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軍艦島で偶然発見した、クルタ族の難破船。
壊れて吹きさらしになっていたそれを供養するように
火を点け、クラピカは亡き同胞たちへ思いを馳せる。
「─── 同胞たちの仇を討つ為にも、お前はハンターに
ならなきゃならないんだな」
「……ああ」
炎を見つめるクラピカの背後から声をかけるレオリオには、
彼女が泣いているように思えた。
実際には涙など流していないけれど、泣いた方がずっと
楽なのに。
その姿が痛々しくてたまらず、レオリオはクラピカの
肩に手を回す。
クラピカは無抵抗のまま、静かに抱き寄せられた。
ボォ──────ッ……
ふいに軍艦ホテルの方角から汽笛が響いた。
まるで追悼の合図のように。
「─── 弔いの汽笛だ」
「……ああ…」
クラピカの瞳は、火影を映して太陽よりも夕焼けよりも
緋い。
潤んで見えるのは、気のせいだろうか。
胸の奥がしめつけられるように切ない。
見つめていると、視線が合った。
長い睫がまたたく。
無意識に───
本当に自然に、唇が重なった。
ホテルの部屋に戻ったレオリオは、シャワールームに
入って潮臭い身体を洗っていた。
先刻の甘い展開を思い出して、胸が踊る。
(あん時のクラピカの様子なら、今夜は絶対オチる!!)
普段のクラピカとは別人のように素直で可愛らしく、
触れなば落ちんといった風情だった。
(求めよ、されば与えられん♪)
すっかり自信のついたレオリオは鼻歌まじりに湯を
止める。
身体も髪も歯も完璧に磨き込んだし、とっておきの
勝負香水も出番を待っている。
最後に鏡に向かって、全身チェック。
「─── おっと。こいつはもう用済みだな」
レオリオは男前(自称)の顔に貼られていた湿布を剥がし、
洗面所の片隅にあるゴミ箱へ投げ捨てた。
夜も更けたし、先にシャワーを浴びたクラピカはベッドで
待っているはずだ。
そろそろ頃合。
レオリオは鏡に映る自分に向かって気合いを入れた。
「ビシッとキメるぜ !!」
─── その少し前。
クラピカはベッドの上でクルタの祈祷本を読みながら、
懺悔の文句を繰り返していた。
(……父上…母上…そしてクルタの神よ。私はどうかして
いたのです。このような時に、あのような状況で、…せ…
……接吻、などしてしまうなんて……)
思い出すだけで顔が赤くなる。
いくら感傷的になっていたとはいえ、唇を許してしまうとは。
クラピカは両手で顔を覆い、羞恥と当惑に落ち込む。
レオリオをキライというわけでは決して無いが、今は大切な
ハンター試験の最中だ。
まして、知り合ってから間も無い相手である。
クラピカはクルタの厳格な教えを受け、潔癖に躾られた。
夕刻のあの時も、キスなんて予想すらしていなかったのに。
だけどレオリオと目が合い、彼の顔が近づいた時、なぜか
当然のように目を閉じてしまった。
そうする事が自然のような気がしたから。
(…成り行きだったのだ!感傷に流されてしまっただけだ。
決して私は、そんな気などっ…///)
祈祷本を抱きしめながら、懺悔の文句を繰り返す。
やがて舌が疲れてしまい、溜息をついた。
「─── !?」
しかし突如として悪寒を感じ、クラピカは身を竦ませる。
「な…何だ?今……冷たいものが背筋に……」
不吉な予感から自衛するように、クラピカは我が身を
抱きしめた。
その時、ほぼ同時にシャワールームのドアが開く。
「…い゛っ!?」
───暗転。
甘いムードを粉砕された夜は、波乱の朝を迎えた。
置き去られた受験生達。
巨大竜巻の襲来。
軍艦ホテルの攻防。
─── 突発事故。
嵐のようだった波は静かに凪ぎ、軍艦ホテルは穏やかな
海上を漂っている。
クラピカは朝日の射し込む操舵室で目を覚ました。
(……?)
