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世界は一面の緋色。他には何も無い。
閉じた瞼の裏に広がるのは、ただ無限の緋い闇。
それが、今のクラピカの視界のすべて。
幻影旅団を追い詰めたクラピカは、最後の決着をつける覚悟を
決めた。
それは負ければ殺されるだけでなく、クルタ族最後の緋の眼
をも奪われるという、命と誇りを賭けた死闘。
クラピカは、たった一人で赴いて行った
仲間も、友も、─── 胸に秘めていた想いも、大切なものはすべて
置き去って。
「どうして、オレ達にまで何も言わずに行っちまったんだ……!!」
レオリオ達は必死でクラピカの行方を捜したが、手がかりは何一つ
掴めない。敵が敵だけに、万一の場合は闇から闇だ。
ハンターの権限を駆使し、あらゆる情報ルートを網羅し、それでも
一向に進展の無い日々の中、苛立ちだけがつのってゆく。
しかしある時、事態は急展開を見せた。彼らの元に、匿名で地図が
届いたのだ。
『お姫様は下記v』
─── という一行のメモと共に。
差出人が誰なのかは明白だったが、そんな事は問題では無い。
レオリオ・ゴン・キルアの3人は、大急ぎで示された場所へ
駆けつけた。
そこは街から遠く離れた荒野。
人や動物どころか鳥さえ見当たらない沈黙の大地は、あちこちに
大きくえぐられたような痕跡が残っており、まるで戦争後の様相だ。
一体誰と、何人で、どうやって戦ったのかもわからぬほどの惨状で、
いかに激戦であったかが悟られる。
「クラピカー!どこだ─── !?」
「返事して、クラピカ─── !」
「おーい、クラピカ─── !!」
レオリオ達は懸命にクラピカの姿を捜す。
そしてようやく、原型をとどめている人間を発見した。
「クラピカ……!?」
美しい金の髪も、衣服も鮮血に染まり、満身創痍でボロボロの姿だが、
間違えようもなくクラピカだった。
もしや相討ちたのかと一同は青ざめたが、幸いなことに息はある。
レオリオは急いで応急手当を施し、一行は死地を後にした。
クラピカの怪我は重傷だったが命には別状無い。
念能力が弱まってはいたが、それは酷使による一時的なもので、
皆は安堵する。
しかし後日、思いがけない事実が判明した。
意識が戻っても、クラピカの両眼は閉じたまま開かなかったのだ。
「どうして目を開けないんだ?」
「開けないのではない。─── 開かないのだよ…」
レオリオは愕然とした。
視力を失ったわけではない。水晶体にも視神経にも異常は無く、
眼球も無事だ。なのにクラピカの意志に関係なく、瞼が上がらない。
強引に開かせようとしても、痛がるだけで開かず、まるで接着剤で
ふさがれてしまったかのようだった。
外傷が無く、念の作用でも無いとすると、精神的なものが原因と
思われる。
想像を絶する死闘を体験した反動か、それとも緋の眼を奪われまい
という自衛本能の現れなのも知れない。
それは、レオリオはもとより、ハンター協会を通じて呼び寄せた世界
屈指の医者にも治療不可能だった。
「ねェ、クラピカ。くじら島に来ない?」
ある日、ゴンはそう言い出した。
「くじら島……ゴンの故郷に?」
「うん。人も多くないから落ち着けるし、気候もいいし、食べ物も
おいしいし。環境を変えるのは良いって、お医者さん言ってたじゃん」
「オレも賛成。くじら島なら、療養には最適だと思うぜ」
キルアもゴンの提案に賛同し、滞在した時の感想をいろいろ語った。
「そうだな……」
ベッドに横になったまま、クラピカは考える。
幻影旅団は壊滅した。雇い主との契約も切れている。そもそも、今の
体では仕事になど就けない。
怪我もまだ癒えていないし、しばらくの間、静養するべきかも知れない。
何より、落ち着いて今後の事を考える時間が欲しかった。
断る理由は無い。
「おいでよ、クラピカ。オレ達も一緒に行くから」
「……では、そうしようか」
クラピカはくじら島の滞在を決めた。
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