|
ようやく訪れた静寂に、クラピカは息をつく。
毎日毎日、朝から晩まで、ただ忙しく過ぎる日々。
今日は一体何時間、座っていられただろう?
戦闘も運動も苦にはならなかったのに、さすがに疲労が
否めない。
それでも―――
「…眠ったか?」
「ああ」
ささやくように問う声に答えて、クラピカは身を起こす。
真っ暗だった部屋から出ると、電灯の眩しさに目がくらんだ。
「大丈夫かよ」
支えるように、大きな手が肩を抱く。
「平気なのだよ」
笑顔で答えるクラピカに、レオリオも笑いかけた。
決して弱音など吐かない事は承知している。
少しやせて、睡眠不足なのか顔色もあまり良くはないけれど、
昔のような鬼気迫る雰囲気は、今のクラピカには皆無だから。
「毎日、お疲れさん」
さりげなくかけられたいたわりの言葉に、クラピカはもう一度
微笑んだ。
「確かに、毎日大変だけど」
クラピカは本心を隠さず、正直なところを口にする。
それからまた、笑って言った。
「楽しいのだよ」
天使だから。
その笑顔を目にするだけで、幸せになれるから。
すやすやと響く穏やかな寝息に、レオリオとクラピカは視線を
向ける。
布団にうずもれ、両手を上げて眠るは愛し子。
「ああしてると、昼間の騒ぎっぷりが嘘みてーだな」
「元気なのが一番なのだよ」
悪戯盛りで、はしゃぎ屋で、跳んだりはねたり走ったり、少しも
ジッとしていない。
どうしたらいいのかわからない事も多くて、いろいろと手を
焼かされるけれど。
「眠っている時は、天使だぜ」
無邪気な寝顔に、いとおしさが込み上げる。
「私にとって、この子はいつでも天使なのだよ」
寝返りをうったはずみで、小さな足が毛布を蹴飛ばした。
それを掛け直すべく、クラピカは再び寝室へ戻る。
あふれんばかりの幸福感が胸に満ちていた。
何もかも失い、自らの手を穢し、二度と幸せにはなれないと
思っていたのに。
愛してくれたのはレオリオ。
初めて胎内に生命が宿ったと知った時、己が罪業の深さを
畏れて悩んだが、産む事を望んでくれた。
救ってくれたのは子供。
自分のような者でも、人の親になる事を許してくれた。
無償の愛を、そして贖罪を、一身に与えてくれる存在。
咎人を母に持ってしまったけれど、半分はレオリオの血を
継いでいるから、この子は天使。
毛布を直し、そっと子供の頬に口づける。
それから足音をしのばせてドアへと戻り、静かに閉めた。
「クラピカ」
ふいに抱き寄せられ、レオリオの顔が接近した。
「オレにも」
自分の唇を指し示し、ニコニコとねだる夫に、クラピカは
苦笑する。
こういう時は、絶対キスだけではすまないのだ。
天使の来訪なら拒まない。
きっと、多い方が幸せも増す。
そう考えながら、キスをした。
|