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一連の騒動が解決した後、城ではクラリオ姫の提案により
クラピカへの感謝の晩餐が開催された。
山海の恵み豊かな御馳走や酒、宮廷楽師による演奏、そして
ダンスと、招待客たちはパーティを堪能している。
そんな中で、主賓たるクラピカは辟易していた。
元々こういう華美な催しは好きではないし、件の事情を知らぬ
貴族たちにハンターというだけで もてはやされるのも嬉しくない。
空々しい社交辞令を聞き流すのも、いい加減疲れてくる。
クラピカは話しかけて来る者が途絶えた隙をみはからって、
広間を脱け出した。
城の中庭に出ると、夜空にかかった大きな月が視界に飛びこむ。
パーティーの喧騒を離れて、クラピカは深呼吸をした。
─── 次の瞬間。
「クラピカ様」
「!」
すぐ近くで名を呼ばれ、驚いて振り返る。そこにはクラリオが
立っていた。
気を抜いていたとはいえ、気配を感じさせずクラピカに接近
できるとは侮れぬ姫君である。
「いかがなさいましたの?主賓がこんなところにおいでになって」
クラリオとて、もう一人の主役だというのに何を言うやら、なのだが。
「……少し外の空気を吸いたくて。姫こそ、なぜここにいるのですか」
「奇遇ですわ。わたくしも外の空気を吸いに参りましたの」
満面の笑顔を向けるクラリオに、つられるようにクラピカも笑った。
2人は並んで噴水の淵に腰掛ける。
「クラピカ様には本当にお世話になってしまって、感謝してますわ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「わたくし、今度のことで反省しましたの。これからはもっとたくさん
色々なことを学んで、いずれはクラピカ様のように聡明で思慮深く
なれるよう努力いたします」
「……それは立派な御志ですね。がんばって下さい」
同意したものの、クラピカは内心、彼女には今のまま変わらずに
いてほしい気もしていた。
無邪気で、素直で、陽気なクラリオ。両親の愛情を一身に受け、
臣民に守られ慕われて、物質的にも精神的にも何ひとつ不自由
なく育った姫君。
─── かつてはクラピカもそうだったのだ。
もしクルタ族が今でも存続していれば、クラピカもクラリオのように
幸せに育っていたはずだから。
クラリオは、存在できなかったもう一人のクラピカ。自分のように
などならず、この先もずっと、子供のように無垢な笑顔と心を持ち
続けていてほしい。
…………そう思ってしまった。
「……クラピカ様?」
「─── え?」
押し黙ってしまったクラピカにクラリオが声をかける。思考に没頭
していたクラピカはようやく我に帰った。
「……ああ、失礼。何か?」
「こうして見るとわたくし達、本当によく似ておりますわね」
クラリオは改めてクラピカを見つめ、背後の噴水に視線を移す。
「ほら、まるで双子のようですわ」
水面が鏡のように二人の姿を鮮明に映していた。
青い服のクラピカと、ピンクのドレスをまとったクラリオ。そっくり
同じ顔の、だけど対照的な2人。
クラピカの面差しには、背負った宿命と暗い記憶が知性と共に、
どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
対してクラリオは、こぼれるような笑顔が絶えない朗らかな娘。
誰からも愛される純真な性格が、明るい表情からにじみ出ている。
─── その似て非なる美しさは、さながら月と太陽。
「…初めてクラピカ様にお会いした時、わたくしには生き別れの
お姉様がいらしたのかと思いましたのよ。そうでなくて残念ですわ」
少女向け小説のようなクラリオの発想に、クラピカは苦笑するしか
ない。
「クラピカ様、もうしばらくスナカに滞在して下さいません?外遊中の
お父様とお母様がお帰りになってクラピカ様を御覧になれば、きっと
驚くと思いますの」
「申し訳ありませんが、私は先を急いでおりますので」
返答を聞き、残念そうに表情を翳らせるクラリオに、クラピカは
まるで小さな子供を突き放したような気になってしまった。
「でしたら、何か贈り物を差し上げますわ。スナカにいらした
思い出と、わたくしからの感謝の気持ちをこめて」
しかしクラリオは一瞬で立ち直り、自らの提案を主張する。
「いえ、そのようなお気遣いは─── ……」
