」
……どっちもどっちである。
しかし、いくら頭に来ても見捨てられないのがレオリオの性格だった。
人道的にも、医学的見地からも、夜の森に女の子一人で野宿など
させるわけにはゆかない。
「お前が風邪引いたり熱出したりしたら、介抱すんのはオレだぞ?
そーいうのも人に迷惑かけるって言わねえか?」
「一晩くらいで体調を崩したりするものか。たとえ発熱したとしても、
お前に頼る気は無い」
「ヤブ蚊だのブトだのに刺されても知らねーぞ」
「虫よけスプレーくらい持参している」
「……あっそ。じゃあ好きにしな。そうそう、この島にゃデカいクモも
たーくさん生息してるから、会ったらよろしく伝えてくれよ」
「─── !!!!」
レオリオの最後の台詞はクラピカを凍りつかせた。彼女はクモが
大ッ嫌いなのである。
他人に弱味を見せたくないクラピカは、その事を誰にも秘密にして
いたが、以前、ふとしたはずみでレオリオに知られてしまった。
だが、彼は今まで一度として、その事を持ち出してからかったりなど
しなかったのに。
「貴様………………」
「どーした?顔色悪いぜ。寒いんならオレのテントが空いてるけど♪」
─── レオリオが初めてクラピカに口で勝った、記念すべき瞬間で
あった。
ニ帖あまりの狭いテントの中には不自然な緊張感が立ち込めている。
「少しでも近寄ったら許さんぞ」
「ヘェヘェ」
クラピカは予備の毛布を丸めて真ん中に置き、バリケードを作る
警戒ぶりだ(ほとんど無意味な壁ではあるが)。
そこまでされると、どんなに紳士でも襲い倒してやりたくなるのが
男心というものだが、レオリオはプライドで耐えている。
互いにテントの隅ギリギリまで寄り、背を向け合って横になった。
「…………」
「…………」
沈黙は更に『2人きり』を意識させた。呼吸音すら聞かれてはいけない
ような気になってしまう。
(………………)
(………………)
眠れない一夜が過ぎていった。
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