|
『……ご案内いたします。XX時yy分発の……方面行き飛行船に
ご乗船のお客様は、北ウイング第4ゲートまでお越し下さい。
…繰り返します……』
パドキア空港内にアナウンスが響く。
それを聞いて、ロビーの待合に座っていたクラピカは立ち上がった。
「…そろそろ時間だ」
「…ああ」
クラピカの隣で、レオリオは名残り惜しそうに視線を送る。
自分の出立は後にして、クラピカを見送る為にここまで来たのだが、
やはり別れがたいようだ。
2人は搭乗ゲートまで一緒に来たが、この先は『乗客以外立入
禁止』である。
クラピカは足を止め、改めてレオリオに向き直った。
「…じゃあ、元気で─── 」
「…ああ、お前もな」
挨拶をかわしても、どちらもその場を動けない。
『仲間』のままでいれば、こんな思いはなかったのだろうか。この
時が来るのは覚悟していたはずなのに、『恋人』に進展した今、
別離の寂しさはひとしおだった。
『生木を裂く』という例えのように、まるで今生の別れであるかの
ような辛さが胸を突く。
「……このまま、オレの故郷に連れて行きてぇな…」
無理を承知でレオリオはつぶやいた。
「いつか行かせてもらうさ」
クラピカの言葉も、予定は未定の口約束。
昨日と同じ場所・同じ時刻で、だけど昨日とは明らかに違う2人に
『半年間の別離』という現実が重くのしかかる。
何か言いたいのに、何を言えば良いのかわからない。
「─── ヨークシンで、会おう」
クラピカの口から出たのは、昨日と同じ台詞。
レオリオは年下の少年のような目つきでクラピカを見つめる。
本気で攫ってしまいたかった。
手放したくない、ずっとそばにいてほしい。
我侭な独占欲のままに行動してしまいたい。
だけど、それが許されるほど現実は甘くなくて。
「……クラピカ」
「…何だ?」
レオリオは不意に表情を緩め、悪戯っぽく笑って言った。
「キスしようぜ」
「!!な、何を突然…!」
思わぬ言葉にクラピカの頬が赤くなる。
「第一、こんな公衆の面前で…」
「別れを惜しむ恋人同士の図だろ。よくある光景だぜ?」
「…………」
クラピカは視線で周囲の様子を確認する。確かに、惜別の抱擁を
かわす夫婦や恋人の姿は、空港という場所では珍しくない。
「…………男同士で何をしているのかと思われるぞ…?」
「思う奴には思わせとけよ。オレはお前が女だって知ってるん
だからな」
「…………」
クラピカは困惑した瞳でレオリオを見上げる。普段なら理詰めの
勝負はクラピカに分があるが、色恋絡みとなると、どうもレオリオに
勝てないのだ。
─── これも惚れた弱みであろう。
クラピカはレオリオのネクタイに手をかけ、軽く引っ張った。
「……少し、かがめ」
レオリオは引かれるままに顔を寄せ、片手をクラピカの肩にかける。
抱きしめなかったのは、そうすればきっと離せなくなるとわかって
いたから。
クラピカは踵を上げ、つま先で立って目を閉じる。
「─── 好きだぞ」
唇が触れあう寸前、レオリオはそう言った。
時の流れに取り残されたように2人は動かない。
薄い皮膚を通して伝わる体温が、何よりも互いの心情を語った。
搭乗開始のアナウンスが流れ、乗客たちが動き始める。
熱い口接けをかわす恋人たちを時折横目で見ていたが、誰一人
不自然には思わなかった。
「……もう、行かなくては…」
「…気をつけてな」
内心の未練を悟られぬようにレオリオはクラピカから手を離す。
クラピカは荷物を抱え直し、ふっ切るように笑顔を浮かべた。
「─── 前祝いしたのだからな。合格しなかったら許さんぞ」
その言葉にレオリオは一瞬呆けた顔になり、次には苦笑し───
やがて、彼らしい自信に満ちた口調で言った。
「勝利の女神の祝福を受けたんだ、どんな試験もバッチリに
決まってるぜ」
確信したように親指を立て、レオリオは片目を瞑って見せる。
クラピカは少しはにかみ、そして嬉しそうに笑った。
別れの言葉はあえて言わず、手だけを振る。
体の距離がどれだけ遠くなっても、二人の心は常に共に在るから。
─── 誰よりも近くに存在した瞬間を忘れない───
|