「そうですわ!ちょうど良い物がありますの。ただ今お持ちいたし
ますわね!」
「は!?ちょ、ちょっと、姫───」
クラピカの声も聞こえぬ様子でクラリオは、あっという間にどこぞに
走り去ってしまった。
……相変わらず、逃げ足の速い姫である。
唖然としながらも、クラピカはパーティー会場の広間に戻る気は
しなかったし、クラリオの後を追おうにも、既に影も形も見えない。
やむなく、その場で帰りを待つことにした。
主賓2人がそろって長時間 中座していたら、さすがに人々に
気付かれるのではないだろうか。
そんな心配をし始めた頃、クラリオは再び駆け戻って来た。
「お待たせいたました、クラピカ様。これを御覧下さいな」
差し出すクラリオの手には小さな、しかし一目で高価とわかる
美しい装飾の小箱があり、中には、大粒の真珠が二つ おさめ
られていた。
「スナカ王室に代々伝わる物ですけど、普通の真珠とは違い
ますのよ。薄くですけど、色が着いてますの」
月明かりではハッキリと認識できないが、言われてみると、2つの
真珠の内、ひとつは薄蒼色、もうひとつは薄紅色に思える。
クラリオは嬉しそうに微笑みながら更に続けた。
「まるでわたくし達を表しているみたいでしょう?ですから2人で
一つずつ持っていましょうよ」
「姫……せっかくですが、王家の宝石などという貴重な品をいただく
わけにはゆきませんよ」
「かまいませんわ、今はわたくしの物ですもの。それに、確かこの
真珠には言い伝えがありますの。……えっと、手にした人は願いが
叶って幸せになれる……だったかしら?」
「願いが……?」
その単語がクラピカの心を揺らがせる。
「ですから、ぜひクラピカ様に差し上げたいんです。どちらでも
お好きな色の方をお取り下さいな」
「ですが、姫……」
「お願いします、クラピカ様」
すがるようなクラリオの瞳がクラピカを見つめている。断ったら、
今度こそ傷つけてしまいそうな気がした。
もしくは、手のかかる妹に降参する気分とも言える。
「……では、ありがたく頂戴します」
クラピカは淡いブルーの方を選んだ。淡いピンクの真珠は、
クラリオの方がイメージだと思ったので。
「ねぇ、クラピカ様」
安堵したように微笑みながら、クラリオはクラピカの隣に腰掛ける。
「クラピカ様のことはトロンから聞きましたわ。……失言をお詫び
いたします。でも、今でも一つだけ羨ましく思っている部分が
ありますのよ」
「姫が羨むような事など、私にはありませんよ?」
「だって、わたくしは婚姻相手を限定されているんですもの。素敵な
殿方と恋をしてみたいというのが幼い頃からの夢なのですわ。
クラピカ様はそれを為し得てらっしゃるじゃありませんか」
「─── !?」
思わぬ言葉にクラピカは硬直し、クラリオを凝視する。
「ごめんなさい……実は街の宿に泊めていただいた際、逃げようと
した時にクラピカ様のバッグにつまづいてしまって……こぼれた
中身を戻そうとして、写真を見てしまいましたの」
(写真………)
心当たりに気付き、クラピカの頬に朱が走る。恥ずかしいというか、
迂闊だったというか、返すべき文句も見つからない。
「クラピカ様……怒ってしまわれました?」
「怒ってませんよ」
心配そうに上目遣いで見つめるクラリオに、クラピカは諦め半分・
自棄半分で微笑みかける。
このお姫様の世間知らずゆえの短慮には、当初は苛立ちもしたが、
もうそんな気も起きない。そして、それでもクラリオを嫌いになれず
むしろかわいらしく思ってしまうのは、彼女の人徳だろうか。
クラピカの微笑みを見てクラリオは、心底嬉しそうにニッコリと
笑った。
「クラピカ様の御武運と、お幸せを祈っておりますわ」
「ありがとう、姫」
「……様、クラリオ様?……」
不在の主役をようやく捜しに来たのか、トロンの呼び声が聞こえる。
「あら、そろそろ戻らなくてはなりませんわね。その前に、この箱を
戻して参ります」
そう言ってクラリオは、そそくさとその場を離れた。
残されたのはクラピカと、薄蒼色の真珠。
クラピカは神がかり的な伝説や言い伝えを頭から信じるタイプ
ではない。
しかし、『願いが叶う』という御利益があるのなら─── 自力で
叶えるつもりではあるが─── たとえ気休めでも良いかと思った。
………それとも、幸せになってほしい誰かに渡そうか。
(あいつも、願いは自力で叶えたがるかな……?)
