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約束を守ってくれと願い続けていた。
いつか見た幸せな夢を叶える為に。
約束は必ず守ると決心していた。
冷たい雨が涙のように降る夜、レオリオは、かけがえのない
相手を永遠に喪った。
他に看取った者もない小さな部屋のベッドの上で眠るその顔は、
天使のように穏やかに見える。
日ごとに弱り、病の痛みに苦しみながらも、見え透いた嘘で
力づけることしかできないレオリオを困らせぬよう、最期まで
弱音を吐かず、短い生涯を終えた。
今は冷たく、動かなくなった手を握り、レオリオは滂沱の涙を
流した。
神を恨み、運命を呪い、理不尽な現実に憤り、無力な自分を
責めながら。
それでも、共に過ごした日々は確かに存在する。
もう二度と戻らない、そして永遠に忘れない。
どんなに深い嘆きと絶望の中でも生きてゆくしかないと知った。
幾年月を経ても代わらない想いと共に…………
季節は巡り、幾度目かの春が訪れた。
眼下に美しい湖を臨む丘の上に立つ古い教会の庭は、一面の
白詰草に覆われている。
その片隅にある墓地で、レオリオは小さな墓標の前に立っていた。
「あれから何年が過ぎたのかなあ……」
墓石に刻まれた没年月日を指でなぞりながら、言うともなく呟く。
目を閉じると、懐かしい面影が鮮明に蘇った。
浮かぶのは、10代なかばの少年の姿。
自分はもう、すっかり成長して大人になってしまったのに。
郷愁にも似た懐かしさに、レオリオは目を閉じる。
幻の中で並び立つのは、かつてレオリオと共に笑い、共に悩み、
共に生きていた、兄弟のような親友。
貧しかった少年時代、将来の希望だけは無限にあった。
いつか叶うと信じて、色々な夢を語り合った。
『大人になったら、たくさん金をかせいで、ビッグになってやるんだ』
『街で一番でっかい屋敷に住んで、高級外車を乗り回すんだ』
『成功して、金持ちになって、それから先はどうする?』
『そうだなぁ。世界一の美人と結婚して、たくさん子供をつくって、
大家族で暮らす なんてのも良いよな』
肉親との縁が薄かった為か、二人とも幸せな家庭というものに
強い憧れを持っていた。
『じゃあ、どちらが先に夢を叶えるか賭けるか?』
『ああ、いいぜ。レオリオには負けないからな』
そう言って笑った親友は、数年後、病に倒れた。
『レオリオ、お前は夢を叶えてくれ。オレの分も生きて、必ず
幸せになると約束してくれ』
彼の最期の願いを退ける事など、レオリオにはできなかった。
忘れられないあの日、涙が枯れるまで泣いたけれど、時間は心の
傷を癒してくれて、今浮かぶのはただ、笑顔で過ごした記憶だけ。
「…長いこと会いに来なくて悪かった。薄情な奴だって怒るなよ?
オレはお前がずっと…今でも天から見てくれてると思ってる。だから
いつだって一緒にいる気がしてたのさ。…昔と同じようにな」
レオリオは静かに微笑し、手にしていた花束をそっと供えた。
「レオリオ…」
遠慮がちな声が背後から呼びかける。
過去の世界に浸っていたレオリオは、我に返って振り向いた。
そこに立つのは、まぎれもなく『現在』に存在する人物。
「それがお前の親友の墓陵か」
「ああ、そうだぜ」
元より墓参に来る者もほとんどいないそこへ、レオリオはこの日
初めてクラピカを連れて来ていた。
「ずっと、お前を紹介したいと思ってたんだ」
満面の笑顔と共に、レオリオはクラピカを墓前に引き寄せる。
実在する人間と対面させるかのように。
クラピカは促されるまま墓前に一礼し、持っていた花束を置いた。
「……私も、一度会いたいと思っていたのだよ」
目の前の墓標の主に思いを馳せていたレオリオの姿を回想する。
当時はきっと、もっと辛かっただろう。悲しんで嘆いた事だろう。
――― だけど、彼の死がなければ、レオリオがハンターを目指す
事は無かったかも知れない。
そんな事を考えるのは、むしろ非礼と詫びねばならないのだが。
自分とレオリオを引き合わせてくれた事を感謝せずにはいられない。
信仰する神は違うかも知れないが、彼の冥福を祈って黙祷する。
そんなクラピカの姿を見て、レオリオも目を閉じた。
(約束は、果たしたぜ)
大きな屋敷も、高級外車も、腐るほどの大金も、まだ得ては
いないけれど。
それらにも勝る唯一の宝を手に入れたから。
(趣味変わったなーって驚くかも知れねぇけどよ。今はこいつが
オレの、世界一の美人だからな)
レオリオは心の中で胸を張る。
親友のリアクションが目に浮かんで、クスリと口元を緩めた。
「何を笑っている?」
剣呑な口調でクラピカが問いかける。反射的に目を開けると、
予想通りの怪訝なまなざし。
「男同士のヒミツだよ」
含みを持たせた笑顔を向けると、クラピカは不審そうに瞳を眇めた。
それでも友情の深さは理解しているから、口を出すのはやめておく。
「じゃあ、また来るから」
(今度は子供も連れて)
心の中でそう付け加えて、レオリオはクラピカと共に墓地を
後にした。
「……本当は、オレ一人だけ幸せになっちまうのは悪ィような
気もするんだけどな」
「……レオリオ」
彼らしからぬ気弱な声音に、クラピカは視線を向ける。
だが飛び込んで来たのは、いつもと同じ明るい笑顔。
「オレはあいつの分まで幸せになるから。そう決めたんだ。
あいつには、安心して眠っててもらいてぇからな」
言い切るレオリオに、クラピカもフワリと笑った。
「レオリオ」
「ん?」
「……今度、私の故郷に来てもらいたいのだが」
「墓参りか?」
「そうだ」
「ああ、いいぜ」
大切な人に伝えたい。
自分が幸せである事を。
もう何も心配しなくて良いから。
ただ安らかに眠って下さい。
※某サイト様への投稿作から抜粋・加筆修正
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