「June Bride」 |
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梅雨にも関わらず、その日は快晴。 教会の庭を埋める花々も、彼等を祝福するかのように 咲き誇っていた。 「おめでとうー!」 聖堂の扉が開き、式を終えた新郎新婦が現れる。 待ちわびていた出席者たちは、クラッカーを鳴らし、歓声を上げて 出迎えた。 「て、照れるなぁ」 今ひとつタキシードを着なれない新郎は、それでも嬉しそうに 笑顔を向ける。 「あ、お前に用は無いから。今日は彼女のキレーな姿を 拝みに来ただけだし」 「そーそー。主役は花嫁だけ!男なんて添え物よ、添え物♪」 親しい友の軽口に、笑いが広がる。 彼等の言う通り、清楚なウエディングドレスに身を包んだ花嫁は、 輝くばかりの美しさを放っていた。 花びらのようなオーガンジーのヴェールも、 栗色の髪を飾る銀のティアラも、 長く裾を引く純白のドレスも、 白い指に輝く永遠の愛の証マリッジリングも、 少女の頃から夢見つづけたヒロインの衣装。 「おめでとう」 「本当に綺麗よ」 「幸せになってね」 友人たちが次々と祝いの言葉をかける中、はにかむ微笑を 絶やさない花嫁の瞳は、かすかに潤んでいる。 そんな中クラピカは、友人たちの輪の一歩外に立っていた。 言葉もなく視線を注ぐ彼女に、長身の影がささやきかける。 「羨ましい?」 「え?…別に」 顔を覗きこむレオリオに、クラピカは我に返った。 「そうかぁ?じーっと見惚れてたじゃん」 「――― 花嫁が綺麗だからな」 確かに、見惚れていたのは真実。 視線の先で、祝福の輪に囲まれているのはスクワラとエリザ。 結婚前に子供を授かった彼等は入籍から一年近く経って、 ようやく晴れの日を迎えたのである。 女性としての至福の瞬間だけに、普段から綺麗なエリザだが、 今日は更に美しい。 その身にまとう白いドレスは眩しいくらいだ。 「確かに綺麗だよな。スクワラにはもったいねぇくらいだ」 レオリオとて審美眼はあり、素直に花嫁を賞賛する。 そしてクラピカに向き直ると、一言付け加えた。 「でも、お前のがもっと綺麗だぜv」 「今日の主役はエリザなのだよ。失礼ではないか」 臆面のない彼の言葉に、クラピカは赤面してそっぽを向く。 その動きに合わせて、真新しいドレスの裾がひらひらと揺れた。 スクワラとエリザの挙式にあたり、レオリオは新郎側・クラピカは 新婦側友人として それぞれ招待されたのだが、クラピカが 慶事用のドレスを所有していなかった為、レオリオは彼女の手を 引いてドレスブティックに赴き、ミントブルーのワンピースドレスを 選んであげた。 淡く初々しい色彩と可愛らしいデザインは、彼女によく似合う。 「似合ってるぜ、それ」 「…そうか?」 満足げに眺めるレオリオに、クラピカは恥ずかしそうに微笑んだ。 「ああ。白いドレスならもっと良かったんだけどな」 「白は花嫁の色だ。出席者が着るのは許されないのだよ」 「だから、早く主賓になれたらいいなーって思ってさ」 「……もう」 クラピカは苦笑する。 それでも、白い衣装の新郎新婦に自分たちの姿を投影したのは、 彼女も同じ。 いつか訪れる未来図を見ている気がして、なんだかくすぐったい。 「えー、ただいまマイクのテスト中ー」 ハンドマイクから幹事役のハンゾーの声が流れた。 「オホン。あー、これから花嫁のブーケトスが始まりまーす。 我こそはと思う独身女性は、前に来て下さーい」 その呼びかけに、若い女性たちが群なして移動する。 しかし、クラピカだけはその場を動かない。 レオリオは不思議に思って問いかけた 「どうした?お前も行って来いよ」 「不要なのだよ」 「なんで?あれ欲しくないのか?」 花嫁からブーケを受け取った女は、次に花嫁になれるという。 信憑性はともかく、ブーケトスは若い娘に大好評なイベントなのに。 不思議がるレオリオに、クラピカは澄んだ瞳を向けて言った。 「私は、もう行き先が決まっているからな」 思わぬ言葉に、レオリオは嬉しそうに笑う。そして同意するように クラピカの肩を抱き寄せた。 「キャ〜ッ」 その歓声に、二人はふと前を向く。 花嫁が投げたウエディングブーケは、時ならぬ一陣の風に 乗って、大きく空を浮遊した。 まるで目標を持っているかのように。 そこを目指していたかのように。 ――― ふわりと舞い降りる。 「……っと!」 目の前に降ってきたブーケを、レオリオは反射的に拾い上げて しまった。 「あ(汗)」 しまった、と気付いたのだろう。彼は取り損ねた女性陣と同様、 しばし唖然とする。 「うそぉ…」 「やだ、レオリオー?」 「なんで取っちゃうのよー」 「もーっ」 呆れたようなブーイングに、レオリオも困ってしまう。 「いや、その、なんでって言われても」 助けを乞うようにクラピカを見るが、彼女も目を丸くしていた。 「やる」 女性陣の非難の目から逃れるように、レオリオは咄嗟に クラピカにブーケを渡す。 「えっ?ちょ、わ、私はいらないとっ」 「お前が持ってりゃ丸く収まるんだよ」 「そんな…」 皆の視線を一身に受け、クラピカは恐縮してしまう。 しかし花嫁のブーケは、正当な持ち主を得たかのように彼女の 手になじんでいた。 指名された新たな花嫁。傍らに立つ花婿(候補)。 誰もが認める似合いの二人を前に、周囲の空気も和む。 「…んもー、ずるいなぁ」 「ブーケも行き場を知ってるって事かしら」 「クラピカなんて、とっくに新婚生活始めてるのにねぇ」 「ほーんと。今更じゃなーい」 親しみを込めた揶揄と笑い声の中、クラピカは恥ずかしくて たまらない。 それでもブーケの存在は、確かに嬉しくて、知らず笑顔が こぼれている。 そんな彼女にレオリオは、楽しそうに笑いながら、こっそり 訊いた。 「ついでに挙式しちまおっか?」 「……バカッ!」 はにかむ花嫁と、照れる花婿。 友人たちの冷やかしと祝福。 6月の空は澄み、明るい陽射しは彼等の未来を示している かのようだった。 CUT By 「Purple Moon」様 |
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