「戦いの後で」 |
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「ここはオレに任せて、早く行け」 まるでドラマのヒーローのような台詞を吐いて、レオリオは クラピカの背後に立ちふさがる。 命を狙うというよりは、足止めを目的として攻撃する男は 幻影旅団のメンバーでは無い為、クラピカの鎖では必殺技を 使えない。 それを見越してレオリオは言ったのだ。 クラピカは一瞬迷ったが、彼を信じて後を託し、本来の ターゲットを追って行く。 長時間のような、一瞬だったような戦いの果てに、クラピカは 敵を打ち倒した。 仇敵とはいえ死者への礼儀は尊重するのがクルタ族である。 最初に蜘蛛の11番を倒した時も、遺骸の埋葬は怠らなかった。 しかし今回、クラピカは息絶えた相手に見向きもせずに踵を返す。 足止め役を阻止してくれたレオリオの様子が気になっていた。 無事ならば後を追って来るはずなのに、彼はいまだに姿を 見せない。 激闘で乱れた衣服もそのままに、不安の影を打ち消しながら クラピカは走った。 別れた場所まで戻ったが、周囲に人影は見られない。 戦闘の痕跡が残っているから、ここで戦ったのは確かだろう。 「…レオリオ?」 呼びかけてみるが、返事は無い。 胸の奥で恐怖にも似た感情が膨らんでゆく。 「レオリオ!」 もう一度呼びかけるより早く、クラピカはダウジングチェーンを 発動していた。 鎖が指し示したのは、少し離れた場所に建つ、崩れかけた廃屋。 すぐさま駆け込み、内部の様子を伺う。 「レオリオ!!」 元は広間だったらしい部屋の中、大きな窓から西日が差し込む 床の上に、レオリオは倒れていた。 途端にクラピカは蒼白になる。 思考は混乱したまま、それでもゆっくりと近づいた。 「……レオ、リオ…?」 心臓の音が激しく響く。 冷たい汗が全身を流れた。 視界が回るような錯覚。 ――― どうしよう。 動向に悩むなど滅多に無いのに、クラピカは狼狽した。 ――― 蜘蛛ではなくても、強敵に変わりは無かったのに。 ふらつく足の下で、ガラスの欠片が砕ける。 動かないレオリオの姿を映す目が霞んだ。 「……レオリオっ!!」 クラピカは膝をつき、レオリオにすがりつく。 「このバカ者!! …私を置いて逝く奴があるか!!」 緋色の瞳から涙が流れる。 「無駄に格好つけるから…こんな事に、なるのだ…!!」 抱きしめて、揺さぶって、恨み言をぶつけた。 「バカ者、バカ者、バカ者……!!」 止まらない涙よりも、絶望で視界が塞がれる。 その時、濡れた頬に指先が触れた。 「……まだ、生きてるぜ」 「――― !?」 ハッとして目を見開くと、腕の中の顔と視線が合う。 「レ…」 「怪我人相手に、あんまりバカバカ言うなよなぁ」 呆然と固まるクラピカに、見慣れた笑顔が向けられる。 彼の生存を認識すると同時に、クラピカは我に返った。 「――― バ…バカっ!生きてるならばそう言え!」 放るように手を離し、無自覚だった涙を拭う。 嬉しさと安堵と、醜態を見られた恥ずかしさで、別の涙が 出そうだった。 「言えと言われてもなぁ」 レオリオは困ったように苦笑する。 クラピカが案じた通り相手は強く、さすがに苦戦した為、 気絶に近い状態で休んでいたのだが。 「だったら、まぎらわしい体勢で眠るな!」 照れ隠しの喧嘩口調でクラピカは、なかば怒鳴りつける。 レオリオは笑いながら、痛そうに体を起こした。 改めて見ても、満身創痍である。 少し落ち着いたクラピカは、今更ながら罪悪感を感じた。 「……無茶をするな」 「別に、こんなの何ともねえよ」 「嘘をつけ。…傷だらけではないか」 言い訳できない状態なので、レオリオはただ笑ってごまかす。 彼はいつも、クラピカの為に体を張っていた。 命懸けで愛し、命懸けで守り、命懸けで戦う。 その覚悟がクラピカには嬉しかったけれど、同じだけ辛い。 かつて大切な人を喪った経験者にしかわからない、複雑な 感情だった。 「……いつか、死んでしまうぞ」 「死なねえよ」 「満身創痍で言われても、説得力は無い」 「でも死なねえ」 口先だけではなく、レオリオは自分の命に強い執着がある。 それは、遺される者の痛みを知っているがゆえ。 「今回だって、生きてただろ」 「……ボロボロのくせに」 「まぁ…ちっとヤバかったかな」 苦笑しながら、レオリオはクラピカの胸元に寄りかかった。 「レ、レオリオ?」 「もう少し、休ませてくれよ」 そう言って目を閉じる。 再度、不安がクラピカの心をよぎった。 しかし、やがて聞こえ始めた規則正しい呼吸音に、息をつく。 相当疲労したのだろう。すうすうと穏やかな寝息を漏らして いても、顔色は良くない。 無茶をしているのは明白なのだ。 クラピカは視線を部屋の端に向ける。 そこには、レオリオと戦った男が転がっていた。 気を失い、両手両足を縛り上げられ、レオリオと同じだけの 負傷を負って、それでも応急処置は施されている。 人の命を救いたくてハンターになったレオリオは、決して 無駄に殺生はしない。 クラピカと関わりさえしなければ、戦う事も無かっただろう。 その事は、いつもクラピカの胸を痛める小さな棘だった。 ――― 私の所為で。 とうの昔に自覚して、遠ざけようとしたけれど、レオリオは 諦めてはくれなかった。 もう決めた、オレが自分で選んだ事だ、と、頑固に言い張って 譲らなかった。 傷ついてもいい、何も恐れない、クラピカの傍に居る、と。 そしてその言葉の通り、傷ついている。 戦いの後は、いつも後悔と罪悪感に苛まれた。 割れたガラスで切ったのか、レオリオの額から一筋の血が 流れている。 クラピカはレオリオの頭を両手で包み、愛しげに胸に抱いた。 ――― 生きている。 自分の為に、レオリオは生きてくれている。 そして彼の為に、自分も生きている。 戦いの後は、いつも生きる希望を再認識した。 愛する者の為に戦うように、愛する者の為に生きてゆく。 ――― これからも。 |
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END Moonright香月真昼様の素敵イラスト「戦いの果てに」を イメージしながら書きました。 |