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久しぶりの休暇で、レオリオの元を訪ねたクラピカは、迎えに
現れた彼を見て驚いた。
「…………レオリオ、か?」
「何言ってんだよ。こんなイイ男が他にいるかっての」
なかば呆然とレオリオを見る。なぜならば、彼は金色の髪をして
いたから。
「どうしたのだ、その頭は」
「んー?イメージチェンジ。てか、やっぱ王子様は金髪碧眼てのが
お約束だろ?」
「…………」
クラピカは困惑してしまった。
髪の色が違うだけで、受ける印象はだいぶ異なる。その上、今日は
珍しくクリーム色という明るい色のスーツを着ており、まるで別人の
ように映った。
「なぁんだよ。愛するハニーと同じ色にしてみたかったオレの気持ち、
察してくれねーわけ?」
大げさな言葉と共に、わざとらしく擦り寄って来る。
ちゃっかり肩を抱く手の早さは相変わらずで、中身は少しも変わって
いない。
「くだらない事を…」
呆れたように呟きながら、クラピカは心のどこかで安堵して、共に
レオリオのアパートへ向かった。
髪の色が何色でも、レオリオはレオリオ。
それでも金髪の彼に抱きしめられると、違う男に触れられて
いるような錯覚が起きてしまう。
「……どうした?」
身を固くするクラピカに、レオリオは問いかけた。
「なんだか……その髪に慣れないのだよ…」
「だったら、目つぶってな」
レオリオは至極明解な解決策を提示する。
だがクラピカとしては、せっかく会えたのに、顔が見えないのは
嬉しくない。
せめてもの折衷案として、灯りを限界まで落とす事にした。
「クラピカー、悪ぃけど服持って来てくれー」
朝の浴室からレオリオの呼び声が響く。
一人暮らしの彼はシャワー後、全裸もしくはタオル一枚で出て来る
のが常だけど、クラピカの前でそれをすると怒られる。
ならば最初に服を用意してから入れば良いのだが、日頃の習慣は
なかなか抜けないものらしい。
やれやれと思いつつ、クラピカはベッドから出てクローゼットを開けた。
中にはズラリとスーツが並んでいる。それはレオリオにとって普段着で
休日以外は毎日のように着ているから、当然といえば当然なのだが。
(…?)
ふと、クローゼットの片側に目が止まる。
数着のスーツが、ビニールを掛けられたまま吊るされていた。
クリーニング帰りかと思ったが、見ればタグのついたままの新品も
混じっている。
いずれも黒に近いダークカラーで、シャルルサーチやヴェルマーニ等
名だたる高級ブランドの逸品ばかり。いかにもレオリオの好きそうな
物だったが、着用の跡が見られない。
――― 勝負用の一張羅か?
それにしては、自分といる時に着ていないのは何故だろう。
思い起こせば、最近の彼はスーツでもシャツでもライトカラーばかり
着ていたような気がする。
好みが変わったのだろうか?
