「プライド」 ※パラレル現代劇の設定です |
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その日、クラピカは午前中の授業が休講だった。 レオリオを送り出し、朝食の片付けや洗濯等を済ませても 時間が余ってしまい、ついでに掃除もと思い立ったのが 事の発端。 ベッドの下で掃除機のノズルが不審な物体に吸い付いた。 手応えから、もしやと思いはしたものの、現れた物を見た瞬間 クラピカの目が吊り上がる。 それは箱にぎっしりと詰め込まれたエロ本、及びエロビデオ。 男の一人暮らしなら、誰も責めないし文句も言うまい。 むしろ所持していない方が心身の健常性を疑うというものだが、 レオリオは最愛(自己申告)の彼女と同棲中なのだ。 これで不愉快に思わない女はいない。 寝室の掃除はいつもレオリオの担当だから、気づかなかった。 引越しの時、レオリオ所有のエロ本やAVはすべて廃棄したし、 見覚えの無いパッケージだから、新しく購入したと思われる。 ――― あのド助平め。毎晩のようにしつこく誘いをかけて 来るくせに、それでも足りずにこんな猥褻物を隠し持って いるとは無礼千万。 クラピカの胸で不快な炎が燃え上がる。 成人指定グッズを嫌悪するほど幼くも潔癖でもないけれど、 何が気に入らないかというと、グラビアの女もAV女優も、 ことごとく巨乳・爆乳だったゆえ。 (……どうせ私は貧乳なのだよ!!) 自虐のような自棄のような叫びを、心の中で吐き捨てる。 一切合財を処分したかったが、登校の時間が迫っていた為 元通りに突っ込んで家を出た。 妙なところで正直なクラピカは、感情が態度に現れてしまい、 いつもより剣呑な目つきで、教授を睨みながら講義を受ける。 おかげで友人たちには一目瞭然だった。 「ねェ、レオリオとケンカでもしたの?」 構内のカフェテリアで、ヴェーゼ・センリツ・ポンズ・メンチの いつもの面々とお茶を飲みながら、不機嫌な表情のクラピカに 一同は心配そうに声をかける。 「別に」 「どうせまた何か、バカみたいな事でやりあったんでしょ?」 「別に」 「いつもの事よねぇ」 「別に」 ことごとく一言で切り捨てながら、クラピカの視線はヴェーゼの 方を向いていた。 「なぁに?」 相変わらず色っぽい声とまなざしで、ヴェーゼが問う。 「…あ、すまない。その、……寒くないのかな、と思って」 咄嗟の返答だが、ヴェーゼは胸元の大きく開いたセクシーな ワンピースを着ており、あながち ごまかしでは無かった。 「あぁコレ?夕方からデートなのよ。だから、ちょっと気合い 入れて来たのよね」 うふんと胸を張り、ヴェーゼはポーズを決める。 ボルドーカラーのベロアのドレスは、アンシンメトリーの長い裾が ひらひらと揺れ、とてもよく似合っていた。 しかし色形よりもまず目につくのは、そのバスト。 同性でも『素晴らしい』と讃えたくなるのだから、異性ならば 尚更だろう。 「イイなあーどこで買ったの?あたしもそういうの欲しいわあ」 「買ったんじゃないわ。買・わ・せ・た・の」 メンチとのやりとりに、どっと笑いが起こる。 しかしクラピカだけは笑顔が浮かばなかった。 ――― きっと、メンチが着ても似合うだろう。 彼女もヴェーゼに負けないくらいの巨乳なのだから。 そのメンチは体にフィットするタイプのニットを着ており、やはり 胸のラインが強調されている。 そういえば、夏場はこの二人と一緒にいると、いつも以上に 声をかける男が多かった。 虚しくなって、クラピカは視線を移す。 しかし隣に座っているポンズを見るや、またもや胸に目が 行ってしまう。 彼女は小柄で体型も細いけれど、少し前にブラがワンサイズ 上がったと喜んでいたのを思い出す。 ――― ポックルは何か特殊な技法でも用いているのだろうか。 揉まれれば成長するなどと、下世話にも言う。 だがそれが真実なら、どうして自分は変わらないのか。 レオリオはいつも、あんなにしつこいのに。 ポンズは両親と同居しているから、同棲している自分達が 回数で劣るとは思えない。 