幾度か目をこすり、現状を把握する。
記憶がはっきりしないが、どうやら作戦は成功したらしい。
まだどこかボンヤリしたまま、クラピカは船室を出た。
そこでハンゾーと出くわし、次第に経緯を思い出す。
瞬間、一番の気がかりが頭の中に閃いた。
「……レオリオは!? あいつはどこにいる!?」
「ああ、無事だ。さっき、あんたの手当て済ませて、下の
デッキへ降りて行ったぜ」
最後まで聞かず、クラピカは駆け出す。
海底に沈んでしまったレオリオ。
ゴンが助けたと聞いたけれど、本当に無事に生還したのか。
「レオリオ!!」
叫ぶように名を呼ばれ、迎えの飛行船を見ていたレオリオは
ふと振り返る。
同時に、階段の隙間から翻る青いマントが目に飛び込んだ。
「おい、走んな… !」
全速力で駆け下りて来たクラピカは、最後の数段で足を
滑らせてしまう。
あやうく、間一髪でレオリオが抱きとめなければ、また
怪我をしていただろう。
「…バカヤロ、危ねえだろ!頭打った奴が急に走ったり
すんじゃねえよ!」
「レオリオ……!!」
レオリオの胸に顔を埋めたクラピカは、そのまま彼に
しがみついた。
唐突に展開される抱擁シーンに、同席していたトンパと
ゲレタは互いに目を見合わせ、ニヤニヤと意味深な笑いを
浮かべながら、無言でその場を離れてゆく。
レオリオは戸惑いと照れに顔を赤らめつつ、腕の中の
クラピカを見た。
シャツを握り締める指先が、わずかに震えている。
短いつきあいだけど、クラピカから、こんなに素直に、
ストレートに感情をぶつけられたのは初めてだ。
「おい……クラピカ?」
とりあえず肩を抱き返し、レオリオは顔を覗き込む。
「どうしたんだよ」
「………」
「どっか痛むのか?」
「………」
「クラ…」
「…この……バカ者っ!」
顔を上げ、いきなり発されたのは怒号だった。
「なぜ事故など起こした!…死ぬかと……死んだかと
思ったではないか!心配をさせるな、バカ者がっ!!」
「………」
レオリオは唖然としたまま、言葉も出ない。
クラピカは涙どころか、わずかに緋色をもにじませた瞳で
レオリオを睨みつける。
それは安堵の裏返し。本当に不安で、心配で、心を痛めて
いた証拠。
「お前が……死ぬかと…… 私は……」
「クラピカ…」
胸の奥が熱くなり、レオリオはつい微笑してしまう。
心配させてすまなかった気持ちと共に、そんなにまで
想ってくれたのだという嬉しさが溢れた。
「ごめんな」
「……ごめんでは、済まない…」
「ああ、ごめん。心配させて悪かった。許してくれよ」
「………」
「オレはこうして、ちゃんと生きてるからな」
言いながら、レオリオはクラピカを抱きしめる。
生存の証明である心音を伝えるかのように。
優しく髪を撫ぜる掌に、クラピカは安堵感を覚えた。
――― ダメだ。もう止められない。
こんな時に自覚してしまうなんて情けないけれど。
身も世もなく醜態をさらしてしまうくらい、彼を好きに
なってしまった。
「好きだぜ、クラピカ」
「!!」
不意に告白したのはレオリオの方。
思わず見上げた緋い瞳に、レオリオの笑顔が飛び込む。
「………」
「お前が好きだ」
呆然とするクラピカに笑いかけ、レオリオは再度告げた。
その真剣な口調に、クラピカはしばしの間、固まってしまう。
それから顔を真っ赤に染めて、彼の腕の中で俯いた。
「…………私、…も……」
「ん?」
やがて、小さな呟きが漏れ聞こえる。
「お前が……す、………好き…… なのだよ……」
「ああ」
舌をもつれさせながら、やっとの事で紡がれた返答に、
レオリオは嬉しそうに笑った。
――― そして、ゼビル島に到着した最初の夜。
「イヤだ!」
「なんで!」
「確かに好きだとは言ったが、それはダメなのだよ!!」
「だーかーらぁ、なんでだよ!?」
森の奥の茂みの影では、場にそぐわぬ痴話ゲンカが勃発
していた。
「当然だろう!未婚の内に身を許すなどというふしだらは
許されない!そーいうコトは新婚初夜に為すべきだ!!」
「あんだよ、今の時代にそんなのアリか!?」
「時代など関係ない!それがクルタ族の掟なのだ!!」
クラピカは二刀一対の剣を構え、徹底抗戦を決めている。
この状態で押し倒したら、完全に犯罪だ。
「……だからって、こんなの生殺しじゃねぇかー!」
想いを伝え合った相思相愛の男女が、初めて共に迎える
夜なのに、手を出せないなんて。
「掟は掟だ!私は絶対に破らぬからな!!」
一歩も引かない鋭い瞳に睨まれながら、レオリオは
つくづく厄介な相手に惚れてしまったと実感した。
掟とやらを守りながら、愛を深めてゆけるのだろうか。
それはレオリオの努力と自制心次第。
――― かも知れない。
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