「From Your Valentine」
     







―――
それは、本当に突然に。

2月13日の夜、クラピカの携帯にラブメールが届いた。

「明日、会えねえ?」
唐突に言われても、学生と違ってクラピカには仕事がある。
何をバカなと思っていたら、直後に電話がかかった。
『よぅ。メール見た?』
「……レオリオ。見たが、そんな急に言われても」
『ちょっとでいいから会おうぜ。つーか、もう近くの街に来てるし。
ムダ足させないでくれよ。なっ?』
「…………」
クラピカは絶句する。
こういう強引な所がレオリオらしいとは思うが、今夜の明日では
外出する為の適当な理由も思いつかないではないか。
それでも、わざわざ近くまで来た彼を追い返すには忍びないし
絶対に手を放せない重要な用事があるわけでもないし、何より、
彼に会いたい気持ちがクラピカにもある。
電話口で懇願するレオリオに溜息をつきながら、結局は承諾
せざるを得ない。
「……雇い主にかけあってみる。宿泊先の名前を教えろ」

何のかのと言っても、惚れた弱みには勝てなかった。




翌朝、クラピカはノストラードに外出の許可を願い出る。
最初は渋っていたものの、センリツが口添えしてくれて、屋敷を
出る事を許された。

「ねェねェ、出かけるって聞いたけど、もしかしてデートぉ!?」
どこからかクラピカの外出を聞きつけたネオンが、興味津々と
いった風情で問いかける。
「…なぜそう思うのですか?」
図星を指されたものの、クラピカは表面上は微塵も感じさせず
冷静な態度で聞き返した。
「だって今日、バレンタインデーじゃなーい!超マジメで日頃
全然遊ばない人が、よりによってこの日に出かけるなんて、
他に考えつかないわよー」
楽しげにまくしたてるネオンに、クラピカは不思議そうな瞳を
向ける。
「……バレンタインデー……とは、何ですか?」
その発言に、さすがのネオンも目を丸くした。
偽証ではなく、クラピカは本当に知らないのである。
知識は百科事典並みに博識で、異国文化にも造詣が深いが
色恋沙汰にまつわる世俗的な行事にだけは疎かった。
「ウッソォ!何それー、マジボケ?信じらんなーい!今どき、
こんな事知らない人がいるなんてー!」
嘲りの意図は無く、本気で驚いただけだが、ネオンの言葉は
容赦が無い。
クラピカは内心で憤慨しつつも、表面上は丁寧に対応した。
「……恥ずかしながら、田舎育ちなもので」
「ふぅ〜ん。じゃあ教えてあげる!あのねー、バレンタインデー
っていうのはねー……」