懐かしい顔を思い出して、クラピカにやわらかな微笑が浮かぶ。
同様に、月光を受けた手の中の真珠も、優しく淡く輝いていた。
─── 約束した再会の日まで、あと数ヶ月。
〜後日談〜
クラピカがスナカ国を出て数日後のこと。
「クラリオ様。先日、宝物庫に立ち入られましたね?」
「あら、もう発覚しましたの?」
トロンの追求にクラリオは悪びれもせず肯定する。
「衛兵の一人が宝物庫の近くで姫を目撃しておりましたから。
もしやと思って調べたところ国宝のペア・パールが片方、紛失
していたのですが、まさかクラリオ様……?」
「ええ、わたくしが持ち出してクラピカ様に差し上げましたのよ」
「何ということを……」
あっけらかんとしたクラリオの言葉に、トロンは頭をかかえる。
「あれはただの真珠ではないのですよ?遠国より贈呈された
貴重な宝玉というだけでなく、将来、姫様の婚儀の折に使用する
大切な神器です。それを、よりによって王が不在の時に無断で…」
「トロン」
延々説教されそうな雰囲気を悟り、クラリオは彼の言葉を遮る。
「貴方は、この国にとってわたくしよりも財宝の方が大切だと
おっしゃるの?」
「いえ、そのような事は……」
「クラピカ様はわたくしの命の恩人なのです。その方になら何を
差し上げても、惜しくなど無いはずでしょう?」
「…………」
「それに、真珠はまだ一つ残っていますわ。ですから良いじゃ
ありませんの」
楽しそうに説明するクラリオに、トロンは深いためいきと共に
口を開いた。
「……わかっていませんね、クラリオ様。あれは一つでは意味が
ありません。婚儀に使用すると申し上げたでしょう、神前で誓いの
言葉と共に新王・新妃が交換する為に二つあったのですよ。だから
こそ『交換した2人は永遠の愛情で結ばれる』という言い伝えが
あるわけですし……」
「えっ?そうでしたの?……まあ、大変」
クラリオは驚いて目を瞬いた。ずっと昔に聞いた言い伝えは半分
忘れていて、クラピカに間違った事を教えてしまったのだ。
「そういう事でしたら、ふたつぶとも差し上げましたのに。ひとつぶ
では交換できませんわ。どうしましょう……」
見当違いの心配をしているクラリオを前に、トロンは軽いめまいを
覚える。
先日の件で少しは懲りて、おとなしく淑女教育&帝王学に励む
かと期待したのに、まったく変わっていないではないか。
……いや、変わったと言えば変わった。
以前は姫に口で負かされることなど無かったのに、一体どこで
あんな理屈や物言いを覚えたのか。
そう考えた途端、トロンの脳裏にパーティー会場でエスコートした
『理知的で聡明なクラリオ姫』の姿が浮かんだ。
(そういえば……)
クラリオは彼にも言っていた。
『わたくし、今後はクラピカ様を見習って聡明で思慮深い王女に
なるよう努力いたしますわ!』
…………と。
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