不審に思いながら、クラピカはTシャツとジーンズを取り出した。
「おー、すまねぇな」
「レオリオ、今夜は外に食事に行こう」
着替えを渡すや、クラピカは一方的に告げる。
ドア越しに聞きとめ、レオリオは不思議そうに問いかけた。
「外に?晩メシはオレの新作メニューを披露しようと思ってたんだが」
「たまにはレストランへ行きたいのだよ」
「……いいけど」
クラピカがこういう意味で我を通したがるのは珍しい。
特に反対する理由も無かったのでレオリオも同意した。
「んじゃ作るのは昼メシにするよ。ディナーは豪華に行こうぜ♪」
明るい言葉と共に浴室から出て来るレオリオには、何の含みも
感じられない。
深読みしすぎだっただろうかと考えて、クラピカは内心反省した。
昼食には、この国特産の魚介とズッキーニ入りでレオリオが得意の
フェットチーネと生ハムのサラダを振舞った。
それから夕刻の外出の為に、クラピカのドレスを買いに出る。
五つ星のレストランを予約したので、フォーマルとは言わないまでも
旅装や普段着のような軽装では入れないのだ。
「……この国では露出過多な衣装しか売っていないのか?」
ブティックを巡りながら、クラピカは溜息をつく。
一流のショップを回っているのに、目につくドレスはいずれも胸元が
大きく開いたVカットだったり、肩丸出しのベアトップやワンショルダー、
キャミソールワンピースなどが圧倒的に多いのだ。
「そーいうのが流行なんだから、仕方ねぇんじゃねえ?」
むしろそういうタイプが大好きなレオリオは、困ったように笑いつつ
楽しそうに店内を見回している。
「……次の店に行くぞ」
「はいはい」
レオリオの腕を引きながら、クラピカは店を出た。
だが次の瞬間、ピタリと足が止まる。
その視線は、前方の通りを進む一人の男に釘付けられていた。
ファー襟の黒いロングコートを着た黒髪の男。
――― 別人である事はわかっている。
それでも、クラピカは胸触りの悪い感情と共に、男の背中を睨んで
しまった。
「!」
不意に腕を引かれ、クラピカの顔はレオリオの胸に埋められる。
「レ…」
「ただのビジュアル系野郎だよ」
平常を装っているけれど、その声はどこか暗い。
「……レオリオ?」
「お前は見なくていい」
レオリオは宥めるようにクラピカの髪を撫ぜる。
「ったく……ただでさえ黒髪が多いのに、あんなモン着んなよなぁ…」
(……!)
溜息と共に漏れた呟きを聞いた瞬間、クラピカの脳裏で何かが弾けた。
――― もしかして、彼は。
「レオリオ…」
「ああ、落ち着いたか?」
「お前、もしかして……」
「ん?」
金色の髪を見上げながら、クラピカは言葉を捜す。
彼が黒髪を染めた理由は。
ダークカラーの服を着なくなった理由は。
「…………」
「クラピカ…?」
あの男が、黒髪だったから?
黒い服を着ていたから?
クラピカの心に傷として残る、黒い影。
それを思い出させまいとして―――?
「…………一緒にするな。バカ」
突如、クラピカはレオリオの襟元を掴んだ。
そして彼の頭に手が届くよう、引き寄せる。
「な、何だ?」
「この髪、元に戻せ」
「え?だって一昨日染め…… っと、いや、えーと」
――― やっぱり。
口を滑らせたレオリオの目線が泳いでいる。
「私が来るから染めたのか」
「あー… まあ、…うん」
「私の為だと言うなら、戻せ」
「……でもよ、その… …似合わね?」
それには答えず、クラピカはレオリオの胸に抱きついた。
「……私は、お前の黒髪が好きなのだ」
一目で生まれた国がわかる、その血を誇るような黒い髪。
自分を一番魅力的に見せると悟って着ていたダークカラー。
その姿のレオリオに恋をした。
色を変えたくらいで、気持ちまで変わる事は無いけれど。
「……無理に変えようとしなくて良いのだよ」
「クラピカ……」
見抜かれた事にレオリオは苦笑し、クラピカを抱き返す。
そのまま、白い顔を上向かせて口接けた。
昼日中、公衆の往来でキスを許すなど、クラピカにしては珍しい。
だが今回ばかりは拒む気にならなかった。
レオリオの腕の中が心地よい。
抱きしめられていると、心を蝕む黒い影が薄れてゆく。
「オレの髪、好きか?」
「好きだ」
「オレの事、好き?」
「好」
感情に流されていたクラピカは、ハッと我に返った。
気づけば一気に恥ずかしさが押し寄せ、顔が赤くなる。
「クラピカ、返答は?」
「こ、こんな所で何を言わせるかっ」
「いいじゃねえか。なぁ、クラピカー」
「い…言うまでも無い事なのだよ!」
真っ赤になった恋人を抱き寄せ、レオリオは嬉しそうに笑った。
その夜、レストランに現れたレオリオは、黒い髪にダークカラーの
新品のスーツ姿、クラピカはレオリオが選んだ白いオーガンジーの
キャミソールドレスを着ていた。
ディナーの後は、二度目の夜。
今宵は目を閉じる事も、灯りを落とす必要も無い。
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