「一年の計は元旦にあり」



それは新しい年が明けた元日のこと。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
同棲中の彼を相手にクラピカは律儀にそう挨拶し、三つ指をついて
お辞儀する。
対してレオリオは、大晦日の夜更かしで眠い目を気合で開けていた。
「今年もよろしく頼むな」
それだけ言って、正面にいる愛しい恋人を抱き寄せる。
「まずは、新年最初のチューだよなっ
「こら、もうとっくに昼なのだよ!」
ヘタをすれば押し倒しかねないレオリオに、クラピカは抗議の声を
上げた。
「良いじゃねーか。記念なんだし」
「昨日も、今年最後の…とか言っていたくせに」
「それも記念。だから、これも記念」
何を言っても聞かずに迫って来る彼に、クラピカは呆れて息をつく。
そして、諦めたように目を閉じた。
ところが、唇が触れ合う寸前。

ピンポーン。

良いところで邪魔をするチャイムの音。
昨年も、幾度となく同様の現象に悩まされていたレオリオは、イヤな
予感に襲われた。
――― 叔父上!」
予感的中。
玄関先から聞こえたクラピカの声に、レオリオはガックリと肩を落とす。
おかげで一気に眼も覚めた。
「よう、邪魔するぜ」
――― 邪魔だと思うなら来るなよ。
などと思っていても口には出せず、レオリオはひきつった笑顔で
出迎える。
天敵は、いつもの作務衣ではなく渋い西陣の着物姿で現れた。
「いらっしゃい。あ、あけましておめでとうございます」
「……おう」
叔父は不機嫌そうに一瞥しただけで、すぐに視線をクラピカに移す。
「クラピカ、今年も壮健で勉学に励めよ。ホレ」
そして差し出したのはポチ袋。叔父と姪の関係ならば当然の授受と
思われるが、クラピカは戸惑う。
「叔父上……そんな気を使わなくても、私は」
「いいから受け取れ。未成年の学生なら、ねだっても良い物だぞ」
有無を言わさぬ口調の叔父に、やむなくクラピカは受け取った。
ちなみにレオリオには無い。彼は縁戚でも無ければ未成年でも無いから
当たり前なのだが。
「待坂屋のおせちも持って来たぞ。正月くらい、美味いもんたらふく
食って栄養摂れよ」
「あ、ありがとう…」
叔父は更に、有名老舗デパート特製の重箱おせちを差し出した。
それ自体は有り難いのだが、日頃のつましい生活を指摘されているよう
にも思える。
「天気良いってのに、初詣にも行かねえのか?」
「これから出ようと思っていたのだよ」
「そんなナリでか」
クラピカの服装は、普段と大差ないセーターとジーンズで、ある意味、
叔父の予想通りだった。
「そんな事だろうと思ったけどな。せっかくの正月に若い娘が情けねえ。
これ着ろ、クラピカ」
「え?」
叔父が次に差し出したのは、大きな布包み。その形状から、もしやとは
思ったのだが、開いてビックリ。
「……着物!?」
それは新品の振袖と帯、和装道具の一式だった。さすがにクラピカも
驚きを隠せない。
「叔父上、これは一体……」
「知り合いに呉服店主がいてな。相場より安く仕立ててくれたが、
物は上等だぞ」
着物は正絹で、白・水色・青・藍色のグラデーション地に薄紅の牡丹が
染め抜かれている。
帯は緋色の唐織錦。組紐も京式の本格的なもの、下駄は黒漆塗りで、
簪は血赤珊瑚に鼈甲をあしらった手彫りの逸品。
総額を考えると、指を折るのが躊躇われた。
「正月なんだから、この程度は当然だろう」
そう言って叔父は胸を張る。
実のところ、無理をしているわけではなく、一人暮らしの彼には用途に
困る程の財産があるのだ。
無論、それらは自らの力で築き上げたもの。親の遺産は、ほとんど姪の
養育費に当てていた。
クラピカも叔父の経済状態を知っているから、出所を不審には思わない。
だが、この振る舞いにはどうも意図的なものを感じた。
「叔父上、このような事をされては申し訳ない。私はもう叔父上の元を
離れているのに」
せめて角が立たぬようにクラピカは遠慮する。
しかし人生経験が長い分、叔父の方が役者が上だった。
「気にするな。どうせ振袖なんざ、今の内だけしか着られねえんだし。
元気に綺麗に育ってますって、天国の兄貴たちを安心させてやれよ」
「……叔父上」
情に訴えられては、クラピカも強固な姿勢には出られない。
もしかすると、叔父は財力の違いを見せ付けてレオリオをイジメようと
しているのではと勘繰ったのだが。
「でも……」
クラピカはチラリとレオリオを見る。
だが、予想外に彼は満面の笑顔を浮かべていた。
「せっかくだから、着ろよクラピカ。綺麗じゃねえか」
そう言って推奨して来る。心底から明るい表情と声で。
「あ、でも着付け……美容院、今からでも空いてっかな?」
「着付けならオレがしてやる」
――― 叔父さんが?」
実は叔父には着付けという特技があり、クラピカは幼い頃から正月には
彼に着物を着せてもらっていたのだ。
レオリオは一瞬驚き、だがすぐに嬉しそうに笑う。
「そりゃすげえや。良かったな、クラピカ。それ着て初詣に行こうぜ」
「あ……ああ」

