「Happiness 〜4/4〜 」 |
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その日はクラピカの誕生日。 家計に負担をかけるような贈り物は必要ないというクラピカの 意向で、今年はレオリオからのプレゼントは無し。 だからといって、この大切な日を何もせずに過ごすつもりも 無かったレオリオは、あれこれ思案した末、友人に頼んで車を 借りて来た。 彼は運転免許を所有しているが、維持費がかかるという理由で 自分の車は持っていないのである。 「ドライブか?どこへ連れて行ってくれるのだ?」 「いいから、いいから」 行き先は告げぬまま、レオリオはクラピカを助手席へ押し込んだ。 クラピカは彼の態度に、何やら企んでいるのだなと察して あえて追求せずにいる。 形ある物を貰うと、つい価格を気にしてしまうので、ドライブが バースデーの贈り物代わりなら、その方が純粋に喜べるから。 おりしも桜満開の時期。住宅街を少し出ると、すぐに素敵な ドライブコース。 快晴の空に目を細め、他愛ない会話を交わしながら、二人は 春の車窓を楽しんでいた。 (……え?) しかし、しばらく後にクラピカは、見覚えのある道を走行している事に 気付いた。 電車で行った事しかないけれど、風景、道路標示、目立つ建物などを 見る限り、そこへ向かっているとしか思えない。 「レオリオ、どこへ行くのだ?」 クラピカは初めてレオリオに問いかけた。 心当たりはひとつだけ。 そこには良い思い出など一つも無く、むしろ逆。 加えて、レオリオは知らないはずの場所。 戸惑いの瞳で見つめるクラピカに、レオリオは少しだけすまなそうな、 だけど慈愛に満ちた微笑を浮かべる。 彼が答えるよりも先に、車は目的地に到着した。 そこは木々に囲まれた広い霊園。 レオリオは、他に停車している車も無い駐車場の隅に車を停めると、 助手席側に回り、ドアを開けた。 「クラピカ」 「レオリオ……ここは」 「ああ」 レオリオは知っていて連れて来たのだろう。 ここには、クラピカの両親の墓がある。 あまり足を運びたい場所ではなかったが、今日という日に彼が 自分を連れて来たのは、きっと理由あっての事。 そう考えて、クラピカは車を降りた。 レオリオは安堵したように息をつき、それから車のトランクを開けて 白いカーネーションの花束を取り出す。 (墓参り……?) 「案内してくれるか?クラピカ」 水を入れた手桶を持つ彼に、クラピカはそう解釈し、先に立って 両親の墓標を目指す。 広い敷地を少し歩いて、二人はその場所へ着いた。 整然と管理された一角、夫婦を共に葬った大きめの墓碑。 しかしそこに彼女の両親は眠っていない。 5年前、海に散った彼等の代わりに、父親が愛用していたガウンと、 母親が好きだった香水の壜を共におさめただけ。 それでもクラピカは毎年ここを訪れ、花と祈りを捧げていた。 レオリオは手早く水を換え、花束を供えて、墓碑を清める。 「……ありがとう、レオリオ」 「ん?」 「私の両親の墓参りに来てくれて。少し驚いたけれど…」 「いや……っていうか、さ」 レオリオは頭を掻きながら苦笑し、照れくさそうに言葉を続ける。 「感謝と報告したくて来たんだ。『今日』、お前の父さん母さんに」 そして改めて墓碑に顔を向けた。 「お父さん、お母さん」 「?」 「クラピカをこの世に産み出してくれて、ありがとうございました」 「!」 「オレ、必ず医者になって、必ず幸せにしますから――― 」 「……」 「クラピカを、ください」 「――― ・・・」 墓碑に手を合わせて宣言するレオリオの一言一句に、クラピカは 言葉も出ない。 嬉しいのと、恥ずかしいのと、驚きとが入り混じって。 真剣な彼の姿に胸が締めつけられたが、なぜか同時に可笑しくなった。 やがて、立ち尽くしているクラピカに、レオリオは振り返って 満面の笑顔を向ける。 「これで完全に公認だよな」 「……バカ」 目頭の熱さを悟られぬように視線を逸らしながら、クラピカは 憎まれ口を呟く。 「何がバカだよ。オレ全然マジだぜ?」 「私を『物』のように言うな。古臭い奴め」 それは彼女一流の照れ隠し。レオリオは充分承知しており、もう一度 笑った。 クラピカは無言で墓碑に向かい、手を合わせる。 ――― 私はもう大丈夫。 愛する人に出会ったから。 彼に愛されているから。 幸せだから――― ――― 生んでくれてありがとう。 思えば、亡くした親に『感謝』を捧げるのは初めてかも知れない。 今まで親不孝だったかな、とクラピカは思う。 だけど自分は幸せになるから、それはきっと親孝行。 クラピカは目を開け、レオリオを見てにっこりと笑った。 そんな彼女に、レオリオも嬉しそうな笑顔を向ける。 もう一度黙礼して、二人は墓碑を後にした。 駐車場に戻る道中、少し風が出て来たのか、早咲きの桜が花びらを 降らせている。 「ここ、桜が多くてキレイだな」 「そうだな……この時期に来た事は無くて、気がつかなかった」 ふと、風にあおられたかのようにクラピカの体がレオリオに密着する。 こんなふうに彼女の方から寄り添って来るのは珍しく、レオリオは 少々驚いたが、これ幸いと反対の手に手桶を持ち替え、彼女の肩を抱く。 「レオリオ」 「――― ん?」 「今年の命日にも、また一緒に来てくれるか?」 「ああ、もちろんだ」 クラピカは嬉しそうに微笑った。 両親を亡くした時、一緒に逝きたかったとさえ思ったけれど。 今は、生きていて良かったと心から実感する。 彼に出会えて幸せだから。 すべては17年前の今日に始まった。 辛い事や苦しい事、悲しい事もたくさんあったけれど。 彼の存在は、私の人生で最高の贈り物。 生まれて来られて、本当に良かった――― ――― Happy Birthday |