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クラピカがノストラードに仕えるようになって半年以上が経つ。
ネオンが念能力を失って以降、クラピカはその聡明な頭脳を以って
ノストラード・ファミリーの存続を支えている為、表に出ないとはいえ
今や実質的なトップはクラピカと言っていい。
占いという野望の切り札を失ったライト・ノストラードは情緒不安定に
陥っており、娘と大差ない年齢のクラピカを頼り切っていた。
ある意味、クラピカは当初の目的通り、雇用主からの絶対の信頼を
勝ち得たわけだが、本来の目的である緋の眼絡みの情報を得るには
至っていない。
我侭で気まぐれなネオンと、精神崩壊寸前のライトの狭間で
クラピカの苦悩は、まだまだ続きそうだった。
ネオンの顧客達は、彼女が占いをしないのは単なる我侭だと
今なお信じている連中が多い。
ゆえにネオンの機嫌を取るべく、彼女の元へはたびたび贈り物が
届けられている。
部屋一杯の花束、豪華な美術品、特注の宝石やドレス、中には
ネオンの趣味を考慮して、特殊加工を施した本物の骨格標本などと
いう代物もあった。
それらと並行して、ネオン自身がネットやTVで注文した品々も
毎日のように届くものだから、屋敷の一室には常に未開封の箱が
山積みになっている。
「お届け物です」
その日も、例に漏れず執事が荷物を運んで来た時、クラピカは
うんざりと溜息をついた。
届いたまま包装も解いていない箱がどれだけあるか、ネオンは
まったくわかっていない。
本人が注文した事を忘れている場合も多く、商品がダブったり
届いた時にはもう興味を無くしていたり、とにかく無駄も度が
過ぎているのだ。
諫めたところで聞き入れるような娘でもなし、忠告する気も
無いから、クラピカは彼女を放っているが、さすがに嫌気が
差して来る。
だが今回、届いたのはブランド包装の大きな箱と、もう一つ、
控えめなリボンのついた一輪の花。
いつもの金にあかせた花束とはずいぶん違った雰囲気に、
クラピカは怪訝な目を向ける。
「!!」
そして、添えられたカードを見て瞠目した。
『To C. Happy Birthday from 403」
メッセージの文字に、今日の日付を思い出す。
ネオンへの贈り物にまぎれて届いたその花は、クラピカに
宛てられたものだったのだ。
――― たった一輪の、ひっそりとしたプレゼント。
しかもクラピカの立場に配慮して、差出人が誰なのか 第三者には
わからないような署名で。
だけどクラピカにだけは確信できる。403という、特別なナンバーを
忘れる事など決して無いから。
第287期ハンター試験、受験生。受験番号403番。
(レオリオ……)
胸の奥が熱くなってゆくのを自覚し、クラピカは花を潰さぬよう
細心の注意を払いながらも抱きしめた。
自分はきっと幸せだ。
贅沢なプレゼントを山のように贈られるより、このささやかな
一輪だけで心が満たされるのだから。
日頃張り詰めている緊張が解け、素の少女のはにかんだ表情で
クラピカは微笑する。
同じ室内にセンリツがいた事など、すっかり忘れてしまっていた。
ストレートに感情を表す心音が、センリツには意識せずとも
聞こえてしまう。
彼女は苦笑し、懐からフルートを取り出すと、静かに吹き始めた。
バースデープレゼントとして、ほんの少しだけ背中を押す為に。
一緒に過ごせない誕生日。
レオリオは遠く離れた恋人の生誕を祝い、気に入りの店で祝杯を
上げた。
そうして夜も更けた頃、一人寂しく家路に向かう。
だが、アパートに入ろうとした正にその時。
「――― レオリオ」
一瞬、空耳かと思ってしまった。
だが澄んだ声音を聞き間違えるはずもなく。
「……クラピカ!?」
振り返って、今度は我が目を疑う。
幻覚を見るほど泥酔してはいない。
目の前にいるのは、確かにクラピカその人だった。
「………な、んで?……」
ずいぶん間の抜けた声を出したが、それも無理からぬ事だろう。
クラピカは、はにかむように だけどとても美しい笑顔を浮かべた。
「……礼を、言いに来た」
そう言って差し出したのは、まだ瑞々しい一輪の花。
レオリオが注文して、届けてもらった誕生祝い。
「その為に……こんなとこまで?」
「……我慢…できなかったのだよ……」
困惑するように頬を赤らめ、クラピカは俯く。
実際、自分がこんな事をしてしまうなんて信じられなかった。
理性で感情を抑えられないなど、初めての事である。
耐え難い衝動に突き動かされ、気づいたら最高速の飛行船に
飛び乗っていた。
取る物もとりあえず、贈られた一輪の花だけを手にして。
――― どうしても、今すぐ彼に会いたくて。
驚きで目を点にしていたレオリオは、ようやく現実を理解する。
それから携帯を取り出し、時間を確かめた。
「ギリギリセーフだったな。クラピカ、誕生日おめでとう」
「――― え?だってもう…」
クラピカは不思議そうに問いかける。この街に到着した時、既に
日付は変わっていたはずだが。
しかしすぐに合点がゆく。
国が違えば時差があるのだと。
「直に祝えて嬉しいぜ。――― よく来てくれたな」
「私も……『今日』、お前に会えて良かった…」
レオリオは笑顔と共に両腕を広げる。
その広い胸に、クラピカも笑顔で飛び込んで行った。
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