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「どうだ?オレの新しいハニーは」
「……ハニー?」
レオリオが得意そうに指し示したのは、一台の車。
南方の明るい太陽光を受けて、新車特有の輝きを放つそれは、
有名な超高級車両メーカー“マルファロメオ”のスポーツカー。
真っ赤なボディ、流れるように優雅なフォルム、そして洗練された
デザインの運転席。当然、価格も桁違い。
マルファロメオは、国内外を問わずカーマニア垂涎の車なのだ。
クラピカも知識だけは有る。しかし車自体の性能や外見の華麗さは
認めるものの、レオリオの発した呼び名が気に入らなかった。
「お前に似合いの軽そうな車なのだよ」
「『速そう』と言ってくれよ。長年の憧れだったし、手に入れんの
苦労したんだぜ〜」
車好きの男は皆こうなのだろうか。目じりを下げてボンネットを
撫でまわす姿は、まるで美女に鼻の下を伸ばしているように見える。
クラピカは何だか面白くない。それでも、久々に得た休暇を彼と
過ごす為に来たのだから、怒って引き返すわけにはゆかなかった。
レオリオはクラピカの胸中など知らぬげに、いそいそと助手席の
ドアを開ける。
そのエスコートの手際の良さを訝しみつつ、クラピカはシートに
座った。
本来ならレオリオの家の最寄駅まで自力で行く予定だったのだが、
彼が空港まで迎えに来てくれて、とても嬉しかったのに、よもや
その理由が新車を自慢したいが為だったとは。
ムッツリとしてしまったクラピカとは対照的に、レオリオは上機嫌で
エンジンキーを回す。
「さあ、記念すべき初ドライブといきますか♪」
聞いた途端、クラピカは目を見開いた。
「初乗車なのか?」
「試乗だけはしたけどな。今朝納車したばかりなんだよ」
嬉しそうにハンドルを握り、レオリオは車を発進させる。
そして満面の笑顔と共に言葉を続けた。
「買うのは前から決めてたんだけど、それなら最初にお前を
乗せたくってさ」
(……!)
「最高の車に最高の美人を乗せて走るのが夢だったんだ。オレ今、
世界中に見せびらかしてやりたい気分だぜ♪」
(…………)
クラピカは車に嫉妬していた己を恥じる。
彼の本心に気付かなかった事を反省し、同時にとても嬉しくて、
熱くなった顔を彼の視界から隠すように窓側を向いた。
「どうした?」
「…別に」
そう言われても、クラピカの変化を見ぬけぬレオリオではない。
直後、赤信号にひっかかり、マルファロメオは停止する。
微妙な沈黙が車内を流れた。
――― 次の瞬間。
「!?」
突然、レオリオの唇が音を立ててクラピカの頬に触れた。
クラピカは反射的に彼を見る。
レオリオは悪戯っぽく笑いながらも、冗談半分・本気半分で防御の
構えを取っていたが、怒りの鉄拳は飛んで来ない。
やがて信号が変わった。
「…殴んねーの?」
アクセルを踏みながら、レオリオは問い掛ける。
「……私は、助手席に座っている時に運転手に暴力をふるうほど
愚かではないのだよ」
赤い顔で、それでも態度だけは毅然としてクラピカは返答する。
レオリオは多少意外だったが、嬉しそうに笑って軽口を続けた。
「へぇー? お前なら高速道路走行中に飛び降りても無傷っぽい
けどな」
「プライベートでまで念など使用したくない」
――― 『普通』でいたい。せめてレオリオと一緒にいる時は。
そんな心の呟きが伝わったのか、レオリオは追求せず、優しく
笑った。
「じゃあ安全運転で行くとすっか」
「そう願いたいな」
「乗り心地はどうだ?」
「悪くは無い」
レオリオは苦笑しながら車載のCDプレーヤーのスイッチを入れる。
流れて来たのは管弦楽のクラシックナンバー。
この陽気で情熱的な国と、レオリオと、マルファロメオには不似合いな
曲調だが、それは以前クラピカが好んで聴いていたものだった。
クラピカの大きな瞳がレオリオを見つめる。
彼はフロントを向いたままだが、確信犯的な目線が伺い見ていた。
クラピカにやわらかな微笑が浮かぶ。
「…先程の答を訂正する。『とても良い』だ」
「そいつは光栄だ♪」
「……ありがとう、レオリオ」
彼の心遣いに、否、彼のすべてに感謝して、クラピカは告げる。
レオリオを好きになって、本当に良かった―――
「どういたしまして。今夜はオレがお前に乗せてもらうからv」
一瞬、クラピカの思考が停止する。
そして次には、瞳の色が変わった。
「レぇオリオぉーーーーーっっっ(///)!!!」
その怒号を合図のように、マルファロメオは激しい蛇行を始める。
「ギャ〜〜〜ヤメテ〜〜、事故るってばよ〜〜〜っ」
「ハンターならば高速走行中に落下しても無傷なのだよっ(怒)」
「オレのマルロメがスクラップになる〜っっ」
天国まで到着しそうなドライブは、まだまだ続いた。
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