「フィメールの日」



全身にまとわりつくような不快な倦怠感に抗いながら、
クラピカは瞼を開ける。
睡眠は充分摂ったはずなのに、爽やかな目覚めとは程遠い。
下腹部を締め付ける痛みは多少おさまっているが、膝まで
痺れるように重く気怠い。
少し姿勢を変えるだけでも体が軋み、仕事どころか日常生活も
ままならず、横になっているのがやっと。
「……ウンザリだ」
呟きながら溜息をつくのも毎回の事である。

「よう、起きたのか」
レオリオの明るい声は、唯一の救いだった。
音を立てぬように気遣いながらドアを開けて入室した男は、
エプロン姿に何の違和感も無い。
「スープ作ってあるぜ。それともハニーミルクの方がいいか?」
「いらない」
彼の心遣いは嬉しいが、この体調のせいで食欲も減退している。
そんなクラピカに、レオリオは心配そうな口調で続けた。
「絶食はダメだ。少しでいいから何か腹に入れろ」
「でも、欲しくないのだよ」
「すきっ腹だと、薬も飲めないぞ」
「………」
医者の正論には勝てない。
クラピカは諦め気分で、重苦しい体を起こした。
レオリオは足早に駆け寄り、背中を支えて介助する。
「まるで病人扱いだな…」
「そりゃ仕方ねえだろ」
「ウンザリだ」
もはや何度目か知れない言葉を呟き、クラピカは座った体勢を
整える。
途端に血液の下がる感覚が気持ち悪い。
こんなものを背負った我が身が呪わしかった。
憂鬱で、不快で、煩わしくて。
体の苦しさにも増して、心が重くて堪らない。
「待ってな。今スープ持って来るから」
「すまない、面倒をかけて」
「いいってことよ」
レオリオは内心、普段あまり構えない恋人の世話を焼く事を
嬉しく思っていた。
もちろん、本人には口が裂けても言えないが。


「ほいお待たせ。レオリオ特製スープだ、残さず食えよ」
湯気の立ち上る温かいスープは、コンソメベースにベーコンと
ホウレン草入り。
食材の知識にも詳しい彼が、鉄分補給を考えてくれたのだろう。
クラピカ好みの味付けも完璧で、何を作ってもとても美味しい。
「……美味しいのだよ。ありがとう」
一口いただくと、胸の奥まで温かさが広がってゆき、クラピカは
素直に感謝と感想を述べた。
「ご希望なら毎日でも愛妻ならぬ愛夫料理を作ってやるぜ」
尽くす気満々で楽しそうに返すレオリオに、クラピカは笑う。
「この体調はイヤだが、お前の料理をいただけるのは嬉しいな。
――― 今までずっと、こんなもの無ければ良い、男に生まれて
来たかったと思っていたのだが」
クラピカが愚痴をこぼすのは珍しいが、それも情緒不安定の
所為だろう。
独り言のようなものだったが、レオリオはつい反論した。
「それは困るぞ」
「何故?」
思わずといった感じで言ったレオリオに、クラピカは追及する。
この苦労をわからぬ者に、無責任な発言をされるのは心外だ。
レオリオは失言を悟ったのだろう。困ったように目を泳がせ、
もぐもぐと言葉を探している。
「あー……いや、それはなぁ………うー、……いや、やっぱ
困らねえ。オレはお前が男でもいいや」
クラピカの目がふと丸くなる。

――― 何だ、そんな意味だったのか。

そう気づき、表情を緩めて微笑を浮かべる。
「…そうだな。無ければ無いで、正常な発達を遂げていないと
悩んだかも知れないし。健康な証だと思う事にしよう」
「やっぱ、無きゃ困るよな。いや、現時点で無いと言われても
別にいいんだけどさ」
クラピカの態度が軟化するや、レオリオは更に口を滑らせた。
一人で照れたり鼻の下を伸ばしたりしている彼の脳内で展開
されている情景が目に見える気がして、クラピカは鋭く睨む。
「人の苦労を妄想のネタにするな」
「……すんません」

それでも、初日の激痛で息も絶え絶えな所へ電話して来た彼に
異常を察知され、実はと告げたクラピカの元へ速攻で飛んで
来てくれた事に感謝している。
悩みの種でしか無かった現象も、少しだけ存在を見直した。

レオリオの為に『あってよかった』と思いたい。
そしていつか、『無い』と伝えて喜ばれたなら。

「お前こそ、何を妄想してんだよ」
「!」
淡く紅潮した頬と、緩んでしまった表情を指摘され、クラピカは
一気に赤面する。
まさかレオリオと同じ事を妄想していたとは言えない。
「妙な言いがかりをつけるな!スープが熱かっただけなのだよ!」
つい出してしまった大声が響き、クラピカは腹を抱え込む。
「おい大丈夫か?」
「〜〜〜………」
「こんな日くらい、おとなしくしてろってこったな」
すっかり読めてしまったレオリオは、含み笑いを浮かべていた。


悔しいけれど、今日は勝てない。
女は本当に不自由だ。
楽しそうなレオリオが憎らしい。
男は、この苦痛も不便さも一生知る事が無いのだから。


――― 終わったら、憶えていろ)

下腹の痛みに顔を顰めつつ、クラピカはスープを飲み干した。


END
フィメール=female=オンナ、です。
クラピカは毎回重症っぽいと勝手に妄想。





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