「来るなら来い」 ※パラレル現代劇の設定です※ |
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『叔父上、来週の日曜日は何か予定があるか?』 久しぶりにかかって来た姪からの電話で、そう問われた。 「別に無いが。…何か用か?」 『ならば空けておいてくれ。話したい事があるので、そちらへ 行くから』 「話したい事?何だ?」 『……それは、レオリオから直接聞いてくれ』 電話を切り、溜息をつく。 珍しく姪が訊ねて来るかと喜んだのもつかのま、件の悪い虫も 同行するのか。来なくていいのに。 一つ部屋に住んでいるくせに、どこへ行くのも一緒か。 子供じゃあるまいし。仲の良い事で。 厭味のつもりで浮かんだ言葉に、自己嫌悪する。 わざと用事を作ってすっぽかしてしまおうかとも考えるが、偽証を 嫌う姪を怒らせそうなので、やめておく。 苛立ちは大きな溜息となって吐き出された。 「会いたくない奴に会わなきゃならんってのは、ストレスだな」 将棋を指しながらブツブツとこぼす愚痴を、長い付き合いの友人は 苦笑しながら聞いてくれる。 「それは社会人にとって避けて通れぬ道ですよ」 シャツの裾をだらしなくはみ出している公務員に言われたくはない。 「会いたくないのはお互い様だろうに、一体何の用なんだか」 「もしかすると、アレじゃないですか」 問うともなしに呟いた言葉に、ウイングは静かに答える。 「何だ?アレって」 「アレですよアレ。娘を持つ父親が、人生で一番嫌がる用事」 言われた意味に気づいた瞬間、駒を置く手が滑った。 「まだまだ子供だと思っていた可愛い娘が連れて来た男に、ある日 突然『お父さん、お嬢さんを僕に下さい』って言われるアレ。うちのは 男の子だから想像つかないけど、辛いらしいですねえ」 などと言いつつ、眼鏡の奥の目は楽しそうに笑っている。 そうだ、こいつは経験者だった。 「私もその日は心底緊張して、一張羅のスーツを着て、老舗の高級 菓子店で手土産買って行ったんです。前の晩は眠れずに、何度も 決めゼリフを繰り返し練習しましたよ。懐かしいなあ」 しみじみと生々しく経緯を語ってくれるな。アイツに言われる図を 想像してしまうじゃないか。 「な、な、な、何をバカな。あいつらはまだ大学生だぞ」 動揺した隙を突かれて、飛車を捕られる。 「第一、オレは二人の仲を認めた覚えは無い」 「昨今、恋愛禁止のアイドルは、認めさせる為なら妊娠もしますよ」 「に…」 「そしてめでたくデキちゃった結婚。珍しくもありません」 「デ…」 「王手」 頭の中が真っ白になった勝負は、惨敗だった。 確認する勇気も出ないまま、約束の日が来てしまう。 イライラと落ち着かず、立ったり座ったり、外をうかがったりする内に 玄関チャイムが鳴る。 心臓が跳ね上がる気がした。畜生。オレはいつからこんなに臆病に なったんだ。 「久しぶり、叔父上」 「…おう」 「……お邪魔します」 「…………おう」 二人の姿を見た途端、更にイヤな予感がした。 クラピカはいつもの軽装ではなく、珍しくもワンピース。 馬の骨にいたっては、スーツときた。見たところ新品で、質も良い。 妙に緊張したツラしやがって。見れば目の下にクマ作ってるし。 手には大事そうに風呂敷包みを持ってるし。 ウイングの言葉が脳裏に蘇った。不吉な符号が一致している。 やっぱりアレか。アレなのか。畜生ガッデム馬鹿野郎。 「叔父上。いつもの作務衣ではないのだな。珍しい」 「……お前こそいつもと違うじゃねえか」 オレだって西陣の着物ぐらい着る。つーかなんで着ちまったんだオレは。 これじゃあ、まるで覚悟して待ってたみたいじゃねえか。 「大事な用があるから、今日は特別なのだよ」 そうか。そうなのか。やっぱり特別な日なのか、姪よ。 まだ17歳の若い身空で、本当に本気であんな男に決める気か。 悶々としながら、客間に座る。 茶を入れて来ると言ってクラピカが台所に立つと、瞬時に空気が 刺々しくなった。 