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『偽証は強欲と等しく、もっとも恥ずべき行為だと考える』
そう躾けられ、自らの信念としていたのに、いつのまにか私は
偽証ばかりする人間になっていた。
「お前みたいな奴、嫌いじゃないぞ」
船上で会話をかわしながら、ふいに言われた言葉に、なぜか
心臓がドキンと跳ねた。
つい先刻まで火花を散らし、決闘にまで及んだ相手が、今は
笑顔で歓談している。
戦士達の、拳や剣で語る という例えのように、一度本気で
感情をぶつけた事が、警戒を解いたのかも知れない。
なのにその時の私は、戸惑いの方が大きくて、顔を背けるしか
できなかった。
「わかったか!? 金 金 金だ!オレは金が欲しいんだよ!」
第一次試験のさなか、なりふりかまわず走りながら彼は叫ぶ。
足りない才能の分、努力で補おうとしている姿勢には正直、
感銘を受けた。
ハンターを目指す動機も、充分立派だと思う。
彼ならたとえ大金を得ても、溺れず奢らず素晴らしい医者に
なるだろう。
そう思って、前を走る彼に、激励の言葉をかけたくなった。
なのに、私の口から出て来たのは。
「…もっと上品な言い回しができないのか」
――― そんな、可愛い気の無いものだった。
後から思えば、よく嫌われなかったものだと感心する。
会話のたび、私は彼に指摘されたのに。
「かっわいくねぇなぁ」
そんな事、言われなくてもわかっている。
「お前なー、そんな態度してっと友達なくすぞ?」
友人を作る為に試験に臨んだのではない。
「もっと素直になれっての」
…………どうしろと言うのだ。
彼の言葉の一つ一つが、私を悩ませる。
思いがけない事ばかり言われ、返答に困ってしまう。
それでも、怒って立ち去るでもなく行動を共にしてくれる彼に、
私は内心、安堵した。
もっと彼の事を知りたいから。
共に合格を祝いたいから。
もっと親しくなりたいと思い始めていたから。
「オレさ……お前に惚れた気がする」
突然そう言われたのは、第三次試験の真っ最中。
私はただ驚くばかりで、目を丸くするしかできなかった。
顔が熱くて、舌がもつれて、高鳴る心音が煩くて。
「…そんな事を言っている場合ではないだろう」
ようやく紡いだ言葉には、感情を含む事もできず。
本当は、悪い気はしなかったのに。
――― いや、嬉しかった。
なのに恥ずかしい気持ちが先に立ち、適切な言葉が見つからない。
それから彼は、試験が終わるまで、その事には触れなかったけれど、
試験が終わったら、毎日のように告白して来るようになった。
「好きだぜ」
「……ああ」
「好きだぞ」
「…何度も聞いたのだよ」
「好きだ」
「……礼を言う」
「何だそりゃ」
好意に対する礼を述べた私に、彼は苦笑した。
「なぁ、お前、オレの事どう思ってんの?」
どうもこうも、こんなに長期間 共に過ごしているのに、わからない
ものだろうか。
「…………嫌いではない」
もっと率直に返答するべきかも知れないが、私としてはこれが
最大限の譲歩だった。
「んじゃ、キスしていい?」
――― だからなぜいきなりそうなる。
こういう時の受諾の言葉を、私は知らない。
学んだ文献には記されていなかった。
どうしようかと考えて、散々悩んで、一言告げる。
「…………勝手にしろ」
「うん、する」
結局、このパターンが治る事は無かった。
あの時も。
「恥ずかしいのか?」
「そんな事は無い」
「…初めてか?」
「……答える必要は無い」
「怖いのか?」
「……平気だ」
別離の日も。
「別れ難いなぁ」
「いつまでも未練を引きずるものではない」
再会の日も。
「会いたかったぜ」
「君はこれといって変化も無いな」
――― ことごとくが偽証。
なぜ思考と逆の言葉ばかり出て来るのか、自分でもわからない。
救いだったのは、彼もそれに気づいていたらしい事。
「お前はホンットーに変わらねえなぁ」
以前は困惑したり勘に触っていたようだけど、とうに慣れた彼は
今ではただ鷹揚に笑うだけ。
その心の深さが好きだ。
私を誰よりも理解してくれている。
距離も時間も越えて、私を想い続けてくれている。
どこまでも優しくあたたかい彼が大好きだ。
……告げた事は無いけれど。
そんな状態が何年も続いた。
一緒に暮らし始めると、今更という思いが照れくささを増大させる。
言葉など無くても思いは伝わるから、私たちはこれで良いのかも
知れないと考え始めた。
――― それも、ある意味では偽証。
本当は、素直になれない自分と、彼に対する甘えを改善したいのに。
「なぁクラピカ、天邪鬼って知ってるか?」
「東洋の伝説の?もちろん知っている」
文献によると、それは人が右と言えば左、左と言えば右と、常に逆の
行動を取る、架空の生き物。
……気づいた瞬間、彼が何を言いたいのか悟ってしまう。
「前から思ってたんだけど、お前、正にその天邪鬼だよな」
「……悪かったな」
やはりと言うか、予想通りの言葉である。クスクス笑う男を睨みつけ、
私はそっぽを向いた。
自覚くらいあったけれど、直に言われると腹が立つ。
「オレはな、大抵の奴からスッゲーわかりやすいって言われるんだぜ」
「つまり単純と言う事だろう」
直後、またやってしまったと、内心で落ち込む。
いつもの事ながら、知らない者なら喧嘩を売っているのかと思うような
言い方だ。
自分でもわかっているのに、どうにも直らない。
「わかりやすい男って、天邪鬼には似合いだと思わねえ?」
「…?」
ふと、背後から伸びて来た腕が私を拘束した。
「やっぱ、お前にはオレがついてた方がいいよ」
「何…」
耳元で、低い声が真摯にささやく。
「結婚しようぜ、クラピカ」
「………!」
その瞬間、全身が硬直した。
「オレたち、ずっと離れず一緒にいよう」
「…………」
震える唇を噛み締める。
何も言えなかった。
いや、言ってはいけない。
私の口から出る言葉は、本心とは逆だろうから。
今度ばかりは偽証できない。
代わりに、黙ったままで頷いた。
途端に、涙の雫がポタポタと落ちる。
「マジOK?」
もう一度、頷いた。
偽証ばかりしてしまう私の、本心を知っているのはお前だけだから。
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