二時間後、クラピカはレオリオが宿泊するホテルに到着した。
ロビーで待ち合わせた姿を探すと、すぐに声がかけられる。
「クラピカー!こっちこっち」
周辺の客や従業員に注視されるのを気にもせず、嬉しそうに
手を振る彼に、クラピカの方が恥ずかしくなる。
それでも、久々の再会は嬉しいから厄介だ。
つい笑顔を浮かべそうになるのを堪え、平静を装って歩み寄る。
「会いたかったぜ!」
しかし人目もはばからず抱きしめて来たレオリオに、クラピカの
虚勢は無駄に終わった。
せめて衆人環視の中のキスだけは拒否して、ロビーの一角に
腰掛ける。
「久しぶりだな」
「そだな。ハイこれ」
そう言ってレオリオが差し出したのは、深紅のバラの花束。
テーブルに置かれていたそれは実に豪華で美しく、クラピカは
ホテル設置のアレンジメントだと思っていたのだが。
「…私に?」
「そ。あと、これもな」
更に渡された小さな平たい箱は、宝石屋の梱包と推察できた。
前触れもないプレゼント攻勢に、クラピカは戸惑ってしまう。
「あの、レオリオ…」
「開けてみてくれよ」
満面の笑みで期待に満ちたまなざしを向ける彼に、追及できず
クラピカは箱にかけられたリボンを解き、プレゼント仕様の箱を
開けた。
箱の形状から指輪ではないと察していたが、入っていたのは
細い金のブレスレット。
クラピカはしばしそれを見つめ、そしてレオリオに視線を移す。
「…レオリオ」
「気に入らねえ?これでもお前の趣味とか考えて選んだんだぜ」
確かに、クラピカの趣向と合致していた。
無意味に華美でなく、金にあかせた希少品というわけでもなく、
引っ掛かりにくいシンプルな形状で、丈夫なスネークタイプの
ブレスレット。
常に手首に嵌めていても、ほとんど邪魔にならないだろう。
「でも……どうして急に?」
今日は誕生日でもクリスマスでもない。クラピカには彼から
贈り物をされる理由が思い当たらなかった。
「なーに言ってんだよ。今日は聖バレンタインの日じゃねえか」
「……はっ?」
当然のように出て来た名称に、クラピカは目を丸くする。
「何?お前、もしかして知らねえとか?」
「し、知っているのだよ。……でも、それはその……女性から
男性に対する…ものではないのか?…」
少なくとも、ネオンの説明ではそうだった。
女性が、好きな男性にチョコレートを贈り、愛を告白する日。
かつて女性全般が慎ましさを強いられていた封建時代、女から
愛情表現をしても良いとされた、年に一度の特別な日だと。
「あぁ、そーいう国もあるんだっけ?」
「……違うのか?」
「オレの国では、男でも女でも恋人に愛情表現するのは、ごく
当たり前の事だぜ。日にちを特定するまでもねえよ」
平然と紡がれたレオリオの言葉に、クラピカの頬が赤くなる。
彼の率直な言動の根幹は、国民性だったのかと納得した。
「聖バレンタインてのは、昔、戦場での士気が下がるのを
危惧して若い兵士の婚姻を禁止した領主に内緒で結婚式を
執り行った司教の名前だよ。発覚して処刑されるんだけど、
投獄中に恋した盲目の娘に奇跡を起こして視力を戻したん
だって。それが発祥」
「…………」
クラピカは絶句する。
ネオンに聞いた説明とは、少々どころか全然違うではないか。
「現代ではだいぶ変わっちまったけど、2月の14日には恋人に
赤い花束とゴールドのアクセサリーを贈るのが、オレの国の
習慣なのさ」
言いながら、黄金のブレスレットに視線を移す。
一口にアクセサリーと言っても多種多様。実はレオリオなりに
考えたのだ。

耳飾りは、母親の形見を肌身離さず身につけている。
ネックレスは、あまり柄じゃない気がした。
指輪は、別の機会に 月収の三ヵ月分をつぎ込んで贈りたい。
そこで選んだのがブレスレット。
まるでクラピカ自身を拘束しているかのような念の鎖より、
思いを込めた黄金の輝きで手首を飾ってやりたいと思って。

「鎖を具現してない時は、それつけててくれよな」
嬉しげな態度を隠しもしないレオリオに、クラピカはますます
赤くなる。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、どう表現すれば良いのか
わからない。
「……あ…ありがとう」
「なんてな。本当は、この日にかこつけて会いたかったのさ」
まっすぐな瞳が正直な感情を伝えて笑う。
照れくささに恥じらいながら、クラピカも笑みを返した。
「さて。んじゃ、とりあえずメシでも食いに行く?」
――― 行かない」
思わぬ答に、レオリオの目が丸くなる。
クラピカは視線を落とし、小さな声で続けた。
「食事なら……ルームサービスをオーダーできるだろう…?」
その発言に、レオリオは一瞬目をまたたく。
そして、ひときわ嬉しそうに笑った。

レオリオはクラピカの正面に回り、膝まづいて手を差し伸べる。
クラピカはバラの花束を携えて立ち上がり、彼の手を取った。
その白い手首を飾るのは無粋な念鎖ではなく、金のブレスレット。


カバンの底に忍ばせている、買ったばかりのチョコレートの
出番は、まだまだ先だった。



END

「From Your Valentine」とは聖バレンタインが
恋人に贈った最期のメッセージ(カード)だそうです。

レオリオの国=イタリアの習慣がステキだったのでついv