複雑な心境のまま、クラピカは隣室へ入った。
襦袢までは自分で着用し、その後からが叔父の出番である。
メリハリの少ない細い体は、和装には理想的な体型で、さして時間も
かからず、叔父はテキパキと着物を着付けた。


「待たせたな」
ダイニングで待っていたレオリオは、現れたクラピカの姿に感嘆する。
振袖自体、華やかで美しいが、クラピカの清楚な美しさとあいまって
輝くばかりの艶やかさだ。
「……すっげー、キレーだなー!!」
レオリオは率直に感想を述べる。
「似合ってるぜ。ホント、叔父さんの見立ては確かだなあ。こういうの
眼福って言うんだっけ?正月早々、良いもん拝めて嬉しいぜー
さすがに悪い気はしなくて、クラピカは はにかみながら微笑した。
子供のように無邪気に喜ぶレオリオに、叔父は毒気を抜かれてしまう。
「早く初詣行こうぜ。お前の綺麗な姿を見せびらかしてやりてえ」
うきうきとクラピカの手を引くレオリオに、怪訝な表情で叔父も続いた。




元旦の神社は参拝客で一杯。
レオリオは人混みからクラピカを守りつつ境内を進んだ。
「思っていたより、和装の女性が多いのだな」
「でもお前が一番キレイだぞ」
上機嫌のレオリオは、背後の叔父の視線などまるで気にならないらしく、
堂々と甘い台詞を吐いている。
やがて最前列に到着すると、高揚した気分のまま賽銭をはずんだ。
拍手を打ち、一年間の健康と、家内安全と、学業成就を祈願する。
それから拝殿脇の自販機でおみくじを引いた。
「やっりー!」
「まあまあだな」
「…………」
誰がどんな結果だったかは、あえて触れまい。


ようやく大賑わいの参道をはずれ、三人は一息つく。
「すごい人なのだよ…」
「疲れたか?どっかで茶でも飲んで帰るか」
――― オレはここで失礼するぞ」
その言葉に、レオリオとクラピカは叔父を振り返る。
「叔父上、お茶くらい一緒に…」
「せっかくだが、他にも年始参りに行く所があるんでな」
嘘では無いが、これ以上二人の仲を見せつけられるのは御免だった。
――― 叔父の意地悪を悟って腹を立てたり、不機嫌になったなら、
そらみたことかと指摘できたのに。
クラピカの晴れ姿を、レオリオがこんなに喜ぶとは思わなかった。
他の男(実の叔父だが)の財力で着飾った恋人に、嫉妬や劣等感という
引け目を感じず、素直に賞賛するとは。

(もしかしたら、結構 懐の深い男なのかも知れねえな)

「おい」
「は、はい?」
「これで美味いもんでも食って帰れ」
そう言って、叔父はレオリオに万札を差し出した。
――― 晴天の霹靂である。
思いがけない叔父の行為に、レオリオもクラピカも固まった。
「あ、あ、あのっ。このような事をしていただくのはっ…」
恐れ入って困惑するレオリオに、叔父はギロリと鋭い目を向ける。
「オレからの年玉が受け取れねぇってのか」
「い、いや、それは…………その、いえ、……ありがたく頂戴します…」
ふんと鼻で息を吐き、踵を返す。
「じゃあな、クラピカ」
「叔父上……」

どこか迫力のある足取りで、哀愁を背負って立ち去る叔父の背を、
クラピカはうるうると見送った。
「……新年早々、良い兆しなのだよ……」
「……ああ、複雑だぜ……」



とりあえず、二人は喫茶店でお茶を飲み、叔父からの万札は記念に
保管しようと結論を出して、マンションへ戻った。





――― そして。







「オレ、こんなに叔父さんに感謝したの初めてだぜ……」
しみじみと呟くレオリオは感動に打ち震えている。
叔父が振袖を出した瞬間から、彼の思考はそれで一杯だったのだ。
今日ばかりは、天敵のはずが神様に見えた。
「ようやく、長年の憧れ・男のロマンを実践できる…今日一日、どんなに
この時を待っていたか……くうぅ〜〜幸せだあ〜〜」
「…………貴様、それで一日中機嫌が良かったのかっ!?」
よもやの考えに思い当たったクラピカは、咎めるように睨みながら
後ずさる。
レオリオは目一杯、肯定の笑顔を向けてにじり寄った。
「そりゃあ、振袖着物っつったら、コレはお約束だろう?」
「や、やめろレオリオ!この帯は高級品なのだよっ」
しかし身動きのしづらい着物姿では、逃げる事もできない。
つーか、抵抗するのはレオリオの思うツボ。
レオリオは、それはそれは嬉しそうに、がっしと帯の端を掴む。
そして、思いっきり引っ張った。

「良いではないか
―――― !」
「きゃ、あー、あ
―――――― !」

クラピカは独楽のようにクルクルと回され、帯をほどかれる。
眩暈を覚え、床にへたり込む。だが間を置かず、着付けていた紐を
素早く取り去られた。
振袖が肩から滑り落ちるや、途端に抱き上げられる。
「こ、こらっ、レオリオっ!」
ちゃんと掛けておかないと、せっかくの振袖が皺になってしまう。
だが時代劇の世界にひたりきっているレオリオは、そこまで気が回らない。
お決まりのセリフと共に、ベッドに押し倒した。
「うい奴じゃ〜〜〜
「レオリオーーーっ(汗)」
「レオリオじゃない、お代官様だー」
「バカーっ」
「ちがーう、『ご無体なー』だー」



――― あけましておめでとう。



             END