「嵐」



季節はずれの嵐に遭遇し、レオリオとクラピカは通過予定の街に
足止めされていた。


「すげーなあ」
飛び込んだ小さな宿の窓から外を見つめ、レオリオは呟く。
叩きつけるような豪雨と、建物を揺らすような暴風。
今夜一晩、この嵐は居座り続けるだろう。
時折、鮮やかな稲光が夜空を照らす。

「怖くねえ?」
「何がだ?」
不意に問われ、クラピカは逆に問い返す。
「いや、ほら。嵐だし。雷も鳴ってるし」
「自然が起こす気象現象ではないか。何を恐れる事がある」
平然と答えるクラピカに、レオリオは口説き文句を間違えたと
苦笑する。
元より、こういう時に可愛らしく『怖い』と怯えるような相手では
ないとわかってはいたが。
「そういえば、お前と決闘した時も嵐だったっけなあ」
「…よく覚えているな」
今となっては懐かしい記憶が二人の脳裏に蘇る。
嵐の海の、激しく揺れる船の上で剣をまじえた初対面。
暴風雨だの落雷だのが怖くては、あんな真似はできまい。

ドーン

「!?」
突如、地を揺るがすような轟音が響いた。
直後、部屋の灯りが消える。
近くに落雷があったようだ。

「レオリオ、火を貸してくれ」
「え?お、おう」
予測していたのか、クラピカは持参していた蝋燭を取り出す。
レオリオもポケットを探り、ライターの火をつけた。
小さくもやわらかな炎に、ホッと息をつく。

電灯が消えると、稲光は更に強い輝きを放って見える。
風雨の音も、激しさを増して耳に届いた。
「この有様では、本も読めないな」
言うともなしにクラピカはこぼし、備え付けのソファに座る。
レオリオは再度、窓から外を見た。
夜空を裂くような稲妻が何本も走っている。

「知ってるか?嵐ってのは、神様の慟哭だって説があるんだぜ」
日頃から不信心を公言してはばからない彼の口から出てきた
『神様』という単語が違和感で、クラピカはふと視線を向けた。
稲光の逆光で、レオリオの高い背が鮮明に浮かび上がる。
「あっちこっちで戦争やら内紛やら収まらねえし、神様も嘆いて
当たり前の世の中だもんなあ」
彼がどこまで本気で言ったのかは不明だが、クラピカは言葉を
返さなかった。
この激しい風雨は神の慟哭か。
ずいぶんと幻想的な比喩だが、説得力はあると思う。
「…嘆くくらいなら、神の権限で治世してもらいたいものだな」
「違いねぇ」
レオリオは振り返り、同意を示すように笑った。
「でも先に泣かせてやってもいいんじゃねーの?オレだって、
医者になろうとかハンター試験受けようとか考えたのは、
思いっきり泣き喚いた後だったしさ」
明るい声で言い放つレオリオに、クラピカは思わず目を見張る。
「神様だって、泣きたい時もあるよな。泣いて喚いてスッキリ
したら、前向きな対処もできるってもんだ」
クラピカは呆然とレオリオの背中を見つめていた。

――― そうか。そうだったのか。

(泣けば良かったのか……)


一族が虐殺されたあの日。
幼い自分には衝撃が大きすぎて、泣く事もできず放心していた。
我に返ったら、悲しむより先に怒りが込み上げて。

(あの時、泣いて喚いて慟哭していたら、こんな私には
ならなかったのかも知れないのに)

クラピカを知る者は、その性格を冷静で大人びていると評する。
年齢に不相応な威圧感や冷たさをも含めて。
親しい仲間にも冗談半分で生意気だ、可愛くない、と指摘されるが
今まで気にした事は無かった。
恋をするまでは。

あの時、思う存分泣き喚いてから次の行動に移っていたら、
自分はもう少し素直な歳相応の子供でいられたのかも知れない。
同様に大切な人を喪ったレオリオが、明るく優しい性格を保てた
ように、きっと自分も。

(……泣き喚けば、変わるのだろうか)

よぎった考えに、クラピカは失笑する。
今更、慟哭なんてできるわけがない。

「どうした?クラピカ」
黙り込んでいたクラピカを振り向き、レオリオが呼びかける。
「何でもないのだよ」
そう言って、クラピカは立ち上がった。
無言のままレオリオに歩み寄り、広い背中にそっと寄り添う。
「…なんだよ。やっぱり怖いのか?」
不審がりながらも、長い腕が抱き寄せて来た。

慟哭なんてできない。
泣き喚くような原因が無い。
そんな事は、この優しい恋人が、決してさせはしないから。

「寝ようか、レオリオ」
「おぉ?積極的だな」
あからさまに弾んだ声音に、クラピカは軽く拳骨を入れる。
どのみち、電気が消えたままでは他に何もできないのだ。

――― 神の嘆きだという嵐の夜も、たまには悪く無い。


稲光が最後に照らしたのは、一つに重なった二人の影。



              END