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夏の風物詩といえば、やはり花火に浴衣に縁日。
毎年開催される恒例の夏祭りに、今年はレオリオとクラピカも
連れ立って行くことに決めていた。
日が暮れてまもなく、レオリオは着替えをするというクラピカに
部屋を追い出された。
そして台所にて所在なさげに待つこと数十分。
「待たせたな」
そう言って現れたクラピカは、単の浴衣をまとっていた。
彼女によく似あう鮮やかな蒼色地に金魚の柄で、帯は橙色の
無地。
今夜の為に買ったそれは、購入後に見せてもらっていたが、
着用した姿は初お披露目である。
着付けは家政学科の友人に習ったと言っていた。時間がかかった
ところをみると、かなり苦戦したようだが、なかなかうまく着こなして
いる。
細身で胸が小さいのも、こういう時は便利かも知れない。
(本人には口が裂けても言えないが)
更には昼間の汗を流してから着た為、湯上りというオプションつき。
初めて目にするクラピカの艶姿に、レオリオは露骨に見惚れていた。
「鼻の下をのばすな。みっともない」
ぴしゃりと言われて我に返るが、和風というのは世の男に共通の
好みでもあり、仕方ない。
「いいじゃねーか、すげー色っぽくてキレイだぜ。うん、惚れ直した」
「……バカ」
とは言いつつ、はにかんだ微笑みを浮かべるクラピカに、レオリオは
いたく満足する。
戸締りをしてマンションを出ると、彼は腕を差し出した。
「お手をどうぞ、お姫様」
しかしクラピカは普段から外ではあまりベタベタしたがらず、断る
そぶりを見せる。
「履き慣れてない下駄だし、裾もヒラヒラして歩きにくいかなと
思ってさ」
レオリオの意見はもっともだった。実際、浴衣を着ていると歩幅は
いつもの半分ほどだし、膝も思い通りには開かない。確かに、
歩きにくいのは事実だ。
もし転んだら、かなりみっともないかも知れない。
それに、せっかく新調した浴衣を汚したくない。
なので、クラピカは素直にレオリオの腕に手をかけることにした。
「実言うと、見せびらかしてやりてぇんだよ。お前があんまり可愛い
からさ」
「何だそれは」
クラピカはあきれたように苦笑する。
二人は寄り添いながら歩き始めた。
大きな神社の境内で、夏祭りは既に始まっている。
昔懐かしい囃子や提灯と共に、露店が並ぶ参道を多くの客が
散策していた。
かなりの人出なので、腕を組むのは『虫除け』以外でも役に立つ。
「はぐれるなよ」
「大丈夫」
浴衣姿の少女は大勢いるが、それでもレオリオにはクラピカが
一番綺麗で可愛いく映っていた。
「お、うまそう。何か食おうぜ」
レオリオは良い匂いにつられて露店をのぞく。これを目当てに
夕食を控えていたので、いくらでも入った。
焼きソバ、タコ焼き、焼きトウモロコシ、かき氷。
「レオリオ、口の周りが真っ黒なのだよ」
などとクラピカに世話を焼かれる一面もあったが、風船釣りや
射的、金魚掬いの類になると、レオリオは子供たちの尊敬を
一身に集めた。
「ニイちゃん、頼むからそのへんでやめて」
終いには、店ごと持って行きかねない勢いを見かねたテキヤの
親父に泣きつかれてしまう。
「ちょっとやりすぎたかな?」
「当たり前だ。子供のようにムキになって」
レオリオは苦笑し、結局 水風船を二つと射的の景品を一つだけ
持って露店を離れた。
いつのまにか夜も更け、幼い子供連れの家族の姿は既に無い。
お開きの雰囲気に、レオリオとクラピカも帰路についた。
「楽しかったなー」
「ああ。行って良かったのだよ」
「ホントに?」
レオリオはクラピカの顔をのぞきこみ、確認するように問いかける。
応じるように、クラピカはにっこりと笑った。
「本当なのだよ。レオリオの楽しそうな様子が面白かった」
「面白いって、お前ねぇ……」
苦笑するものの自覚はあるらしく、レオリオは反論しない。
実際、露店にいたどの子供より真剣に勝負に挑み、景品をゲット
するたびに大喜びしていたのだから。
はたでそれを見ていたクラピカは、やんちゃ坊主の活躍を見守る
母のような心境だった。
「子供の頃も、あんなふうに店の主を困らせていたのか?」
「まーな。最小の投資で最大の利益ってヤツよ。夜店荒しの
レオリオって言えば、業界のおっちゃん達に恐れられたもんだぜ」
開き直ったのか、胸を張って親指を立てるレオリオに、クラピカは
再び笑う。
そのひらひらと揺れる袖に泳ぐ金魚を見て、ふと思い出した。
「金魚も、1匹くらい持って帰れば良かったかもな」
レオリオは金魚掬いでもその才能?を如何なく発揮し、大量に
捕獲したが、クラピカの意見で全部返していた。
「金魚はああ見えて飼育が難しいのだよ。水質とか餌とか酸素の
供給とか。上手に育てる自信はあるのか?」
クラピカの理論には対抗できない。そもそも、そんなに深く考えて
いなかったので、レオリオは あっさりと提案を引く。
「そうだな、やめとくか。うちにはもう、最高級種がいるし」
レオリオの目線の先には、水に泳ぐ金魚の浴衣。
彼の言う“最高級種”とはクラピカを指している事は明白。
「私は魚か」
「そ。オレの」
「じゃあ、お前は」
「金魚鉢」
その応答に、クラピカはクスッと吹き出した。
だけど、そうかも知れない。
彼の腕の中でしか生きてゆけない小さな金魚。
自分は確かにそうだから。
いつもの悪戯っぽい確信顔で、だけど目だけは真剣なレオリオが
見つめている。
彼の腕が抱き寄せるのと、クラピカが背伸びをしたのはほぼ同時。
周囲をはばからなかったのは、暗い夜道で人通りも無かったのと、
祭りの陽気に当てられたからかも知れない。
普段の服とは微妙に違う浴衣の感触に、レオリオは新鮮な
ときめきを感じた。
無意識に、抱きしめる腕に力がこもる。
「……ダメだぞ、レオリオ」
熱い抱擁から逃れるようにクラピカが釘を刺した。
「着崩れてしまうではないか」
「ああ、悪ぃ」
するりと身を離し、クラピカは胸元の袷や裾を直す。
「あまりうまく着付けできていないし、長時間はもたないのだよ」
「だったら、早く脱がねーとな♪」
「……もうっ」
すっかりその気でいるレオリオに、クラピカは頬をふくらませた。
カタカタと、下駄の音が路上に響く。
夏の夜はまだ長い。
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