「幸福という名の痛み」




「……ちょっと待て!今どこに居るって言った!?」

久しぶりにクラピカから電話がかかり、喜んだのもつかの間、
現在の滞在先を聞いた時、レオリオは耳を疑った。
そこは戦火が燻り続ける政情不安の国で、今なお武力抗争や
テロが横行している危険地帯。
そんな所に、クラピカは赴いたのだ。
「なんでまた、よりによって…」
『ここに住んでいた貴族が、緋の眼を秘匿していたらしいと
聞いたのだよ』
「だからって」
報道で知るだけでも、その国は連日、空からは空爆、地上には
地雷、街には武装勢力が溢れ、どこにも安全な場所など無い。
外国人だろうが民間人だろうが関係なく襲撃事件も起きていると
いう国へわざわざ入るなど、いくら何でも危険が過ぎよう。

『実在するなら、略奪や空爆で失われる前に回収しなくては
ならないからな』
「お前なァ…今、その国がどういう状況だか、マジわかってる?」
『大丈夫だ。このホテルには他国のジャーナリストも大勢いるし、
少なくとも攻撃の対象とはされていな
―――
その時、突如として巨大な爆発音が轟いた。

――― クラピカっ!?」
鼓膜をつんざく大音響に、レオリオは思わず電話を耳から離す。
「クラピカ!! おい、どうしたよ!? クラピカ!!」
慌てて呼びかけたけれど、もはや何の音も聞こえない。
急いでニュースチャンネルをつけると、すぐに速報が流れた。

――― 国で外国人ジャーナリストが多数滞在しているホテルが
爆撃を受けた模様。建物は現在炎上中、一部崩壊も始まっており、
宿泊客の安否は不明
―――

レオリオの全身から血の気が引いた。










         


累々と怪我人が並べられた様は、まるで野戦病院。
医療施設はどこもパンク状態で、隣国にまでも搬送されて行く。
薬も医者もとても足りず、急遽 インターナショナル・レッドクロスや
無国境医師団が救援に駆けつけて来た。
――― その中に。

「レオリオ?」
思いがけない姿を発見し、クラピカは呼びかける。
白衣の集団の中、ひときわ高い身長に目を引かれ、見れば自分の
よく知る男。
しかし彼はまだ医学生で、現場で働ける権限など無いはずなのに。
だがそれは間違いなくレオリオで、クラピカを発見するや目を見張り、
まっすぐ走り寄って来た。
「久しぶりだな。なぜここへ
―――
次の瞬間、クラピカの頬に衝撃が当たる。
殴られた事に気づいたのは、地面に倒れ込んでから。
「なにを…」
咎める前に、今度は身体を拘束される。
否、レオリオに抱きしめられていた。
「レオ」
――― ばかやろうっ!!」
名を呼ぶ間もなく怒鳴られる。周囲の医者や怪我人まで、何事かと
驚くような大声だった。
「ばかやろう!ばかやろう!! 何が久しぶりだ、何が大丈夫だ!
この5日間、オレがどんな気持ちだったと思ってるんだ
――― !!」

ホテルの爆撃から、5日が経っていた。
生存者はわずか数名、無傷で脱出したのはクラピカのみ。
もちろん念による防御の賜物だが、あの惨状では生存自体が
奇跡的で、周囲に知られたら、何故という追及はまぬがれまい。
それを察し、クラピカは一足早く姿を隠した。
しかし衛星携帯電話はホテルや他の荷物と共に瓦礫と化している。
パソコンも、携帯電話も、この国には普及していない。
レオリオに無事を伝えようにも手段が無くて、やむなくボランティアを
装い、医療施設に身を寄せた。
ここで通訳や看護の手伝いをして、外国から医師団や報道陣が
訪れたら、彼らに通信機器を借りようと考えて。
まさか、レオリオ本人が来るとは思ってもみなかった。

「オレが、 どんなに、 心配… したと…… 」
力を加減できず、全力でクラピカを抱きしめ、レオリオは嗚咽する。

心配で、不安で、夜も眠れず、食事も咽喉を通らなかった。
クラピカに限って とは思いながらも、否応なく最悪の事態を想像
してしまう。
だが駆けつけようにも、混乱の続く異国で たった一人を捜索
するのはきわめて困難、ヘタをすれば自分の身すら危ない。
それならばと無国境医師団に同行を願い出たが、医師資格を
持たない医学生など役に立たないという理由で拒否された。
しかし、そこはハンター証で強行突破。
他人を頼ってなどいられない。自分自身の目でクラピカの無事を
確かめなければ。
それでも現場に近づくにつれ、恐怖がつのった。
背格好の似た死体を目にするたび、確認せずにはいられない。
金髪の遺体を見るたび、寿命が縮んだ。
見つかって欲しいけれど、見つけたくないような、複雑な葛藤。
もし、自分の手の及ばない異国で、誰にも知られずたった一人で
死なせていたら、一生、心に傷として残る。
そして、もし最期の言葉が『助けて』だったなら、傍にいて助けて
やれなかった事を、生涯 悔やみ続けるだろう。
せめて臨終を見届ける事のできた親友の時の方がマシだ。

「ばかやろう……」
子供のように泣き崩れるレオリオに、呆然としていたクラピカも
我に返る。
罪悪感が胸を刺した。
残される側の心の痛みは、よく知っていたはずなのに。

レオリオは止めなかった。
どこへ行くにも、何をするのも。
『仲間の為』だから。
止めても止まらないとわかっているから。

「レオリオ…」
伸ばした腕でレオリオの背を抱き返す。
「……すまない」
クラピカは心の底から詫びた。
仲間の眼の為なら、迷わず危険に飛び込む自分を、彼は
許してくれている。
だけど本心では、こんなにも心配しているのだ。
わかっていたつもりでも、目の当たりにしたのは初めてで、
改めて想いの深さを知った。

愛しているから、止めない。
愛しているから、心配する。
愛しているから、置いて逝かれたくない。
――― そんな、当然の事を。

「すまない、レオリオ」
人目をはばからずしゃくり上げる彼を、宥めるように髪を
撫ぜる。
「私は生きているのだよ」
「あたりまえだ……バカ野郎…」

自分の望みだけを追って生きていくなら、その為に命を
落としても本望だろう。
だが同時に、愛する者の想いを置き去る事でもある。
たとえどんなに崇高な目的で、それをできるのが自分しか
いないとしても、後に残されて悲しむ者がいるという事を
忘れてはならないのだ。

「……ごめん、な…」
手を上げた事を悔いているのか、レオリオは弱々しい声で
謝罪する。
クラピカは無言で首を振り、更に強く抱きしめた。

頬を腫らす痺れも、背中に食い込む腕も、愛されている証。
この痛みを、決して忘れまい。


――― こんなにも幸福である事を。



END

ある意味、時事ネタ。
不謹慎かも知れませんが、感情を文章化するのは
物書きの宿命なのです。