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その夜、クラピカはノストラードの情婦の一人を自宅へ送り、
屋敷に戻る途中だった。
(尾けられている――― )
日頃から敵意や悪意などといった感情には警戒を怠らない。
しかし仮にもハンターを狙うなら『絶』は基本だと思うのに、
今夜の相手は気配や存在を隠す事もなく姿を現した。
「!?」
途端にクラピカは驚愕する。
なぜなら、それは人間ではなかったから。
背丈は人間の成人と同等だが、全体的には獣の様相。
その背には羽根らしき物体が生え、頭には触覚、手足には
昆虫の如き複数の鉤爪がある。
博識のクラピカだが、記憶を総動員してみても、知りえない
生き物だった。
「……何者だ!?」
誰何には答えず、不気味な生き物は舐めるような視線で
クラピカを見た。
「スゲェ、レアだ…」
薄笑いと共に漏れた呟きは人語。
魔獣かも知れないとは思っていたが、こんな種族は初めて
目にする。
「この光、この気配……二匹といねえレアモノのメスだ。
こんな極上品を最初に見つけるなんて、運がいいぜ…」
何を言っているのか、クラピカには理解できない。
それでも、明らかな害意を察して身構える。
「何者だ!! ――― 『蜘蛛』の仲間か!?」
「クモ?そんな軟弱な蟲は混じってねぇよ」
言うや否や、その生物はクラピカに襲いかかった。
若輩のハンターとはいえ、クラピカの戦闘能力は上位に
位置している。
にも関わらず、苦戦するほど相手は強かった。
縦横無尽に放つ鎖を、すばやい動きでかわされる。
正体が知れないという事も一因ではあるが、速さも知能も、
並みの魔獣のレベルではない。
何より、『念』と同様の攻撃能力も有していたのだ。
だが殺害の意図はなく、捕獲を狙っているように思える。
「目的は何だ!」
交戦しながらクラピカは問う。
狙われる心当たりはたくさんあった。
最後の緋の眼を持つクルタ族で、ハンターで、マフィアの
ボディガードで、更には幻影旅団を敵に回しているのだから。
しかし返った答えは、その中のどれでもなかった。
「王になる!!」
狂気にも似た自己陶酔の目で、その生物は宣言する。
「レアモノのメスに王を産ませて、王国を築く!それがオレの
目的だァ!!」
――― 今、何と言った?
予想外のセリフに、クラピカは困惑する。
しかし直後、対峙した時の第一声を思い出した。
――― 『レアモノのメス』。
自分を見て、確かにそう言った。
――― 王を産ませる?
ということは。
世にもおぞましい結論に、クラピカの血が一気に冷える。
「交尾させろ!そして王を産め!!」
「――― ふざけるなっ!!」
一瞬で緋色に変わった瞳を閃かせ、クラピカは鎖を放った。
「そんなモンじゃ殺られねェ――― 」
言葉途中で、鎖を避けた化け物の視界は真紅に染まる。
眉間に、黒い柄のダガーが深々と突き刺さっていた。
鎖はフェイクで、こちらが本命の攻撃だったのだ。
「テメェ……」
地面に崩れ落ちながら、敵はクラピカを見上げる。
――― 予想以上に強い、レアモノのメス。
これなら、きっと最強の女王として、最強の王を生んだだろう。
そして自分は、無敵の王国に君臨できたはずなのに。
分不相応の見果てぬ夢は、命と共に消えていった。
「あいにくだが、クルタ族は王制度ではないのだよ」
既に息絶えた相手に、クラピカは冷たく言い放つ。
そして額に突き立てたダガーを引き抜いた。
それは以前、別れ際に渡された、レオリオの愛用品。
――― 妙な所で役に立ってくれたものだ。
感謝はさておき、クラピカは化け物の死体に目を向ける。
改めて見ても、どう分類すれば良いのかわからない生物だ。
狙われたのは『クルタ族』でも『クラピカ』でもなく、どうやら
『ハンター』だと思われる。
王国設立云々と言っていたが、もし他にも同様の仲間が
いるとしたら。
正確な事は不明だが、何かとても不吉な事が起きているような
予感がする。
とりあえず、ハンター協会には報告した方が良いだろう。
もっとずっと悪い事態になる前に。
大切そうにダガーを仕舞い、クラピカはその場を後にした。
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