「…………」 「…………」 こいつに姪を盗られると思うと、視界に入れるのも不快だ。 睨まずに目を閉じてやる。奴も視線を落としているからお互い様か。 凍るような沈黙の中、クラピカが茶を運んで現れる。 とっておきの玉露なんか出してやるな。奴には出涸らしで充分だ。 「…………」 「…………」 何も咽喉を通る気分じゃなかったが、無理やり茶をすする。 ああ不愉快だ。気分が悪い。さっさと終われ。いや終わるな。 何も言わずにこのまま帰れ。 「……レオリオ」 しびれをきらしたように、クラピカが隣の男を肘でつつく。 急かすなよ。放っておけよ。話なんか聞きたかねえんだ。 「……あの、叔父さん」 げげ。遂に来たか。これは意を決した顔だ。しかも、畳に両手を つきやがった。最悪だ。 「実は、今日うかがったのは、お願いがありまして」 うるさい。黙れ。何も言うな。言いたい事なんかわかってる。 「……あの、大変申し上げにくいんですが」 だったら言うな。オレは聞かんぞ。何も聞こえんぞ。 「クラピカ……さんの」 知らん。聞こえん。オレは認めん。 積もり積もったムカムカが、胸の奥で煮えたぎっている。 そして次の瞬間、噴火した。 「振袖を仕立てた人を教えて下さい」 「知らんと言っている!!」 叩き付けた座卓の上で、茶碗が揺れる。 そして再び、不自然な沈黙。 「知らないわけは無いだろう。叔父上が頼んでくれた物なのに」 「……何だって?」 混乱した思考で、言われた言葉を反芻する。振袖? というと、正月に贈ったあの振袖か? 「スンマセン!オレの不注意で破っちまたんです!」 恐縮して土下座する男に、オレは内心 安堵していた。 何だ。アレじゃなかったのか。別の用件だったんだな。 ウイングめ。まぎらわしい事を言いやがって。 「……破った、だと?」 「はいっ。お詫びは幾重にも!!」 「最初は和裁の出来る友人に修繕を依頼したのだが、手染めで 高級そうな一品物だから、仕立てた和裁士本人の手に委ねた方が 良いと言われたのだよ」 姪の言葉を聞きながら、オレは次第に冷静さを取り戻していた。 破っただとテメェ。あの振袖、いくらしたと思ってやがる。 クラピカの為に費やす金は惜しくないものの、腹が立つ。 奴が緊張に固まっていたのは、オレの怒りをかうとわかっていた からか。当然だバカ。 風呂敷包みから出された振袖は、不運にも一番目立つ部位が 裂けている。これは修繕にもかなりの金がかかるぞ。 「何をどうしたら、こんなふうに破れるんだ。まさか悪代官ごっこの やりすぎとか言わねえだろうな」 「!」 「……」 二人して赤くなりやがった。……図星か。このバカップルめ。 こめかみに浮かんだ青筋が引きつるのが自分でもわかる。 しかし、ここで激怒するのもオトナ気ない。ぐっと我慢だ。 「……もういい。これは預かっておく」 「え?でも、私たちが直に伺って、お詫びと修繕の依頼を」 「無理だな。学生に出せる額じゃない」 「…………」 言葉も出ないか。ザマミロ青二才。これが大人の甲斐性ってもんだ。 オレはフンと胸を張り、今度は美味しく茶をいただいた。 二人が帰った後、仕立て屋に連絡を取って修繕依頼をする。 『次回の仕立ては花嫁衣裳をと思っていたのに』 和裁士は快く承諾し、そう言って笑った。 冗談じゃない。まだまだ、そんなモンは早いだろ。 それに、クラピカには白無垢よりもドレスが似合う。じゃなくて!! 怒涛の一日に、頭の中が毒されているようだ。くそったれ。 ――― しかし、いつかその日は来るのだと、改めて認識する。 不愉快きわまりないが、来なきゃ来ないで悩むのかも知れない。 そして、来るのはやっぱりアイツなんだろうか。 不満は尽きないが、ならば他のどんな男なら許せるかと考えても 思い浮かばない。 実に複雑だった。 いつのまにか、すっかり父性本能に目覚めてしまったオレは、 兄夫婦の写真に手を合わせながら、またもや大きな溜息をついた。 |
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