という事は、もしや技術の問題か? ――― そうだ、レオリオが悪いのだ。 クラピカは一人で無意味な結論を出してしまう。 その時、携帯がメールの着信を告げた。 噂をすれば影、レオリオである。 友人たちの冷やかしの視線を無視して開いてみた。 『急用ができた、先に帰る。ごめん』 今日はバイトも休みだし、行きが別々だったから、帰りは 一緒にと約束していたのに。 彼が恋人を置いて帰るほどの急用とは何だろう? クラピカはピーンと来た。 (さては一人で観賞するつもりだな!?) 悶々と蓄積していた何かがブツリと切れる。 クラピカは友人たちに適当に言いつくろってカフェを出た。 まだ講義は残っているが、怒りに我を忘れた今、サボリなど 痛くもかゆくも罪悪感もない。 大学を飛び出し、目指した先は自宅マンション。 「!!」 コーポ・ゼビルの入り口が見えた時、クラピカは咄嗟に 身を隠す。 その玄関前には、レオリオと一人の男が立っていた。 ――― 仲間まで呼んで上映会か?恥知らずな。 しかし罵倒の言葉が飛び出す寸前、相手の会話が耳に届く。 「助かったよレオリオ。悪かったな、急に頼んで」 「いいって事よ。で、彼女は機嫌よく田舎に帰ったのか?」 「ああ、おかげで円満でいられた」 「遠距離恋愛ってのは大変だなあ」 楽しげに話しながら、レオリオは件の箱を男に渡す。 「ほらよ、お前のお宝」 ……遠距離恋愛? ……お宝? 「ありがとな。礼と言っちゃ何だが、気に入ったのあったら 一本ゆずるぜ?」 箱を受け取った男の申し出に、レオリオは苦笑する。 「せっかくだけど遠慮しとく。観てもいないしな」 「何で?お前こういうの好きだろ?爆乳女囚シリーズとか」 それはクラピカにも憶えのある名称である。 同居前に一掃したレオリオ秘蔵のAVが、そんなシリーズ だった。 レオリオは苦笑しながら頭を掻く。 そして、こう言った。 「オレ、今は彼女のが一番イイんだよ」 (―――!!) 「言うなあ、この野郎!」 堂々と言い放ったレオリオに、男は冷やかしとからかいの 言葉をかける。 それを遠くで聞きながら、クラピカの心臓がドキドキと 鼓動していた。 「んじゃ、また彼女が上京してきた時は頼むな」 「勘弁しろよー。オレだって隠しておくのハラハラだったん だぜー?」 笑いながら、レオリオは男が乗った車を見送る。 そして部屋に戻ろうと振り向いた時、はっとした。 「クラピカ?」 「ただいま、レオリオ」 ふわりとやわからな笑顔でクラピカは告げる。 まるで、たった今 帰宅したばかりという風情で。 「いつ帰ったんだ?講義まだある時間じゃねえか?」 「気が乗らないから帰って来た。たった今だ」 レオリオは狼狽を隠しながら、更に問う。 「……今の、聞いてた?」 「何を?…ああ、誰かと話していたな。知り合いか?」 「あ…ああ。バイト先のダチ」 「そうか」 先刻の男の車は道の角を曲がり、既に見えない。 クラピカは気にも留めない様子で歩み寄り、レオリオの腕に 腕を絡めた。 「何、どした?」 「何でもないのだよ。それより、夕食は外へ食べに行こう」 質素倹約を一貫しているクラピカから外食の誘いとは珍しい。 普通にデートみたいで嬉しいが、レオリオは内心 訝しむ。 「いいけどよ……今月はまだバイト代が」 「私が出す。たまにはいいだろう?」 ねだるように頼まれては、レオリオもダメとは言えない。 クラピカは嬉しそうにレオリオの腕を抱きしめた。 「……なぁ、ホントに何も聞いてねえ?」 「聞かれたら困るような事でも言ったのか?」 「言ってねえ!いや、言ってませんって、マジで!」 レストランに向かう道々、レオリオは繰り返し問いかけたが 絶妙の切り返しに、慌てて否定する。 「だったら、何度もしつこく訊ねるな」 本当は、追及されたくないのはクラピカの方。 誤解した事も、劣等感を感じて腹を立てた事も、全部内緒だ。 巨乳よりも爆乳よりも、自分の小さな胸が良いと言われた事が 嬉しくてたまらないという事も。 ――― ささやかなプライドの為に。 |
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