「南の島」



絶海の孤島・ゼビル島。
熱帯雨林地方に属するが、海洋性気候の為、しのぎやすい。
常緑樹が島の大半を占め、食用の植物や天然の湧き水も豊富。
野生動物は小型の哺乳類や爬虫類・両生類などが多数確認
されているが、人間に危害を加える可能性のある大型の猛獣は
生息していない。


眩しく照りつける太陽の下、クラピカは清流を発見した。
上陸前から気温は高く、汗をかいた分だけ水分を消耗している。
手持ちのミネラルウォーターもあるけれど、クラピカは川べりに
膝をつき、水を掬って一口ふくんだ。
自然の恵みの美味しさと冷たさが心地よい。
ついでに顔を洗うが、どうせならこの際、とばかりに服を脱ぎ
緩やかな流れの中に入っていった。
身をひたした水は少し冷たいけれど、暑さにうだりそうな体温が
下がる気がする。
常温ですぐに乾くと察して、髪までざっと水をかぶった。
ひととおり汗を流し、深呼吸をひとつ。
その時、背後の茂みから視線を感じた。
クラピカは動じず、振り向きもせずに川底から小石を拾い上げる。
次の瞬間、気配へ向かって投げつけた。

「いってぇー!!」
狙いたがわず、小石は目標の脳天にクリーンヒット。
派手に音を立てて倒れる音が聞こえ、続いて苦情が上がった。
「おいコラ!何すんだよ、いてーじゃねえか」
「出歯亀に文句を言う資格など無いのだよ」
茂みをかきわけてレオリオが姿を現す。その眉間には小石の
命中した痕跡が明白に残っていた。
「だからって頭狙うかフツー?当たりどころ悪くて死んだら
どーすんだよ!」
「天罰だ」
「オレはお前の帰りが遅いのを心配して探しに来たんだぜ?
そしたら水浴びしてるし、見ちまうのは男のサガってもんだ。
仕方ねーじゃん」
「覗き見という破廉恥行為に及ぶ言い訳にはならないな」
「……お前な。仮にも他人じゃねえ男に対して冷たすぎねえか」
「犯罪者と縁を結んだ覚えは無い」
ツンと背を向けて言い放つクラピカの言葉は容赦が無い。
だが実際、覗き見ていたレオリオは反論できなかった。
こういう時は素直に謝るのが一番手っ取り早い。たとえ釈然と
しなかろうが、理不尽な気がしていようが、機嫌を損ねられる
よりマシだ。
それに、太陽光の下にさらされたクラピカの白い肌が眩しくて
おいしそうで、いろいろ我慢できそうにない。
レオリオはダッシュで駆け寄り、地べたに手をついて拝み倒す。
「すんませんクラピカ様。あんまりキレーなので見惚れました。
どうか近くで拝ませて下さい!いや、ぜひ一緒に水浴びを!」
「私は汗を流しただけだ、もう上がる。水浴びしたければ一人で
存分に浴びるがいい」

正直者の男の要望を、女神様は瞬時に却下したのでした。




釣り上げた魚を焼き、採取した果実を切り分け、食用植物を
炒めて、夕食の支度を整える。
持参した携帯食料は、あまり出番が無かった。
「やっぱ、こういう場所で食うならサバイバルなメニューの方が
美味いよな」
なんだかんだと言いつつ、レオリオは現状を楽しんでいる。
さもうまそうに魚にかじりつく彼を見ながら、クラピカは笑った。
「電気が無いから、夜間は少し不便だがな」
「夜間なんざ、する事ひとつしかないから別にいーじゃん」
迂闊な一言を放った途端、再度天誅が下される。

「どうしてそうデリカシーが無いのだ、お前は」
「それはこっちのセリフだぜ〜…」
頭のコブをさすりながら、レオリオはよろよろと起き上がった。
「だいたい、なんでここに来たいとか言い出したんだよ?」
その問いかけには答えず、クラピカはフイとそっぽを向く。
「同じ南の島なら、もっと利便性のいいリゾート地もあんだろ。
一流ホテルのスウィートルームだってチャージできんのに」
――― ……」
「よりによって、絶海の無人島。その上、電気も水道も無しの
野宿。お前がサバイバル好きだったなんて、オレ聞いてねえぜ」
――― ……」
「ま、ここにはいろいろと思い出あるから、わかんねーでも
ねぇけどな」
――― ……」
「新婚旅行には、ちょっとムード無いんじゃねえの?」
――― ここが良いのだ」
ようやくクラピカは口を開いた。その頬が赤いのは、焚き火の
影が映っている所為ではないだろう。
「新たな人生のスタートなら、ここから始めたかった。お前が言う
ように、いろいろな思い出があるからな…」
「クラピカ…」
沸き起こる愛しさのまま、レオリオはそっとクラピカの肩を抱く。
その胸に、クラピカも身を寄せた。
様々な思い出が走馬灯のように巡る。
第287期ハンター試験の第四次試験会場。あの時は生死を
賭けた戦いの場だったが、それだけでは無かった。

――― 初めて、お前に好きだって告白したんだよな」
「いきなりだったから驚いたのだよ」
「必死で口説いたんだぜ?もう後は無いかもって思ってたし」
「ああ、必死だった事はよくわかった。どもるし噛むし、なりふり
かまわず土下座はするし、プレートどころか命もあげますなどと
言い出すし」
「……よく覚えてんなお前」
レオリオの腕の中で、くすくすと笑いながらクラピカは回想する。
「思えば、あの時ほだされたのが失敗だったかも知れないな」
「おいおい、そいつは聞き捨てならねえぞ」
からかうように、レオリオはクラピカの頬に唇を当てた。
「その通りだろう?まだ何も知らなかった私に、よくもお前は」
「精一杯優しくさせていただきましたが」
更にキスが降り注ぐ。
愛しむように、戯れるように。

「…おかげで、私の人生は決まってしまったのだよ」
「だから責任取ってるじゃんか」
胸を張るように告げる声に、クラピカは笑って振り向いた。
視線が重なり、微笑と共に唇を重ねる。

これからの人生を共に歩むと決めた二人は、二人の原点たる
場所を、記念すべきハネムーンの行き先に選んだ。
すべてはここから始まったのだと。

くちづけは次第に深くなり、熱い吐息が絡み合う。



「……ちょっと待て。テントの中へ」
「いいだろ、ここでも」
「冗談ではない。せっかく寝床を設営したのに」
「ハジメテを思い出して屋外といこうぜ」

またしても、派手な殴打音が夜の森に響いた。

ここは南国・ゼビル島。



END