「Happy New Year」



 どんなに便利なツールが開発されても、
 ドット文字はドット文字。
 どんなに便利な機能が備わっていても、
 液晶画像は液晶画像。

 Realで得られるものには叶わない
―――



『年明けたら、会えねぇ?』
電話越しに、レオリオはクラピカに問い掛ける。
二人は半年もの期間を離れ離れで過ごした後に再会したけれど、
共に過ごせたのは、わずか数日だけ。
9月にリンゴーン空港で再び別れて以来、季節が変わっても、
降誕祭にも、一度も会えずにいる。
「……すまないが、確約はできない」
予想していた返答だったが、レオリオは内心で溜息をついた。
『…年末年始も忙しいのか?』
「ああ。ボスは毎年、地元開催のカウントダウンイベントで
ニューイヤーの花火を観るそうだから、その護衛につかなくては
なるまい」
ここでいう『ボス』とはネオンである。
貴重な念を喪失しても意に介さず、時間と金を浪費し続けている
能天気な娘。
代わりに父のノストラードが狼狽し、不安のあまり面変わり
するほど怯えている。
既に侮蔑や嫌悪も通り越した対象だが、それでも目的を果たす
までは彼等に仕えなくてはならない。
『そっか…』
「…すまない、レオリオ」
本心を押し殺し、クラピカはレオリオの願いを退けた。
『気にすんな。けど、あまり無理はすんなよ』
「……ありがとう」
一言二言、言葉をかわして クラピカは電話を切った。

どこまでも優しい彼の言葉が胸に痛い。
いつもクラピカの都合を優先してくれるレオリオ。
本当は彼に逢いたい。
降誕祭も、新年も、二人で一緒に過ごしたかった。
だけど、そんな我侭を通せるほど現実は甘くなくて。

―――
今のように、時々電話で話せるだけで良い。

寂しいなどとは思わない。
そんな感傷は封じてしまっているから。

己に言い聞かせ、クラピカは握り締めていた携帯をポケットに
滑り込ませた。






その年の最終日。
ネオンは例年通り、数人のボディーガードを伴って、カウント
ダウン花火の開催場へ赴いた。
情緒不安定のノストラードは屋敷を出ようとせず、そばには
センリツが残っている。
そんな父の事など忘れたようにネオンは、ニューイヤーを
前にしてはしゃいでいた。
会場のどこよりも花火がよく見える特等席のロイヤルボックスは
観客たちにもまれることもなく、クラピカはネオンの少し後ろに
立ち、形ばかりの警戒をしている。
プログラムは順調に進み、歌やダンスの余興が終わると時刻は
深夜、いよいよクライマックスだ。
場内はすっかり盛り上がり、カウントダウンの始まりに歓声が沸く。

「Nine!」

――― RRRRRR……
会場中がカウントを叫ぶ中、不意にクラピカの携帯が鳴った。

「Eight!」

「もしもし?」

「Seven!」

『クラピカ?オレ』
「…レオリオ!?」


「Six!」

「どうしたのだ。今は仕事中なのだよ」

「Five!」

『悪ィ、わかってたけど』


「Four!」

『やっぱ我慢できなくってさ』
「え?」


「Three!」

新年の最初にな…』

「Two!」

「すまない、よく聞こえないのだよ」

「One!」

『お前の声を聞きたくて―――

「Happy New Year ―――!!」


司会者の叫びと共に、会場内を揺るがすような大喝采が起きる。
同時に、新年を祝う花火が一斉に打ち上げられた。
その爆音と観客たちの歓声で、電話の声はかき消されてしまう。
クラピカは片耳をふさいで携帯に耳を押し付けた。
「……もしもし?」
花火は上がり続けており、最大音量にしても、相手の声はほとんど
聞き取れない。
「もしもし、レオリオ?」
せっかく聞けた彼の声を、もう一度聞きたかった。
「レオリオ?」
『すげぇ花火だな』
「…ああ」
打ち上げの音が受話器越しに伝わっているのだろう。クラピカは
何気なく夜空を仰ぎ見た。
「すごい数だ。まるで昼間のように明るいのだよ」
『じゃあさ、後ろ見てみ』
「後ろ?」
反射的にクラピカは振り返る。
そして、我が目を疑った。
なぜならそこには
――――― ……

「……レオ… …リオ? ……」
「ようv」

幻のように、だけど確かに地に足をつけて、レオリオが立っていた。
その手には見覚えのあるビートル型携帯電話。
信じられない現実に、クラピカは目を見開いたまま立ち尽くす。
「どうした?まさかこんな男前を見忘れたとか言わねーだろな?」
軽薄なからかい口調に、驚愕に固まっていたクラピカの心が
フッと和らぐ。
「…なぜ、ここに…?」
「言ったろ?我慢できなくってさ」
“どうやって”とは聞かなかった。日にちと行き先さえわかっていれば、
相手を探し出して接近するなど、造作も無い事である。
ハンターという身分であれば尚更だ。
レオリオは頭を掻きながら照れくさそうに笑う。
「新年の最初に、お前の声を聞きたかった。でも、それ以上にな……」
彼は言葉を切り、クラピカに歩み寄った。
二人の視線が正面から合う。
「新年の最初に、お前の顔を見たかったんだ」
「…………」
「お前が新年の最初に見る男が、オレ以外なのもイヤだったしな」
「…レオリオ…」
クラピカは苦笑する。
驚きが次第におさまると、次に胸を占めたのは、至上の歓喜。
「ハッピー・ニューイヤー、クラピカ」
「ハッピー・ニューイヤー。…レオリオ」


花火はまだ上がり続け、観客たちはそれぞれ新年の到来を祝う。
夜空を見上げて拍手をする親子連れ。
肩を抱き合って乾杯する友人たち。
そして、抱き合い口接けをかわす恋人たち。


電話よりも、もっと近くで聞こえる声。
文字ではなく、音声で耳に届く言葉。
液晶画面の映像ではなく、この手で触れることのできる姿。
――― それは、心の底から欲していたもの。


二人は新たな年の始まりの時、最愛の相手を抱きしめていた。



              END