「末は博士か花嫁か」

〜八幕〜



虚言とはいえ、結核患者を名乗った以上、クラピカがこのまま
家にとどまる事はできない。
ルクソ女学校では、クラピカの優秀な成績を考慮して、特別に
卒業を認めてもらえたけれど、卒業式には出席できなくなって
しまった。
それもやむなしとクラピカも叔父も納得している。


「くじら島でオレの先輩が小さな学校を開いてるんだが、教員が
足りないらしいんだ。女学校を出たばかりの小娘でも、子供に
読み書きソロバンを教えるには充分だろう」
叔父の紹介で、クラピカは遠い南の地方の田舎へ移り住む事が
決まった。








出立の日は、春の陽射しが降り注ぐ快晴。
蒸気機関車の並ぶ駅のホームで、クラピカは叔父にもう一度
お辞儀する。
「叔父上。今までいろいろ、ありがとうございました」
「気をつけて行けよ。ほとぼりが冷めたら連絡する」
当座の荷物と、付き添いのセンリツを伴って、クラピカは車両に
乗り込んだ。
その時、けたたましい足音をたてて、何者かが疾走して来る。
車両の窓の中を確認しながら、それでも一直線に、ただひとりを
目指して。
「クラピカ !!」
息を切らして現れたのは、レオリオだった。
あの雨の日の翌日、クルタ家の前で別れて以来の再会である。
「レオリオ……!」
クラピカは窓から身を乗り出し、堪えきれない笑みをこぼした。
思わず伸ばした手を、レオリオがしっかりと握り締める。
この期に及んで止めはしないが、別離の寂しさは否めない。

――― 元気でな」
「…ああ」
「これ、持っててくれ」
レオリオが差し出したのは、親友の形見の古い手拭い。
「でも、これは」
「あずかっててくれ。オレ、卒業したら取りに行くから」
それは実質的な求婚だった。
クラピカの目が丸くなる。そして、花が咲くような笑顔に変わった。
「……わかった」
受け取ったのは、手拭いのみならず。
「来年、迎えに行くからな」
「ああ」
「絶対行くから、待っててくれよ」
「ああ、待っている」
「約束だぞ」
「約束する」
抱擁できないのがもどかしく、二人は互いの両手を握り合う。
周囲の目など気にはならない。ただ、相手だけを瞳に映す。

「愛してるぞ」
「私もだ」
その言葉は出発の汽笛にかき消されたが、二人の耳にだけは
届いていた。
走り出す機関車と共に、繋いだ手が離される。
後を追うように、レオリオは駆け出した。
クラピカの名を呼びながら、ホームの端まで走ってゆく。
途中で一度転んだけれど、それでも起き上がって手を振り続けた。



「ガキか、お前は」
機関車が見えなくなった頃、レオリオの背に辛辣な声が投げつけ
られる。
姪との感動の別れを果たせなかった叔父は、不愉快そうな目で
レオリオを睨んだ。
「活動写真の主役にでもなったつもりか?恥ずかしい奴だな」
「……スンマセン」
思い返せばかなり恥ずかしい行動だったと気づき、レオリオは
赤くなって頭を掻く。
フンと鼻先で息を吐き、叔父は更に続けた。
「クラピカは結核患者の烙印を押されたんだぞ。帰って来ても、
いい家には嫁に行けねえだろう」
こうなってしまった以上、不本意だが仕方ない。
「責任は、きっちり取ってもらうからな」
「はいっ」
レオリオは背筋をピンと伸ばし、直立して即答した。
その真摯な目に曇りは無い。
叔父には、なぜ姪がこの男に惚れたのかまだわからなかったが、
将来性に賭けるくらいはしても良いかと考えた。
サトツ教授、ひいてはネテロ学長のお墨付きもある男だから、
多少は期待できるはずだろう。

「落第でもしてみろ。二度とクラピカには近づかせんぞ」
「はいっ、がんばります!」
そっけなく背を向ける叔父に、レオリオは奮起を宣言した。





「……危ない真似をして…怪我でもしたらどうするのだ…」
線路を走る機関車の中で、クラピカは言うともなしに呟く。
大きな図体で、子供のように手をブンブン振っていた姿が脳裏に
焼きついていた。
「でも素敵な方ですね」
――― ……」
渡された手拭いを見つめながら、クラピカは同意を示すように
優しく微笑む。

レオリオは、必ず約束を守るだろう。
ただ待つだけなど性分ではないが、ならばその間に、クラピカも
しておく事がある。
「センリツ」
「はい?」
「くじら島に着いたら、私に料理を教えてくれ」

一年間修行を積めば、苦手な事でも少しは上達するはずだ。
せめて人並みの妻として、恥ずかしくない女にならねば。
一度しか目を通さなかった「婦道訓」も、隅々まで読み返そう。
そう決意した。

「裁縫と、上手な洗濯の仕方も学びたいのだよ」
「はい、喜んで」
頬を赤くして頼むクラピカに、センリツは笑いながら承諾する。



明るい未来への希望を乗せて、機関車は軽快に線路の上を
走って行った。



劇終