「魔夏の夜の夢」
〜レオリオVer〜



───
ただの散歩だ。

それはレオリオにとって単なる建前ではなく、自分自身に対する
言い訳でもある。
だけどゴンとキルアは鋭く、レオリオの真意を見ぬいていた。

『もし、どっかで出くわしたら連れて来いよ』
『本当に逢えるといいね』

(別に……期待なんかしてねぇよ)
レオリオは内心でつぶやきながら、腕相撲の宣伝ポスターを抱え、
夜のヨークシンを彷徨い歩く。
繁華街を、地下道を、ダウンタウンを。
たったひとりの姿を捜して。


「……フ」
所在なげに港に佇み、レオリオは自嘲の笑みを漏らす。
対岸には、地上の星が宝石を散りばめたように輝いている。
この街のどこかにいるはずの相手も、あの光の一つに照らされて
いるのだろうか。

『九月一日、ヨークシンシティで
───

そう言って別れてから半年。約束の九月一日は、もう過ぎようと
している。
求める相手は今、どこで何をしているのだろう。
(クラピカ……)

レオリオは煙草をもみ消し、ホテルへと戻り始めた。

人ごみの中を歩きながら、レオリオの視線は無意識に周囲を
捜索する。
深夜になっても、不夜城ヨークシンに人影が途絶える事は無い。
背格好の似た金髪美人を見かけるたびにレオリオの胸は騒いだ。
もしや自分の捜し人ではないかと。
(…そんなトレンディドラマみたいな展開なんて、あるわけねー
よな…)
この大都会で、数時間やそこら歩いたところで 偶然出会える
確率など天文学的な数字ではないか。
そんなことはわかっている。
最初からわかっていたのに、心のどこかで諦めきれない。

───
と、レオリオの足が止まった。
人波が途切れ、前方に立つ人物の姿が目に入る。
「………!!」

そこにいたのは、クラピカ。
鮮やかな青い衣服をまとい、以前と変わらぬ人形のように端正な
表情でまっすぐにレオリオの方を見ていた。

「クラ…ピカ……」

互いの視線が絡み合う。喧騒は静寂に変わり、時はその歩みを
止めた。
切り取られた絵のような視界の中、金の髪がフワリと揺れる。
クラピカはスローモーションのようにゆっくりと
─── 実際には
一瞬の内に
─── レオリオの胸に飛び込んで来た。
突然の加重に、レオリオは抱き止めきれず 思わず一歩あとずさる。
見下ろすと、そこには何度も夢に見た、ガラス細工のように繊細な
面差し。
長い睫毛を伏せ、レオリオの胸に埋まるように頬を寄せて。
幻ではないかとレオリオは思った。
願望が、光のハレーションが、魔都の妖気が見せるホログラフ。
だけど、密着した体には質量と温度を感じる。
確かに、今。
この場に。
自分の腕の中に。
クラピカが居るのだ。

─── クラピカ……!!」

レオリオは腕の中の相手を抱きしめる。
柔らかい、暖かい、細い、愛しい、クラピカの身体。
しなやかな髪からは優しく懐かしい匂いがした。
細い指がレオリオの頬に触れる。
少し引き寄せるように顔を下向かせ、クラピカは
レオリオに口接けた。

目を閉じると、この世に2人きりのような錯覚が起きる。
何を言いたかったのか、何の為にここに居るのか、そんな事も
すべて忘れて。
ただ、固く強く抱きしめ合う。


間違いない、クラピカだ。
オレの愛したクラピカだ。
ずっと会いたかったクラピカだ……

レオリオはクラピカを抱きしめたまま、しばし動かなかった。




───
遠くでざわめきが聞こえる。
大勢の人間の足音、話し声、店頭から漏れるBGM。
ハッとして目を開けると、レオリオは雑踏の中 一人で立ち尽くして
いた。
腕の中には、虚無の空間。

(クラピカは……?)

その痕跡も気配も、何一つ無い。
やはり夢か幻だったのだろうか?

─── いや、違う)
レオリオは一瞬よぎった思考を否定し、自分の手を見つめて
確信する。
クラピカは、確かに今、ここにいた。
何の証拠が無くても、この腕が、唇が、細胞の一つ一つまでが
覚えている。
クラピカの体温、匂い、感触、……感情。

クラピカは元気で、この街にいるのだ。
そして半年前と変わらず、自分を想ってくれている。

レオリオは腕の中の空間を抱きしめた。まるで今もそこにクラピカが
いるかのように。


───
必ず逢える。逢ってみせる。たとえ何日かかっても。
そして今度出会ったら、二度と離さない………



夏の夜に魔都の見せた幻は、遠くない未来の現実
───



             END